「ハッピーエンドにさよならを」 歌野晶午
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ハッピーエンドにさよならを 著者:歌野 晶午 |
なんだかんだ文句を垂れながら読んでしまう歌野晶午。歌野マジック。
いや、この本はミステリじゃないので、マジックとかトリックとかないけど。
なんかアレですねぇ、最近歌野さんのひねくれ度合いに気づきました。
なんかもう、「不」って感じ。「負」かな。好きな理由だと思います。
「おねえちゃん」
仕事のせいで遅刻しつつも、美保子は理奈の家に遊びにやって来た。
相談がある、来てからしか話せないと理奈から連絡があったからだ。
理奈は美保子の姪である。さてはカレシがらみの相談だな、と妄想する
美保子だったが、聞いていくうちどうやら違うということがわかった。
理奈は母親――美保子の姉の態度に不満を持っていたのだ。理奈にも
姉がいるが、どうも姉だけが母親にえこひいきされている気がする。
同じ失敗をして怒られる場合でも、なぜか自分を必要以上に責めるという。
美保子はそんなのは気のせいだ、と押しとどめるが、理奈の不満は
エスカレートしていき、だんだん語気を荒げて話し始めるのだが……。
ほほほ、ブラックジョークでは済まなかった最悪のパターンのオンパレード。
さすが歌野さんである。タイトル通り、すべてハッピーエンドではない。
残念な理由で人が死んで、死んじゃいましたちゃんちゃん、な感じと、
わーマジで怖いわ、な感じが寄せ集まった短編集だった。だけどなんだか
両手を挙げて「わっやな結末!」と絶賛できないのは(まぁそう思う
のもどうかと思うのだが)たぶん「あり得そうであり得なさそう」だから
ではないかと思う。個人的に一番あり得そうなのは「おねえちゃん」だった。
なぜ他の大多数はあり得なさそう、という方に気持ちが傾いてしまったのか
考えてみたところ、主人公が殺人犯本人だから、のようだった。
「おねえちゃん」の主人公は美保子で、人を殺した理奈ではない。だから
描写は誰かから見た殺人犯の様子、であり、それがとてもよかった。
理奈は殺人までの心情を語るが、会話形式なので飽きもこず読みやすい。
それと、あぁ、そう言えば歌野さんは子どもを書くのが上手かったような、
とも思いだした。父親が主人公で、子どもを描写しているのが特に。
それにしてもここまで色んなパターンの恨みつらみをさくさく紹介され、
ばっさばっさ人を殺されると、恐ろしさの内容を感じつつも、
もはや笑うしかないのではないか、という気分にもなってくる。
歌野さんはこれまで人を何人殺したんだろう。いや、もちろん、小説の中で。
現実ではまさかそんなことできるはずもなく、しかしこうして妄想して
小説を書いているということは、そういった感情が少なからずあると
思われ(たぶん人類みんなあるけど)、またそれをにこにこ読んでいる
読者もまた、何かのストレス発散要素となっているんだろうな。とか、
ミステリの大前提みたいのをなぜか考えてしまったりした。
とりあえず、歌野さんは長編が好きです。はい。
★★★☆☆*83
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