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2011年10月

2011年10月31日 (月)

「看守眼」 横山秀夫

看守眼 (新潮文庫) 看守眼 (新潮文庫)

著者:横山 秀夫
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


どうもどうも、ご無沙汰しておりました。この感想を書いているのは、
11/27ですけれども、しれっと日付を遡り更新したいと思います。
久しぶりに読んだ横山さん。最近全体的に読書スピードが落ちたので、
何となく読む本を前よりも選んでしまうようになりました。

刑事になるという夢破れ、留置管理係として職業人生を閉じようとして
いる、近藤。彼が証拠不十分で釈放された男を追う理由とは。
自叙伝執筆を請け負ったライター。家裁調停委員を務める主婦。
県警ホームページを管理する警部。地方紙整理部に身を置く元記者。
県知事の知恵袋を自任する秘書。あなたの隣人たちの暮らしに楔のごとく
打ち込まれた、謎。渾身のミステリ短篇集。
(Amazonより)

どんな文章も読まなければならない、という仕事に就いたためか、
とんでもない文章にも慣れてきたように思います。というのも、
人間の1度も読み返さない文章は、大抵他人に読ませるようなものではなく
(このブログの大体がそうだけれども)、だから、小説の完成には、
ご本人をはじめ、校正係、編集者、編集長の多大な努力の結果出版されて
いるのだなぁ、なんて考えてしまい、1冊の感想の重みが変わってきたよう
に感じるのでした。で、横山さんはと言いますと、とても読みやすい文章
だと一瞬で分かります。さすが元記者だけはあるな、という貫禄の文章で、
圧巻です。他の作家がみんなこれほど洗練された文章であったら、大変
詰まらない世の中だろうな、と思う正当な文章でもあります。まぁ、
新聞というものは、そう言うものでもあるかもしれません。前置きが長く
なりましたが、内容はどこかで起きていそうなよくある話で、
とくだん感動するでもなく読み終えました。(さらりと酷い感想)
中では「口癖」という家庭裁判所調停員の編が一番引き込まれましたが、
全体的に予定調和というか、結論のためのストーリー感が漂っていて、
「読ませる」という小説の魅力に少し欠けていたようにも思いました。
まだ読んでからそんなに経っていないのに、内容を忘れてしまいそうな、
小説です。ある意味生活に溶け込んでいるのかも知れませんが。何度
書いたか分かりませんが、横山さんは長編が好きです。

★★★☆☆*83

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2011年10月 3日 (月)

■雑談:明日は来るのか

どうも、お久しぶりです。生きています。
いまは毎日プログラムではなく、原稿の文字を追って生活しています。
幸せな時間ではありますね。

昔はここを更新することばかり考えて生活していた時期もありましたが、
幸福か不幸か、その時間がいま大幅に狭まってしまいました。

でもいままでは「本を読めない時期」「読みたくない時期」というのが
毎年訪れていたけれども、今年はそんな悠長ではなく、
この時間で何をできるか(読めるか)という1問にかかっていて、
だからある意味厳選されている物を読めている気もします。

そう言えば、吉田修一の新刊が後半戦に入っているのですが、
つまらなくてつまらなくて、ページをめくるのが大変です。
あれ、楽しいと思う方いるのかな……と一抹の不安を抱えつつ。

いつの間にか21万ヒットもしているし、嬉しい限り。
皆さまよろしければ、懲りずにお時間のある際に足をお運び下さい。

ここをやめる気はありません。

そろそろ7年目?に入ったのかしら。早いものです。

・【映画】うさぎドロップ
・【映画】3時10分、決断の時

観ました。こちらも感想を書ければと思います。のちのち。
ああ「魍魎のハコ」の感想もまだたった。

そのうち。

いつも来てくださり、どうもありがとうございます。

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2011年10月 1日 (土)

「斜陽」 太宰治

斜陽 (新潮文庫) 斜陽 (新潮文庫)

著者:太宰 治
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


お久しぶりでございます。本は読んでいるのに感想を書いている時間が
ありません。そしてまた太宰治を読んでしまった。太宰治を読むと
どうも落ち込むんですよねぇ、だから元気の良いときに読むべきなんです
けど、手に取るのは弱っているときに限るという。引き寄せられるのかしら。

最後の貴族である母。私生児の母になり、古い道徳とたたかって
生きようとするかず子。麻薬中毒によって破滅する直治。
飲酒にふけるデカダン作家の上原。4人の宿命的な生きざまが
夕陽のような輝きを放つ太宰文学の集大成。
(Amazonより)

斜陽ってこんな話だっけな? と疑問を抱えながら読み終えた。中学生の
ときの記憶なんてそんなもんだよなあ、と思いつつ。大人になって改めて
読むと、とても恥ずかしい気分になる小説だった。主人公である「かず子」
にとても自分の思考が似ているように思うからだった。とても金持ちで
裕福な家庭に育った人間の、捨てきれない傲慢さを、どうにか消し去りたいと
必死になってもがく作品。息子への執着や、麻薬への依存、そして下級な
人への歪んだ恋、様々な方向からその金の厭らしさを拭おうと描かれている
けれど、どの方法も失敗に終わり、死に行き着く。生まれ育つ環境を
選べないという神への怨念というべき邪悪な心は、死を持ってしか拭えない
と、するすると導いていく文章は圧巻だ。その迷いのなさは不気味ささえ
窺え、死ぬべくして死ぬのです、と決意を括る弟に声を掛けることもできない。
自分に染み付いた高飛車な空気を、どうにかして消したいのだけれど、
それには他人に縋るより仕方がない。その人間の弱さを見事に浮き彫りに
していて、だから「かず子」の書く狂ったような恋文は、そっと背を
なぞられるような怖ろしさがあった。その狂った感情が、自分のどこかに
潜んでいると、揺さぶられるような思いがするからだ。で、元気のないとき
太宰治を読むと大変落ち込み、死にたい気分が増すのだが、
「ああ太宰治を読んでしまった」と気づくのは、読んでしまった後のことで、
読んでしまった後に「わたしは弱っているのかも知れない」などと、
思い知らされる始末である。この作家の、自分の、いや、人間の、恥ずかしく
卑しい感情を惜しげもなく曝け出した言葉たちは、やはり敬うべきであり、
このような家庭環境に育ったと思われる彼自身の不幸と、その功績に、
苦悩が報われる日が来ることを待ち望むばかりである。本を開くたびに
読むかえる彼の苦悩が、いつしか人間に理解されなくなるとき、もしかしたら
その束縛から解かれる瞬間が訪れるのかも知れない。

★★★★☆*86

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