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2011年9月 1日 (木)

「三陸海岸大津波」 吉村昭

三陸海岸大津波 (文春文庫) 三陸海岸大津波 (文春文庫)

著者:吉村 昭
販売元:文藝春秋
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読んでも読んでも書けないものである。感想を書くという行為はとても
面倒で、でも残すことによって後々役にたって、書いて置いてよかった、
と思うのだけれども、つい読んだ満足感に満たされて、自分の言葉を
発言しないでいる。いけない、いけない、と思いつつ。久々読書感想文。

明治29年、昭和8年、そして昭和35年。青森・岩手・宮城の三県にわたる
三陸沿岸は三たび大津波に襲われ、人々に悲劇をもたらした。
大津波はどのようにやってきたか、生死を分けたのは何だったのか―
前兆、被害、救援の様子を体験者の貴重な証言をもとに再現した震撼の書。
(Amazonより)

再読。だいぶ昔に読んだ記憶がある。そのときはただの「歴史」としか
受け止めていなかった内容が一変し、生唾を飲むほどの怖ろしい現実性を
感じた。わたしの生まれ育った県には海がない。そのため「津波」
という危険性がどれだけのものなのか、ほぼ理解がなかったと言っていい。
その上、両親共に違う土地から移り住んだ人間であったため、土地に対する
愛着心というものも、ほぼ分からないといって過言ではないのだった。津波は
怖ろしいと、そうした「知識」があっても「じゃあ違うところに住めばいい」
といった思考に切り替わる。けれども、今回の東日本太平洋沖地震では
否応なく現実を突きつけられることとなった。日本に住む大半の人間が
感じたことであると思うが、改めて島に住むという恐ろしさを見せられた
惨劇だった。(島に住んでいるからではないという批判は今回さておき)
この本で一番感じたことは、起こったことをありのまま伝える作者の筆力だ。
なんと40年近く前、作者が43歳の時に書かれた本である。その内容は
未だ衰えず、まるで東日本太平洋沖地震の本の数日前発刊されたかのような
リアリティと、そこに生きていた人間の言葉が蠢いていた。まだそこに足を
運んだら声をかけられそうな「近さ」を感じた。それと同時に、人間の記憶は
急速に劣化するものだとも再認識させられた。こんなに怖ろしいことが、
何度も何度も起きているのに、平安なときが続くと、ふと気がゆるみ、
毎日のことに危機感が押し流されてしまう。そうして、惨事が起きてから
このように克明に残された資料を見て、皆「はっ」としたり「唖然」としたり
「そうだった」と後悔してみたり「だから言ったじゃないか」と動揺して
威張ってみたりして、本当にお粗末極まりないと思った。特に東京にいた
人間が、である。わたしを含め多くの人が津波について「他人事」だと
思っていた。昭和33年に建てられた防波堤を知らなかった人もたくさん
いるだろう。こんなにいい本が残っているのに、今日が平穏であれば、
また人間の脳はそのゆるやかさに慣れ、その恐ろしさを忘れるのだろうと
思った。今回の地震で亡くなった方(行方不明含む)は2万人を超えている。
世界最大規模のこの「事件」がいつかは色褪せ、いつかはまた「はっ」と
する瞬間になり得るのではないかと思うと、とても複雑な心境になった。
今津波と原発について一緒くたに記述している本が多いが、津波と原発は
まったく別の因果で起きている「問題」であるとわたしは思う。なので、
一緒に語られるべきではないのではないか。風化させてはいけまいと思う
気持ちと、時間が経ってからしか冷静に物事を分析することはできまい
という相反する気持ちが働き、おどおどと戸惑うばかりである。とりあえず
発言しとけ、というのも分からないでもないが、発言した言葉が、
その人が偉人であれば偉人であるほど市民が動揺することを忘れないで
ほしい。と、吉村さんの話からそれてしまったが、一度は読むべき本である。

★★★★★*95

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