「高円寺純情商店街」 ねじめ正一
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高円寺純情商店街 (新潮文庫) 著者:ねじめ 正一 |
いろんな商売があるものだ、とは分かっていても、どうもサラリーマン家庭
に育った人間は「自営業」の心が理解できていない気がする。大学の時に
老舗煎餅屋の娘さんと友だちだったのだが、煎餅屋の娘、という地位は、
なかなかまぁまぁすごいものである。なろうと思ってもなれないのだから。
高円寺駅北口「純情商店街」。
魚屋や呉服屋、金物店などが軒を並べる賑やかな通りである。
正一少年は商店街の中でも「削りがつをと言えば江州屋」と評判をとる
乾物屋の一人息子だった―。感受性豊かな一人の少年の瞳に映った父や母、
商店街に暮らす人々のあり様を丹念に描き「かつてあったかもしれない
東京」の佇まいを浮かび上がらせたハートウォーミングな物語。直木賞受賞作。
(Amazonより)
荒地の恋のほうが好きだったなぁ、などと思いながら。ねじめさんの文章は
とても好きである。おそらく谷川俊太郎が小説を書いたら、こんな感じに
なるのではないか、と思う文章構成。詩人がなす業なのか?描写がとても
丹念になされていて、情緒という今の小説界に忘れられ始めた温かさが
そこにはあった。高円寺商店街に行ったことがないので、本当にこの店
たち・人がいるのか分からないが、わたしの育った田舎町にも、冴えない
商店街があった。豆腐屋があり、パン屋があり、玩具屋があり、肉屋があり、
郵便局があって、靴屋があった。小学校の通学路であったこともあり、
この玩具屋にはよく通ったものである。しかし、よくよく大人になり
冷静にあの町を思い返してみると、よくもまぁ持っていたものだと
感じるのだった。あんな田舎町で、よくもまぁ玩具しか売らない商売をしよう
と踏み切れたものだと。失礼な話なのだけれど。そんなことを考えていたら、
乾物屋に生まれた少年のそうした不安な、しかしその場から抜け出すことの
できない世界に一気に飲まれて、いつの間にか商店街の住人のような気持ち
で読んでいた。それにしても、ねじめさんも主人公に語らせない作家だ。
周りの人間の描写ばかりが描かれて、肝心の主人公のことは話されない。
けれども、それでいいような気もしてくる。何せ「世界をどう見るか」と
いうものが、何より「個性」であるからだ。語られない主人公「正一」の
不安げな視点は、ただそれだけで、「個」を感じる事のできる濃さがある。
★★★★☆*86
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