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2011年7月25日 (月)

「津波と原発」 佐野眞一

津波と原発 津波と原発

著者:佐野 眞一
販売元:講談社
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普段あまりノンフィクションを読まないので、とても新鮮だった。
真実と呼ばれる、隠された出来事があることを知ることができ、もっとよく
原子力発電所の問題について、知っておくべきだと思った。たとえそれが
偏った情報だとしても、蓄積されたそれは、意思の決定に役立つことだと。

緊急取材・書下ろし四〇〇枚、東日本大震災ノンフィクションの決定版。
日本の近代化とは、高度成長とは何だったか? 
三陸大津波と福島原発事故が炙り出す、日本人の精神
ノンフィクション界の巨人が挑む
(Amazonより)

誰かから情報を得ると言うことは、その他人の瞳と感情を通してしか得る
ことができないと言う欠点がある。もちろん裏を返せばそれが「個性」
と呼ばれるものであろうが、しかし「ノンフィクション」と言われる
その分野では執筆者の感情を推し殺すことに意味があるように思う。
見たものをありのままに他人に届けるためであるなら、その窮屈さも
ある意味で仕方のないことではないかと思う。また、隠し切れなかった、
あるいは、その感情以外の視点の切り口の角度から、読者が誰の瞳から
情報を得るか選択する自由が生まれるのだと思う。
本書の前半は著者である佐野さんが、東日本大震災の被災地を実際に歩き
書かれたものである。その瞳で語られる景色は、まるでその現場に立ち
すくみ、凄惨な光景を見ているかのようにリアルだった。わたしはまだ
被災地に足を運んだことがないが、ぜひ足を運ばなければならない、
という衝動に駆られた。さすが佐野さんだな、という渾身の文章。
しかし、後半の原子力発電所の話になると、やや事実が捻じ曲がっている
ように感じた。内容は全体的に「東電が悪い」傾向でまとめられている。
「東電が悪い」は事実なのかもしれないが、「東電が悪い」を根底として
書かかれてしまったこの本は、「ノンフィクション」ではなく、佐野眞一、
という人間の感情を読んでいる気分になった。原子力発電所は、日本
(「フクシマ」)にはなくてはならないものだった。その事実と、
「東電が安全確認をもっと慎重にすべきだった」という後日談は、両方とも
事実であり、どちらも責めてはいけない事実ではなかろうかと思った。

★★★★☆*87

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