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2011年7月

2011年7月31日 (日)

「でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相」 福田ますみ

でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相 (新潮文庫) でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相 (新潮文庫)

著者:福田 ますみ
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


昨今、マスコミの過剰報道が騒がれているが、この事件はその最たるもの
ではないだろうか。自分がやっていないことが、勝手に事実として構築され、
罪を着せられる。「冤罪」という形が、直接の相手ではなく、マスコミに
よって築かれるという異様な光景。そして狂った親たち。日本は大丈夫か?

「早く死ね、自分で死ね。」2003年、全国で初めて「教師によるいじめ」
と認定される体罰事件が福岡で起きた。地元の新聞報道をきっかけに、
担当教輸は『史上最悪の殺人教師』と呼ばれ、停職処分になる。
児童側はさらに民事裁判を起こし、舞台は法廷へ。正義の鉄槌が下るはず
だったが、待ち受けていたのは予想だにしない展開と、驚愕の事実であった。
(Amazonより)

わたしの幼い頃の将来の夢は教師になることだったのだが、この本を読んで、
つくづく教師にならなくて良かった、と思った。そもそもわたしの通っていた
中学校で悪質ないじめがおこなわれていた現実を今振り返ってみても、
なぜ教師になろうとなど思っていたのか、今更疑問にすら思うのだった。
というのも、それくらい、今の教師と言う立場は弱い。そろばん教室で、
私語をしていると、よくそろばんで叩かれたものだが、今そんなことを
学校で行ったならば、保護者からのつるし上げもいいところ、早々に
懲戒免職になるのが目に見えているだろう。子どもに注意をするにも、
細心の注意を払わねばならない。そんな場所で教育などできるものか。
本書の中身はというと、気弱な教師が凶暴な(あくまで比喩)保護者に
よって、「子どもをいじめる教師だ」といいがかりをつけられ、教育委員会
にまで苦情が発展。さらにはマスコミに嗅ぎ付けられ「史上最悪の殺人教師」
と罵られ、民事裁判を起こされる話だ。一番の問題は、第三者であるわたし
たちが、その教師の情報を知る時、マスコミからそれらを得るということ。
「煽ったもの勝ち」のような印象を受ける最近のマスコミの、行き過ぎた
報道を、わたしたちは信じてしまい、善良な教師をあたかも殺人を起こし
かねない凶悪な教師だったと思い込んでしまうことだ。怖ろしい「冤罪」
である。驚くべきは、弁護士までが、生徒とその保護者を弁護する側に
まわり、「550対0」という通常では考えがたい数字をはじき出すことだった。
この本を読んだ当時の弁護士たちは、顔を真っ赤にするのではないだろうか。
明らかに狂った保護者を、マスコミの扇動により何の疑いもなく擁護する。
そして教師といえば、「殺人者」呼ばわり。社会復帰も難しい。現代の
マスコミの異常なまでのスクープ主義と、保護者に逆らえない教師たちの
弱い立場が浮き彫りになった一作だった。残念なのは、最後まで結局
教師が勝てないところ。そのしがらみが解かれるときは訪れるのだろうか。
そしてそこまで教師を陥れたかった理由を聞いてみたい。

★★★★☆*87

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2011年7月25日 (月)

「津波と原発」 佐野眞一

津波と原発 津波と原発

著者:佐野 眞一
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


普段あまりノンフィクションを読まないので、とても新鮮だった。
真実と呼ばれる、隠された出来事があることを知ることができ、もっとよく
原子力発電所の問題について、知っておくべきだと思った。たとえそれが
偏った情報だとしても、蓄積されたそれは、意思の決定に役立つことだと。

緊急取材・書下ろし四〇〇枚、東日本大震災ノンフィクションの決定版。
日本の近代化とは、高度成長とは何だったか? 
三陸大津波と福島原発事故が炙り出す、日本人の精神
ノンフィクション界の巨人が挑む
(Amazonより)

誰かから情報を得ると言うことは、その他人の瞳と感情を通してしか得る
ことができないと言う欠点がある。もちろん裏を返せばそれが「個性」
と呼ばれるものであろうが、しかし「ノンフィクション」と言われる
その分野では執筆者の感情を推し殺すことに意味があるように思う。
見たものをありのままに他人に届けるためであるなら、その窮屈さも
ある意味で仕方のないことではないかと思う。また、隠し切れなかった、
あるいは、その感情以外の視点の切り口の角度から、読者が誰の瞳から
情報を得るか選択する自由が生まれるのだと思う。
本書の前半は著者である佐野さんが、東日本大震災の被災地を実際に歩き
書かれたものである。その瞳で語られる景色は、まるでその現場に立ち
すくみ、凄惨な光景を見ているかのようにリアルだった。わたしはまだ
被災地に足を運んだことがないが、ぜひ足を運ばなければならない、
という衝動に駆られた。さすが佐野さんだな、という渾身の文章。
しかし、後半の原子力発電所の話になると、やや事実が捻じ曲がっている
ように感じた。内容は全体的に「東電が悪い」傾向でまとめられている。
「東電が悪い」は事実なのかもしれないが、「東電が悪い」を根底として
書かかれてしまったこの本は、「ノンフィクション」ではなく、佐野眞一、
という人間の感情を読んでいる気分になった。原子力発電所は、日本
(「フクシマ」)にはなくてはならないものだった。その事実と、
「東電が安全確認をもっと慎重にすべきだった」という後日談は、両方とも
事実であり、どちらも責めてはいけない事実ではなかろうかと思った。

★★★★☆*87

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2011年7月24日 (日)

「そして二人だけになった」 森博嗣

そして二人だけになった―Until Death Do Us Part (新潮文庫) そして二人だけになった―Until Death Do Us Part (新潮文庫)

著者:森 博嗣
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


だいぶ久しぶりの森さんでした。いや、小説をゆっくり読むこと自体が
久しぶりで、とても楽しくいっき読みでした。この本は送別の品で頂いたの
ですが、これをくれたお兄さん的には、「森博嗣の中で一番好き」だ、
そうです。わたしは、なんだろ……やっぱり「フラッタ・リンツ・ライフ」?

全長4000メートルの海峡大橋を支える巨大なコンクリート塊。
その内部に造られた「バルブ」と呼ばれる閉鎖空間に科学者、医師、
建築家など6名が集まった。プログラムの異常により、海水に囲まれて
完全な密室と化した「バルブ」内で、次々と起こる殺人。
残された盲目の天才科学者と彼のアシスタントの運命は…。
反転する世界、衝撃の結末。知的企みに満ちた森ワールド、ここに顕現。
(Amazonより)

確かに森ワールドが炸裂していた本だった。森さんは、S&Mシリーズを
始めいろんなシリーズや単発を出しているが、それらの部分部分を、
少しずつ集めたような本だった。はっきりとしたヒーロー・ヒロインの確立、
建築工学を使った物語、トリックの曖昧さ、意味のない(わからない)
完璧な密室殺人、人格の入れ替わり。すべてが揃っている。
わたしは、『スカイ・クロラ』シリーズ以外では、S&Mシリーズの
『封印再度』『数奇にして模型』が好きだが、そうしたこれらは少し偏って
いると思う。『封印再度』は、なんだか伝統呪いの殺人のようだし、
『数奇にして模型』はプラモデルオタクな根性が見え隠れする。
その点この本は、それらの偏りを排除し、より「森博嗣」らしさを感じるな、
と思ったりした。のだが、相変わらずトリックの曖昧さ、意味のない
(わからない)完璧な密室殺人、の部分で、読み終わった後の読後感が
非常によろしくないのが難点。もちろん、トリックに、
「なるほど、そんな仕掛けが!」と伊坂幸太郎ばりの驚きをもったりも
したが、突き詰めてゆくところの「なぜ殺したか」の部分で、
「特に理由はない」といった結末がやってくるので、あぁ森博嗣、と
思うと同時に、もう少し(嘘でもいいから)愛憎劇なんかの殺人理由が
欲しいところだと思った。森さんは人を殺してみる文章を書くのは好きだが
実際のところ人を殺したくないのだろうな、となんだか妙に納得してしまう
ほどの、殺人ながら善良な終わり方をしておりこの本が森博嗣の中で一番好き
と言っていたお兄さんの気持ちが分からないでもないな、と思った。
まぁ、やはりわたしは『フラッタ・リンツ・ライフ』が一番好きですけれども。
つられて、もう一回読みたいなぁ、と思った。

★★★☆☆*85

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2011年7月23日 (土)

■雑談:時間がない

すごく時間がなくて、毎日があっと言う間。
でも昨日がとても遠くて、充実感に満ちている気がする。

ぜんぜん更新できてませんが……、
ぼちぼち本は読んでいます。

今、『フリーター、家を買う』有川浩と、『津波と原発』佐野眞一。

そうそう、先月システム屋から、雑誌の編集者に転職しました。
一年前には考えられなかったことですなー。

そろそろ8月だし、時間が流れるのは早いな。
おじいちゃんの2回忌だ。

いつも来てくださり、どうもありがとうございます。

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2011年7月 9日 (土)

「苦役列車」 西村賢太

苦役列車 苦役列車

著者:西村 賢太
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


だいぶ前に読み終わっていたので、あらすじを忘れてしまい、Amazonより。
なんだか、これで芥川賞かよ……な、作品でした。というのも、西村さんは
以前に野間文芸新人賞なども受賞されていて、読み終わってからその
あらすじを読んだら、絶対そっちの方が面白いに違いないと思ったから、です。

友もなく、女もなく、一杯のコップ酒を心の慰めに、その日暮らしの
港湾労働で生計を立てている十九歳の貫太。或る日彼の生活に変化が
訪れたが…。こんな生活とも云えぬような生活は、一体いつまで続く
のであろうか―。昭和の終わりの青春に渦巻く孤独と窮乏、労働と因業を
渾身の筆で描き尽くす表題作と「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」を収録。
第144回芥川賞受賞。(Amazonより)

わたしの中の芥川賞のイメージは、「新人」に与えられる物であって、
なんだかたくさん本を出している人が受賞すると妙な心持がする。
この本の中では貫太という作者自身と思われる主人公が、極貧生活
(脱出できぬ苦役生活)を強いられ続けるという話なのだが、読んでいると
リアルなストーリーが生々しすぎて、日記もしくは過去回想のような趣を感じた。
西村さんの実生活なのか……? よくわからないけれども。
どことなく太宰治のようでもあり、それでいて作中で暗に太宰治を
貶している部分があって、そのような自分があまり好まない作風を
使用してまで描きたかった物語なのか、と考えるとますます「新人」らしく
なく思え、芥川賞? と頭の中で疑問符がつくのだった。そんなところから
個人的にこの本は「二冊は読みたくない本」だった。あの太宰治を連続で
読み続けると感情が疲弊し、この人はとにかくここに辿り着くんだな、
という極地を感じ取ってしまった時のような、何とも言えない不快なもの
を感じたからだ。人の根底を知ってしまった時の、やっぱり知らない方が
よかったかもしれない、というアレである。他の作品がとても良さそう
なのに、なぜこのような人間の根底を曝け出した泥のような(いい意味でも)
作品が芥川賞に選ばれてしまったのか、作者のイメージを守る上でも、
残念に思った。世間一般の読書の念が薄い層の人間は、「~賞」というと
すぐに手を出し、文句を付ける。賞に選ばれた本が、本人にとっての
傑作かどうかは別にして、勝手に他人に選ばれた作品を、だ。わたしも
この本からではなく、違う作品を読んでから、この本を読みたかった。
他の本を読んだから「苦役列車の貫太」のイメージを払拭できるだろうか。
もしも、次に読んだ一作で払拭できたなら、力量を賞賛し、できなかったら、
二度と読まない。そんな気がするほど強烈な「個人」の曝け出された本だった。
よくも、悪くも。

★★★☆☆*84

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2011年7月 6日 (水)

■雑談:FoZZtone新譜『New World』

今日は通勤の途中で電車を降りてCDを買いました。
そんなこと初めてしたなぁ、とか思いつつ。
どうしても買わなくてはならない衝動に駆られました。

最近そう思う本も少なくなっていたので、
(そもそもCDはいつものんびり買うので、)
わくわくさせてくれた彼らに感謝いたします。

ライブ楽しみにしています。
行ける限り行きたいと思いますが、
まぁワタクシゴトでごたごたしまくりの近頃なので、
どうなるか分かりませんが。笑

今一番観たいバンドです。

NEW WORLD NEW WORLD

アーティスト:FoZZtone
販売元:バウンディ
発売日:2011/07/06
Amazon.co.jpで詳細を確認する

本日は、『グレート・ギャツビー』フィッツジェラルド。

いつもきてくださりどうもありがとうございます。

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2011年7月 4日 (月)

■雑談:生きてますよー

こんにちわ、ご無沙汰しております。
ご無沙汰していたかどうかもよく分からないくらい、
いろいろあった数週間で、へとへとでございます。

来週あたりからはなんとなし落ち着けばいいんだけどもなぁ、
な感じです。

昨日より『そして二人だけになった』森博嗣、でございます。
久しぶりな森さんすぎて、わくわくわくわくわく。

送別のいただきものでございます。

いつも来てくださりどうもありがとうございます。

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