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2011年6月19日 (日)

「羊をめぐる冒険 下」 村上春樹

羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫) 羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)

著者:村上 春樹
販売元:講談社
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相変わらず、いろんな人がいろんなことを言っている作品である。しかし、
一つの作品について、こんなにも多くの議論が交わされるということは、
やはりその曖昧さも含め素晴らしい作品なんだと思う。なんだと思う
なんていう曖昧な感想を述べているのも、その素晴らしい証拠なんだと思う。

どうやら羊をめぐる冒険に僕を誘い込んだのは、古い友人である鼠という
あだ名の男らしいと判明した。それと同時に耳の素敵な彼女の選び抜いた、
いるかホテルに宿泊していると、徐々に羊について近づく結果となった。
僕は羊が体の中にいた、と語る男性の話を聞き、自分が探している羊が
その男の体の中にいた羊とまったく同じものであることが分かった。
羊を語った男の話から、彼が昔住んでいたという雪深い綿羊牧場へと
鼠を探し足を運ぶのだが……。

とにもかくにも、この本は一気に一息に読む本であると思う。まぁそんな
ことをしなくても、読んでいればページが止まらなくなり、大体の人間が
一気読みすることになるだろう。この本は、実に緩やかに、次第に急激に、
絶望に向かい前進してゆく本である。絶望に向かい前進、とは妙なものだが、
前向きな意味合いを持って、予期せぬ力によって今まで持っていた全ての
ものを処分される物語である。ところで、よく人間にとって一番怖いことは、
痛覚を感じなくなることだ、と言う。頭痛などでもそうだが、同じ薬を飲み
続けたりすると、しだいに効力に慣れてしまい、効かなくなる。あるいは、
痛みを我慢することになれてしまうと、痛い、という刺激に体が慣れてしまい
本当に痛い死に至る頭痛がやってきたときにも、人間は我慢することを
自然と選んでしまうのだ。それは生きている社会の中でも同じことで、
毎日毎日繰り返される単調な日々の中で、人間は何かに「慣れ」る。
例えば満員電車の通勤ラッシュや、上司からの過度なストレスなどに、
または、自分自身にとって利益のない非生産性の強い物事に慣れてしまう。
それはとても怖ろしい事であり、しかし自ら日常において気づくのは、
非常に困難なことだ。……とそんなことを考えながら読んでいると、この本
には、それらの毒素を抜く作用が含まれていることを理解する。彼女が
いなくなったあたりの描写で、悲しいと思えるだけまだましだと思った、
というような描写が出てくるのだが、すべての物事において、「終わった」
ときに何も心が動かない状態まで「慣れ」てしまい「麻痺」してしまう
ことは、非常によくないことだ。だから羊という名の王位とも空虚とも
つかぬ輝かしい位を手に入れるという幻影を追いかけさせられることで、
僕が失った数々は、失われるべきときに失った、大切なものと言えるだろう。
なにせ、二時間も泣いたのだから。そして、さり気なくジェイという、
まだ失われていない希望も残っている。さて、これからどうするのか。
考えるだけで眩暈がする。一から何かを始めるということは、けれど一では
なく、一×「羊」×「これから」といった乗算になるに違いない。

★★★★☆*87

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