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2011年6月

2011年6月27日 (月)

■雑談:未来

わたしは未来について考えるのが苦手だ。
十年後、なんて言われても、生きているのかどうかすら、
なんだか不安でおぼつかない思いがするからだった。

確固としたもの、なんて有り得ない。
人は出会い別れてゆくし、そしてまた出会う。
出会いたくなくても出会う。
しかしその出会いを期待する、という分野になると、
その出会うまで生き延びることが出来たら、という前提条件がつく。

今日、生きていられたら幸せと、思えたなら、
もっと幸せな人生をおくれるような気がするのに、
満更悩むばかりで不幸せだと嘆き続けるのは、
けれどある意味明日と言う未来を嘆いているからのようにも思う。

贅沢者である。

***

「苦役列車」西村賢太、読み終わった。
感想後ほど。

いつもきてくださり、どうもありがとうございます。

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2011年6月19日 (日)

「羊をめぐる冒険 下」 村上春樹

羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫) 羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)

著者:村上 春樹
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


相変わらず、いろんな人がいろんなことを言っている作品である。しかし、
一つの作品について、こんなにも多くの議論が交わされるということは、
やはりその曖昧さも含め素晴らしい作品なんだと思う。なんだと思う
なんていう曖昧な感想を述べているのも、その素晴らしい証拠なんだと思う。

どうやら羊をめぐる冒険に僕を誘い込んだのは、古い友人である鼠という
あだ名の男らしいと判明した。それと同時に耳の素敵な彼女の選び抜いた、
いるかホテルに宿泊していると、徐々に羊について近づく結果となった。
僕は羊が体の中にいた、と語る男性の話を聞き、自分が探している羊が
その男の体の中にいた羊とまったく同じものであることが分かった。
羊を語った男の話から、彼が昔住んでいたという雪深い綿羊牧場へと
鼠を探し足を運ぶのだが……。

とにもかくにも、この本は一気に一息に読む本であると思う。まぁそんな
ことをしなくても、読んでいればページが止まらなくなり、大体の人間が
一気読みすることになるだろう。この本は、実に緩やかに、次第に急激に、
絶望に向かい前進してゆく本である。絶望に向かい前進、とは妙なものだが、
前向きな意味合いを持って、予期せぬ力によって今まで持っていた全ての
ものを処分される物語である。ところで、よく人間にとって一番怖いことは、
痛覚を感じなくなることだ、と言う。頭痛などでもそうだが、同じ薬を飲み
続けたりすると、しだいに効力に慣れてしまい、効かなくなる。あるいは、
痛みを我慢することになれてしまうと、痛い、という刺激に体が慣れてしまい
本当に痛い死に至る頭痛がやってきたときにも、人間は我慢することを
自然と選んでしまうのだ。それは生きている社会の中でも同じことで、
毎日毎日繰り返される単調な日々の中で、人間は何かに「慣れ」る。
例えば満員電車の通勤ラッシュや、上司からの過度なストレスなどに、
または、自分自身にとって利益のない非生産性の強い物事に慣れてしまう。
それはとても怖ろしい事であり、しかし自ら日常において気づくのは、
非常に困難なことだ。……とそんなことを考えながら読んでいると、この本
には、それらの毒素を抜く作用が含まれていることを理解する。彼女が
いなくなったあたりの描写で、悲しいと思えるだけまだましだと思った、
というような描写が出てくるのだが、すべての物事において、「終わった」
ときに何も心が動かない状態まで「慣れ」てしまい「麻痺」してしまう
ことは、非常によくないことだ。だから羊という名の王位とも空虚とも
つかぬ輝かしい位を手に入れるという幻影を追いかけさせられることで、
僕が失った数々は、失われるべきときに失った、大切なものと言えるだろう。
なにせ、二時間も泣いたのだから。そして、さり気なくジェイという、
まだ失われていない希望も残っている。さて、これからどうするのか。
考えるだけで眩暈がする。一から何かを始めるということは、けれど一では
なく、一×「羊」×「これから」といった乗算になるに違いない。

★★★★☆*87

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2011年6月18日 (土)

■雑談:嵐の前の静けさ

つい先日、ごたごたが終わりました。
ごたごたのお祝いに、アロマオイルとペンをいただきました。

201106190023000

今は嵐の前の静けさのようで、どうも落ち着きません。
さっそくアロマで梅雨の憂鬱な気分と共に、それらを晴らしたいところ。

わたしも泣かないでいられるかしら。
無理だろうなぁ、まぁいいのだけど。
今ならその気持ちがとてもよく分かるよ。

いつもきてくださり、どうもありがとうございます。

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2011年6月17日 (金)

「こころ」 夏目漱石

こころ (新潮文庫) こころ (新潮文庫)

著者:夏目 漱石
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


ようやく、あぁ、ようやく本を読む時間が。幸せこの上ないです、はい。
なんだかもうダメなんですよ文字がないと、文字がないと気が狂いそうで。
いや、文字のない時間に気が狂いそうで。とりあえず映画で埋めていた
のですが、やっぱり文字じゃないとダメなんですよ。と夏目漱石。

親友を裏切って恋人を得たが、親友が自殺したために罪悪感に苦しみ、
自らも死を選ぶ孤独な明治の知識人の内面を描いた作品。
鎌倉の海岸で出会った“先生”という主人公の不思議な魅力にとりつかれた
学生の眼から間接的に主人公が描かれる前半と、
後半の主人公の告白体との対照が効果的で、“我執”の主題を
抑制された透明な文体で展開した後期三部作の終局をなす秀作である。
(Amazonより)

夏目漱石の中でわたしが一番好きな本。まぁ、一般でも、一番知られて
いる作品とも言えるからそういう人が多いかもしれない。『こころ』は
高校の教科書に載っていた。Kが死ぬ場面だったか。読んだときとても
衝撃を受けた思い出があるけど、教科書の一部分としてではなく、
一冊として読んだ時の構成の圧巻ぶりに、平伏した印象の方が強い。
この本は書生主人公の若い青臭い苦悩と「先生」と呼ばれる男の成熟した
どす黒い過去の独白から成り立っている。教科書にはその独白部分のみが
記載されているが、これを習う生徒が書生と同じような年齢と言うことから、
この抜粋はよくマッチしたものだったんだな、と今更ながら思った。
いつ読んでも明確かつ単純、しかし、年長者が若年者に教授する、という
場合において、これ以上素晴らしい構成を未だかつて読んだことがない。
何がよくて惹かれるのか分からない魅力を持つ「先生」を、主人公は慕う。
「先生」は「先生」と呼ばれながらも、何を教えるでもなく、
何も施してはくれない。けれど後に語られる先生の手紙の独白を読むと、
なぜ何もしない人間にあんなにも惹かれたのか、という理由を垣間見る
ことができる。それは人間の「死」である。そしてその「死」を乗り越える、
という人間の根本概念の極地である。人間の命の重さは等しいはずで、
しかしその死に方によって残された人間のこころには、命の重さの差異が
生まれる。生前に欺いた、あるいは陥れた、もしくは裏切った、という
懺悔は、死人に伝える事ができず、怨念以上の深さを持って人間を襲うのだ。
死んだ他人が祟る、のではなく、自らの後悔と懺悔と戒めの念が、
自らを縛り付けるという。それは最大の過ちであって、修正することが
できない。自分の欲望からその怖ろしい選択をしてしまった悔いと懺悔を、
自らの死の覚悟をもって伝えるという凄まじさに、若い書生、
あるいはそのような経験のない人間のこころを揺さぶるのだった。
人間を殺したという自らへの自責の戒めとして死ななくては気がすまない、
他人に裁かれなかった人間の末路はやはり「死」なのだ、と。
「そんなことはない」と反論したいが、けれど「先生」は死に絶え、
存在しないのである。論議の余地は皆無である。だから、他人に裁かれ
なかった人間の末路は「死」だ、という「先生」の論理を覆す事は不可能だ。
その絶望的な衝撃は、いつ読んでもこころを掴み揺さぶる傑作である。

★★★★★*95

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*過去の感想文(2006/7/16)

こころ こころ

著者:夏目 漱石
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

夏目さんの最高傑作といっても過言ではないかと。
言わずと知れたこの話、高校の教科書に載っていましたね。
凄く好きなんです、ブログのためにまた読んでしまったくらいです。

人間の心が揺れ動く様を、ここまで美しく描かれた作品はそう無いと思います。
Kを自分の元に呼び寄せ金の工面してやろうと言う親切心と、
呼び寄せてしまった事により、お嬢さんを取られてしまう事を心配する、
「私」の心情が主人公へ宛てた手紙として書かれています。
良心の為、今更Kを追い出すわけにもいかず、
しかしお嬢さんを取られしまうのも耐え難い・・・そう思い、
Kを囃し立てた「私」は、その前にKには内緒にお嬢さんと婚約してしまう。
そしてその後の後悔の念は、Kが生きていれば挽回できたでしょうが、
死んでしまった今はどうする事も出来ない。
Kがそう考えていたかわかりませんが、私はKは死ぬ事によって
「私」に一種の呪いとも言える復讐を掛けたのではと思いました。
勿論、ただKは自分に耐え切れなくなっただけかも知れませんが、
結果的に「私」も導かれる様に自ら命を絶ってしまうからです。
「覚悟? 覚悟ならないこともない」
このKの言葉はドラマや映画で音声を聞いているわけじゃないのに、
なぜかこの言葉は、頭に響いて残っているような感じがしました。
この後、Kは自殺をするわけで、
その覚悟とは、お嬢さんに告白をする覚悟なのか、
お嬢さんの事を好きになるのを止める覚悟なのか、
告白をせずに自殺をする覚悟なのか、このあたりから悩むところです。
まだ「私」は婚約を持ちかける前なので2つ目が有力だと思いますが・・・。
「おれは策略で勝っても人間としては負けたのだ」
「精神的に向上心のない者は馬鹿だ」
この言葉はまさしく人生の教訓みたいですね。
もうお札ではなくなってしまいましたが、
威厳ある日本の文学者の作品としても、
1度は読んで夏目さんの世界に浸ってみるのはいかがでしょう。

ちなみにNHKで10年位前に単発ドラマをやったそうです。
高校の授業で見せてもらいましたが、短い割りになかなか。
残念ながら再放送もDVDも出ていないそうで、かなり貴重な映像のようです。
それを家で録画して10年間も取って置いてくれた先生に感謝です。笑
主人公は確か「ハムの人」でした・・・(名前忘れた・・・役所さん?

*90

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2011年6月16日 (木)

■雑談:生きています

いろいろありましたが、いろいろ収束しました。

ようやく『羊をめぐる冒険 下』をゆっくり読めます。
やれやれ。

いつも来てくださりどうもありがとうございます。

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2011年6月12日 (日)

【DVD】純喫茶磯辺

20080402003

いや、別にこんなに観たくて映画を観ているわけじゃないんです。とか、
言い訳しつつ、読書感想文を書くために、本を読まなくてはならないように
のっぴきならぬ事情でもって映画を観倒しているのです。ですから、
「映画を観るような時間がある」ではなく「映画を観なくてはならなくて」

交流の少なかった祖父が亡くなり、父には大量の遺産が舞い込んできた。
土木作業員として働いていた父だったが、根がだらしない父はぱたりと
仕事に行かなくなった。そしてある日突然「喫茶店をやる」と言い出した。
コーヒーアートで女にモテるため、という陳腐な理由からだった。
「カフェ」を想像していた咲子だが、出来上がった店は、最高にダサい店
だった。店の名前は『純喫茶磯辺』。おまけにカウンターは豹柄で、
テーブルはギンガムチェック、レジスターにはふわふわのファーみたいな
飾りさえある。その上アルバイトにやってきたちょっと可愛い女・素子
にはメイド服を着せる始末。最悪である。初めは客足の伸びなかった店だが、
素子のミニスカートに惹かれやってくる男性で賑わい始め……。

テレビドラマで十分ですね……な、映画?でした。映画なんでしょうかこれ。
会社のお姉さんにDVDを借りていたのをすっかり忘れていたので、ひつように
迫られて観てみました。なんだかまぁ、アレですね。「映画」よりも、
「テレビドラマ」を目指した感じの仕上がりでした。「テレビドラマ」
だったら、なかなかいい感じなんじゃないでしょうか。でも、映画館で、
これ観たら、ちょっと損した気分になるでしょうね、そんな感じ。
家でお菓子食べながら寝そべって観るのがいいんじゃないでしょうか。
物語のだらだら感がそれを助長しているようでもありますしね。仲里依紗は、
「ちーちゃんは悠久の向こう」の時に舞台挨拶で生で見たことがあります。
とても可愛い子でなかなか好きですが、演技が嵐の二ノ宮君並にわざと
らしく見えてちょっとうーん、もうちょっと自然にいこうよ……って感じです。
舞台挨拶の彼女はとても好きでしたが、演技をしている彼女はなんとも。
でもまぁ「下手」というより「演技してますよ感」が出てるので、
それを消せる役者になったら最強になりそうですけどね。と、彼女のことは
さて置き。いろいろごたごた詰め込まれ、しかも出来るだけ深刻なことを
コミカルに描こうと試みが施された物語でした。見ているだけでちょっと
笑える挙動をしてくれる宮迫を始め、仲里依紗以外はギャグ的配置。
「おいおいおい、マジで?」というだっさーい設定の中進んでいく物語は、
しかし、店を経営すると言う事や、親の離婚や、再婚問題、恋の最悪の失敗、
意外に真摯に迫るものばかりで、ぐうたらの設定の割には、マシな進み
でした。そして、それを裏付けるかのように最後に流れる回想のシーン
(会話)は、ちょっとばかり「ぐっ」とくる感じになっていて、悪くない
ものを見せられた気がしました。しかしながら、それは「テレビドラマ」
的に見たから「悪くないものを見せられた気分になった」のであって、
「映画」として映画館で観ていたら、あー…試写会で無料で見たかった、
と思うような気がしてならなかった、と思うだろうというのが感想。
暇つぶしには最適な、ぐだぐだドラマです。もうちょっとなんとかすれば、
もうちょっとなんとかなった気がするのに、諦めてる感が少し残念です。

★★★☆☆*83

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2011年6月 7日 (火)

【映画】パイレーツ・オブ・カリビアン/生命(いのち)の泉

201012140
内容もさることながら、別に3Dで観なくてもよかったな、と思った。
それにしてもジョニー・デップのジャック・スパロウははまり役。
このキャラクターが好きで好きでたまらない人にとっては、
いつまでも続いて欲しいシリーズだろう。映画でシリーズ化は大変。

ジャック・スパロウが生命の泉を目指し航海するために、仲間を
募っているらしい。脱獄に成功したジャック・スパロウの耳には
そんな噂が聞こえてきた。何? ジャック・スパロウが? 
俺はそんなことしてないぞ。真実を暴くべく偽物を突き止めた
ジャック・スパロウは、その正体が昔の恋人であることを知った。
そしてその恋人・アンジェリカは黒ひげの実の娘であるらしい
ともわかった。本当に? 疑いを拭いきれないジャック・スパロウだが、
脱獄の追っ手から逃げている最中、アンジェリカに隙をつかれ、
船に連行されてしまう。水夫として働かせられながら、この船が
黒ひげの船であり、生命の泉に向かっていると知るのだが……。

ネタバレします。
東宝で観たから不味かったのか?とふと頭を過ぎりつつも、
別に3Dの高い金を払ってまで観るほどでもなかったなぁ、と思った。
言ってしまえば、DVDで十分である。映画にとって禁断の一言。
一応今までのシリーズは、映画館であったり、DVDであったり、
テレビであったり、すべて観てきたのだが、一番微妙なでき
だったような気がする。原因は昔の女登場か? そもそも、
ジャック・スパロウに特定の女性の匂いがまったくしないので、
上手くイメージできないというか(映画のラストシーンがとても
合っているな、と思うのだが……置き去りにするところがね)。
それと海賊船が3つも登場して、敵なのか味方なのかがごっちゃごちゃ。
一応スペインとイギリスとの区切りはあるものの、ジャックは、
どこにも属しておらず、「船長」という名はキレイさっぱりどこかへ
消えており、黒ひげと国の言いなりになるいい加減な男と化していた。
まぁいい加減な男っぷりは、前例に違わずいい加減でよかったのだが、
今回は戦略を立てる楽しみ的な部分が抜け落ち、ジャックひとりの
駒踊り的な雰囲気があり、それがなんとなくシリーズの「中間」感を
感じてしまい、「あぁまだ続きがあるのね」という匂いがぷんぷんした。
いや、あっていいのですけれども「中だるみ」はいらないよなぁ、
みたいな。もう少しぐちゃっとせずにスマートにいったら、ラストに
向けて締まった気がするのに。漫画ワンピースでもそうだが、
海賊にとって船を一度失い、取り返す、というのはつきものなのかしら
などと思いながら、次回もラストじゃないだろうなぁ、な、パイレーツ
だった。次回はもっと3Dが発達して3D的面白みが感じられるといいな。

★★★☆☆*82

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2011年6月 6日 (月)

「疲れすぎて眠れぬ夜のために」 内田樹

疲れすぎて眠れぬ夜のために (角川文庫) 疲れすぎて眠れぬ夜のために (角川文庫)

著者:内田 樹
販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


タイトル通り、疲れすぎて眠れなかった夜に読んだ本でした。わたしが
内田さんを初めて読んだ本でもあります。で、今回再々読くらいして、
感想を書いているわけなんですけれども、なんというか、最初の衝撃は
なんとも大きくてだから読み返すうちに自分の弱点がわかった気がしました。

疲れるのは健全である徴。病気になるのは生きている証。
サクセスモデルへの幻想を棄てて、「1ランク下の自分」を目指しませんか?
ささやかなことで「幸せ」になれるのは一つの能力です。
まずは身体の内側から発信される信号を聴き取ること。
真の利己主義を目指すこと。礼儀作法と型で身を守ること。
家族の愛情至上主義をやめること―。今最も信頼できる哲学者が、
日本人の身体文化の原点に立ち帰って提案する、最強の幸福論。
(Amazonより)

この本を読んで欲しいのは、ばりばりに会社で働いて、上流社会に
立ち向かおうとしている疲れたOLです。疲れていないとダメです。
いや、この時代、社会を女性が勝ちあがっていこうとしている時点で、
疲れていると思うので、世の一般OLのみなさんは大変納得し、頷きながら
読み進めることが出来るでしょう。「そんなに頑張るなよ」と、内田先生は
そっと肩を叩いてくれます。その仕事、辞めても死にはしないよって。
そんなことはごもっとも分かってはいるのですが、上へ上へと駆け上って
いる途中に、思考回路がどこかおかしくなるようですね。オーバーヒート
して疲れすぎて眠れない夜がやってきます。その点、男の人は大丈夫だと
いいます。なぜなら、憧れと現実を履き違えないから、だそうで。
女性は、履き違えるのだそうです。この本を初めて読んだときは、
なんとも「天啓」を受けたような、救われた気分になりました。
「あぁそうか頑張らなくていいんだ」と、改めて再認識したというか。
合わせて最近夏目漱石ばかり読んでいるので、夏目漱石の時代には(明治)
女はただの道具でしかありません。男から男に譲渡されるものです。
そのことをただ黙然と考えていると、ここにいるわたしという「女」が、
ひどくちっぽけで足掻き損をしている惨めな女に見えてくるのです。
自分で見えてくる、ということは、周りの(主に男性)人間からは、
もっと思われているはずで、だから、「まぁいいかこのへんで手を緩めても」
といういい意味での諦めを感じるのでした。で、再々読の感想としては、
途中から武道論が多くて、こんな本だっけなぁ?と思ったのが一番でした。
内田先生は誰かの引用が多いです。自分の意見もしっかり言うのですが、
その意見の裏には誰々の意見がこうしてあるからで、と解説されており、
予防線を張っている巧みな論法だと思います。何せもっともらしく聞こえる
からです。中盤で高校を中退してしまう話が出てきますが(実話)、
そんな先生が大学の教授になり(退職されましたが)「中退しちゃったのは
「キャラ」だったんですよ。あはは」なんていう怖ろしい笑えない茶目っ気が、
突飛な論法の説得力になっているに違いありません。わたしもそろそろ、
「キャラ」を葬りたいものです、と思いました。高校デビューかしら。
しかし、一番最初に読んだときが一番良かったな。

★★★★☆*86

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2011年6月 5日 (日)

「ストーリー・セラー」 有川浩

ストーリー・セラー ストーリー・セラー

著者:有川 浩
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


何だかもうしばらく有川浩はいいかしら、と思うくらい甘い感じで、
何だかもうちょっとどうにかならんのかしら、と思うくらい肩透かしで、
何だかもうあなたこそストーリー・セラーですよ、と思うほど、ストーリー
しか売っていない残念な気分の方が勝った。ストーリー・セラーね……。

ひょんなことから自分の部下の忘れていったUSBメモリを開いてみると、
そこには大量の小説が保管されていた。会社の資料を無断で持ち出したのでは、
と心配していた主人公は、安堵したと同時に、小説の中身が気になり
始めた、主人公は無類の小説好きなのだ。しかし書く事はできず、
読むことしか出来ない。そんな彼にとって、彼女の小説は自分だけが
見つけ出した原石のようだった。最初こそ拒まれたものの、次第に
仲良くなった彼女に、主人公は作家になる事を勧めた。
小説家になってみたら? 
しかしその選択が彼女の生死を分かつことになろうとは思いもしなかった。

何冊か有川浩を読んでみて思ったのだが、小説家、じゃなくて、脚本家に
なられたらいかがでしょうか、と。話はどれも可もなく不可もなく。
「うん、うん、それで?」と読み進められるのだが、どうも一辺倒、
というか、装飾が足りないと言うか、描写よりストーリー、感情より
ストーリーというところを強く感じてしまって、うーんだった。
脚本家ならば、そこに演出家、もしくは監督がつく。そのストーリーに
肉付けしてくれる人がつくのである。有川さんの小説は、どこにも欠点
がない分、それ以上に美点が限りなく少ないのだ。美点になりうる部分でも、
坦々とストーリーが進んでしまうので、どうも感動しない、というのが、
ここ最近の感想なのだった。それにしても、これだけの「ストーリー」を
思いつくのは素晴らしいことではある。どの作家も「ストーリー」が
思いつかずに悩んでいると言うのに。そこはひょいひょいと軽々しく
書いてしまう。ありそうで、なさそうな。ベタでいて、少し捻りがある。
どこも悪いところはなく、だからこそ、惹かれる部分もない、という悪循環。
あなたの伝えたいことはなんなの? と思うのだ。ストーリーありき。
ストーリーがいくら面白くても、「伝えたい思い」のない小説は、
やはり脚本のようだ、としか思えないのだ。うーん。ストーリー・セラーね。
物語を売る人。まさにそんな感じの有川浩。

★★★☆☆*83

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2011年6月 4日 (土)

6/4the HANGOVERS@新宿レッドクロス

20110604

6/4the HANGOVERS@新宿レッドクロス

■セットリスト

 新曲(1)
 NINA 恋をしようよ
 悲しみのアンジェリーナ
 シャローナ・シャローナ
 着ぐるみとバルーン
 かわいいミシェル
 SHE DOES iT RiGHT
 アセロラ ~キング・オブ・ビタミンC~
 ガールフレンドにお願い
 つまずきのマイルストーン
 あのクロスロード
 リラ
 superstar
 フロアライト
 新曲(2)
 リサとアシュトレイ
 つまさき(ザ・ポータブル・ターミナス)

EN

 RAINY STARLUST
 新曲(3)弾き語り

 
ワンマンぶりのワンマンでした。
ご無沙汰です。
だいぶ昔の方がよく観ていたので、
なんだか昔の事ばかり思い出したステージでした。
(とFoZZtoneとafocでも同じ事書いていますが……)

なんだか「見納め巡業中」なライブたちでございます。
ハンガーズが観れれば、もう残すところは何もありませんな。
もう何があっても悔いはありませぬ。
と言うわけで、11月のFoZZまで観るものないな、な感じです。

アセロラが楽しくて、
最後の新曲がとても好きでした。

変わらずそこに立つということは、
苦悩の連続であることでしょう。

楽しいステージだったからこそ、余計かもしれませんね。

意外なお友だちに会えてそれも楽しかったです。

いろいろありがとうございました。
いつもありがとうございます。

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2011年6月 3日 (金)

■雑談:2011年5月に読んだ本と映画

■雑談:2011年5月に読んだ本(5冊)

585 11.05.28 ★★★★★*90 「女に」 谷川俊太郎
584 11.05.11 ★★★★☆*89 「実験4号」 伊坂幸太郎、山下敦弘
583 11.05.09 ★★★★★*90 「シャガールと木の葉」 谷川俊太郎
582 11.05.08 ★★★★☆*87 「羊をめぐる冒険 上」 村上春樹
581 11.05.07 ★★★★★*91 「吾輩は猫である」 夏目漱石

■雑談:2011年5月に観た映画(3本)

11.05.31 ★★★★☆*86 「ブラック・スワン」 ダーレン・アロノフスキー監督
11.05.22 ★★★★☆*85 [「八日目の蝉」 成島出監督
11.05.11 ★★★★☆*89 「実験4号」 伊坂幸太郎、山下敦弘

 
5冊読めてたのか、とむしろ驚いた多忙な5月でした。
さらに多忙そうな6月を前に涙。

あぁそう言えば、母の日のこととか父の日こととか
まったく考えてなくてすみませんでした。
母上、父上。
考えたところでまぁ別段何もないのですが。

そろそろ2人の誕生日が迫っているので、
それまでになんとか、ソレがアレになって、
アレがソレになっていたらいいなぁ、
なんて思いながらの6月でございます。

日本映画をいろいろ考えさせられた一ヶ月でした。
むしろ映画って何、みたいな。
映画館で観るから映画って言うんだよね?、
とか深く考えると恐ろしく虚しい気分に陥る気がします。
やめましょう。

気合い入れて生きますわ。

いつも来てくださりどうもありがとうございます。

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2011年6月 1日 (水)

【映画】ブラック・スワン

20101224
会社帰りに、ナイトショー。いや、学校帰りに、ナイトショー。
昔はよくやっていたような気がして、懐かしいなぁ、とか
シャッターの折りているショッピングモールの中を歩いて帰った。
隣のOL二人組みが、無断で酒を持ち込んで観ていた。映画館で酒か……。

ニナの所属するバレエ団は、今期から斬新にアレンジしなおした古典
『白鳥の湖』をやることが決まっていた。そしてこの舞台から、今まで
プリマであったベスが引退し、新しいプリマが選ばれることになっていた。
白鳥の湖には白鳥と黒鳥が登場する。一人で二役演じなければならず、
とても技量のいる役立った。芸術監督トマスに「白鳥だけなら、
君を選ぶんだけどね……」とつぶやかれ、役に選ばれ損なったニナは、
トマスに抗議しに行く。果たして主役に抜擢されたニナだったが、
トマスに男女の関係を迫られることになった。また、今までのプリマ
であったベスがニナを罵った挙句、自殺未遂をした。「自分は黒鳥を
踊れるわ」と言ったニナだったが、自分に自信がなかった。また、
新しく来たリリーという魅力的な女も、役を横取りしそうなきになった。
黒鳥になるために、黒鳥になるために、黒鳥になるために……、と
ニナは自分を追いつめ始める。いつしか背中に見知らぬ傷が出来る。
気になって仕方がない。いつしか鏡の中の自分が動いているように見え……。

酒を映画館で飲むんだ!とカルチャーショックを受けた本日でした。
売店で酒って売っているんでしたっけ?いつも水しか買わないもので、
よくメニューを観たことがありませんでした。映画館で酒なんて、
小説を読みながら酒を飲むみたいで、(しかも映画館で高い金を
払って観ているわけで)そんなんで、いいんでしょうかね。とか、
他人事のように思いました。いや、他人事なので、騒いだり、
絡んできたりしない限り、どうでもよい問題なのですけれども。
と、そんな話はどうでもよいのですが、なんとも言いがたい映画、
でした。とてもいい映画である反面、読み取ろうとしない人には、
(読み取れない人には)大変冷たい映画でもあるだろうと思いました。
大勢の中でひとりだけプリマに選ばれると言うことが、とんでもなく
すごいことで、果てしなく熾烈な争いがある。という基本的なところ
から、知らない人にとっては説明不足のように思った。ふと思い出した
のだが、この間観たマイケル・ジャクソンの『THIS IS IT』の
オーディション映像は何も編集していないのに「ピリピリ感」が
あふれるように漂っていて、この映画でもそれがあったらよりニナ
の追い込まれる様子、が際立ったのではないか、と思う。また、
母親が必要にニナを猫可愛がりし、プリマにしようとするのも、
母親自身のプリマになれなかった怨念が圧し掛かっている、という
様子も、もっと早くから明るみに出ていたら、ニナが追い込まれている
様子がより伝わったと思う。また、男性に興味がない(?)ことが、
黒鳥になれない理由、のように、もはや単刀直入に描かれているが、
「母親が必要にニナを猫可愛がりするために、男性と付き合うという
こともない厳格な家庭にお上品に育ったため、もはや男性恐怖症ぎみ
であるニナが、恐怖症を乗り越え(? というか狂ってゆくが)
普通の女のように男を欲してみようとする」というちょっと
分かりづらい設定が、観ている観客のどれほどに伝わったのだろう?
と思った。「恋敵同士で男を取り合う怨念」なら簡単にわかりやすく
描けただろうに(誰でも想像しやすいから)、ニナは誰のことも
「欲してみる」には達せずに、「昔の自分の殺害・脱却」から、黒鳥
になる。こうしてゆっくり噛み砕かないと想像しづらく、観ている
観客にどれだけ伝わったのかしら、と思ったりした。
『白鳥の湖』の中の黒鳥とは、違う黒鳥、ということになる。
それもよかったのかしら、バレエ舞台演出と合っていたのかしら、と
一縷の疑問を残しつつも、ナタリー・ポートマンの迫真の演技は、
見る価値大だと思った。昔バレエで白鳥の湖を踊ったので、懐かしかった。
そして、帰ってから鏡を見るのが怖かった。笑

★★★★☆*86

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