« ■雑談:校庭の空よりも高いもの | トップページ | ■雑談:太陽 »

2011年3月27日 (日)

「坑夫」 夏目漱石

坑夫 (新潮文庫) 坑夫 (新潮文庫)

著者:夏目 漱石
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


とある人が「僕は坑夫になりたい」と書いていたので、「はて、
夏目漱石の坑夫はそんな話だったかしらん……」ともやもやして、
読み返した。中身をほとんど覚えていないものだなぁ、と最近
つくづく自分の記憶力を残念に思う。わたしはまだ坑夫にはなりたくない。

家出をし、道をひたすらに歩いて疲れ果てたと思っていたところ、
茶屋で長蔵という男に声を掛けられた。長蔵は「坑夫にならないか」
と言う。自分の中の、坑夫という職業のイメージは大変悪かったが、
ついぞ先ほどまで死ぬ気で家を出てきたものなのだから、坑夫という
落ちぶれた職業に就いてもみるのも悪くはないだろうと思った。
連れられ歩いて行くうち、長蔵は自分の他にも二人の人間を坑夫に
誘った。四人は山を目掛けて夜道を無言で歩いていった。それだけでも
死に物狂いに思えたが、山の坑の中は、更に酷かった。目が落ち窪み、
瞳をギョロつかせた坑夫たちからは、体も細く、新参者の自分には、
この職業が勤まるわけがないと愚弄された。それでも家には帰りたく
なかった。家に帰ったあとの苦痛を考えたら、坑の中で無言で労働
する方が、地獄と言う意味でも、自分では収拾のつけられない人の
感情から遠ざかるためにも、いいように思えた。

坑夫という職業について「こんなにも最悪の条件下でしか働くことが
できない身分の人間」とわたしは解釈した。そのため、まだわたしは
坑夫にはなりたくない。最悪の条件下というものがあるとするのなら、
それを決めるのは自分ではない。ことにこの主人公であっても、
主人公にとっての最悪の条件下は、家にいて艶子と澄江という女との
三角関係に悩む、という平々凡々かつ、自分ではどうしようも解決
しがたい深刻混迷なものだ。けれども、諸氏一般の最悪の条件下は、
安さんがいうように、坑夫の方がよっぽど下であろう。というように、
この本は、個人的な最悪の条件下から逃れるために坑夫を選ぶ、
という構図になる。「坑夫になりたい」という言葉は、個人的な
最悪な条件下から逃れる、もしくはその条件下をなかったものとし、
更なる最悪な条件を突きつけられたい、ということになる。
自分にとっては最悪でも一般にはぜんぜん最悪ではないということだ。
あるいは、個人の捕らえ方は様々であるから、坑夫のような、
「ストイックさ」のような、それにしか打ち込めない人間の様子、
と受け取ったのかもしれない。そういう意味でなら、わたしも
「坑夫になりたい」ような気もする。しかし、どう見積もっても、
回りまわって、この本の重点は、個人的な最悪な条件下から逃げる、
というものにしかわたしは思えない。逃げちゃあいけない。
そのまたあるいは、「生み出さない」決められた仕事という意味かしらん。
主人公も、いろいろな葛藤の末、結局東京に戻る。ある意味その
ような様子を匂わす描写があるから安心して読めるのだ。
「坑夫になりたい」という言葉は、だから、坑夫よりも不完全な
自分への戒めを感じているという心理を裏付ける言葉だろう。
まったく主人公と同じである。ところで、この本は夏目漱石が35歳
のときに書いた本である。あの時代だったら、35歳と言えば、
だいぶいい年端だったのかもしれないが、それにしても心理描写が
なんとも重々しく、まるで精神科医のごとく人間の心をしげしげと
観察している様子が、恐ろしく冷静で且つ丁寧であった。
こうとまで人間の心理を小説に描かれては、何も文句の書きようもない
のである。夏目漱石ほど「先生」と言う言葉が似合う人間を
わたしは知らない。最近、そういう人、いないよなぁ。人間の真髄は、
今も昔も変わらないと思う。現に、今この本を読んでも心に響く。
それなら今時の「坑夫」ではない形で、その心のうつろいを、
誰か美しく描いてはくれまいか、と嘆きたくなる。誰か、誰か。
今の時代の心の叫びを。地味で尻切れながら、この重み、脱帽である。

★★★★☆*88

|

« ■雑談:校庭の空よりも高いもの | トップページ | ■雑談:太陽 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/126354/39398103

この記事へのトラックバック一覧です: 「坑夫」 夏目漱石:

« ■雑談:校庭の空よりも高いもの | トップページ | ■雑談:太陽 »