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2011年3月25日 (金)

「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」 川上未映子

そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります (講談社文庫) そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります (講談社文庫)

著者:川上 未映子
販売元:講談社
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友人に借りていました。ずっと忘れていました、ごめんなさい。地震が
あった日、家に帰ったら、本とCDがそれはもう大変な惨状を作り上げて
いました。その一番上にこの本がありました。「今読まずにいつ読むん?
あんた読む読むゆうて、ほんまは読まん気やろ?」と腕を掴まれました。

女子の世界は妖しくて愛しくて我武者羅でときどき、こわい。
2003年8月29日夜明け前から2006年8月29日誕生日の夜まで、文筆歌手・
未映子の3年に渡る日記。ブログ『未映子の純粋非性批判』に加筆修正。
(Amazonより)

こんな、流れるようなこてこての関西弁を文字で流暢に使いこなす作家を
久しく見ない。そもそもこの本自体、日記のようなもので、気のてらいなく
書いてあるせいか、まるでほんのすぐそばで、「そやねん、そやねん、私は
それが言いたいねん。わかる? ほんまに? ほんまにか。そらあんた私と
気ぃ合うかもしれへん。今度サボコの写真見せたるわ」くらいの勢いと
馴れ馴れしさで、話しかけられているような気分になった。実際上記の
ような文章はないが、そんな「未映子」という人の人柄と、彼女が
言いそうな言葉がありありとわかるほど、言いようのない人間味が溢れていた。
それともう一つ、ありありと感じたのが、「未映子」、この人は、
一度壊れてしまった人である、ということであった。一つのタイトルにつき
書かれている話は、読み始めるとほとんどが、まったく違うところに行き着き、
話が終わる。ん? 何が言いたいのだ? と最初は首を傾げていたのだが、
読み進めるうちにそれが彼女の世界であるのだ、と気づいた。壊れた
人間が作り出す、逃げ道のような尋常では通りがたい世界。
音楽で言ったら、まず「THE NOVEMBERS」や「神聖かまってちゃん」
や「モーモールルギャバン」とかいった類の領域だろうな、って感じ。
そこは、どうやって辿り着けるのか、平凡な人はわからないのであって、
もちろんそれそのものが「未映子」の個性(あやふや・笑)なのだから、
その道という道は「未映子」しかわからないのである。しかし、時おり、
真摯に語られる悲しみに満ちた彼女の過去は、どこかツーンと心に響く
ものがあって、そうかそうか、そうなんだ、と同情とも共感とも得ない
感情と、どうしようもない切なる羨みを感じるのだった。
何せ、彼女は「一度壊れてしまった人」だからだ。壊れた、でも、
今は壊れていない。壊れた、と言う概念は、単にわたしがそう思うだけ
かもしれないが、要するに、夏目漱石先生のお言葉を拝借すれば、
「やりたいことを無我夢中で探し当て、こだわりを踏み潰」した人、
である。何かを経た、という感慨を、何故かひどく感じた本だった。
作家も、音楽家の書く詩も、何かを経験しなければ、人のこころを響かせる
ようなものは作れない。ぼろぼろに原形を留めぬほど霧散し、その霧散
することで感じえたなけなしの感情をこれで許してください、と差し出す
のである。生まれてこなければよかった。わたしも「未映子」と同じ
懺悔を繰り返しながら育った人間だった。そして今、壊れている。
壊れ続けている。わたしもいつか「何かを経た」、その人になりたい。
いつか、「あんた頑張ったね」と言ってやりたいのである。がんばるよ。
貸してくれたあなた、ありがとう。後で必ず返します。

★★★★☆*88

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