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2011年3月21日 (月)

「彼岸過迄」 夏目漱石

彼岸過迄 (新潮文庫) 彼岸過迄 (新潮文庫)

著者:夏目 漱石
販売元:新潮社
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夏目さんの本はぼちぼち読むのですが、とりわけ感想を書くでもなく。
文句ある感想を書くのもおこがましいと思うほど、敬愛している作家
であったりします。と言いながら、今回感想を書いたりしていますが。
最近のわたしの密かなる楽しみは、夏目漱石の千円札を集めることです。

敬太郎は須永という偏屈な友人から、事業家である叔父を紹介して
もらい、相当な地位を得ようと考えていた。須永は元より、こうして
いろいろな地位が得られるのを知りながら、それを断り続け何も行動
しない、なんとも奇妙な男なのだ。須永の叔父・田口は忙しい男で
一度は断りを受けたが、懲りずに訪ねたところ、面白い仕事を
紹介された。なんでも額にホクロのある男を、駅で待ち伏せし、
様子を報告しろと言うのである。まるで探偵のような仕事に緊張した
敬太郎は、占い屋へ行ってみたり、験を担ぐため蒸発した冒険男の、
不気味なステッキを持ち、行動を行ったりした。そして実際のところ、
ホクロの男・松本は、実は須永や田口と親類であり、松本と会っていた
女は、須永の許嫁であることが知れた。狐につままれたような敬太郎
だったが、今度は須永から許嫁・千代子の話を聞くことになるのだが……。

敬太郎で始まって、敬太郎で閉じてあるが、この本の主人公は、
須永であると言っても過言ではないだろう。どことなく『こころ』を
彷彿とさせる構成になっており、主人公敬太郎は、ほとんどが聞き手
である。許嫁・千代子についての須永の独白は、もはや圧巻としか
言いようがなく、なぜか結婚に踏み切ることのできない自分の心情、
窮屈な性格と、その性格を育んだ不穏な空気を、見事に描いている。
幼なじみであり、昔からの許嫁として過ごしてきた須永と千代子は、
当然結婚するものと誰しも考えていた。とりわけ須永(市蔵)の母は、
それに積極的であり、この婚姻も彼女の策略に違いないのだった。
しかし、市蔵は、千代子を結婚相手の女として見る事が出来ない。
結婚したくないが、彼女が誰かと結婚するのだと考えると嫉妬する。
だが自分と一緒になることによって、千代子は不幸になるに違いない、
と考えて病まないのだった。どうしてそのような内向的な思考になって
しまうのか。松本からもたらされる真実の話は、虚をつくようであり、
大変納得のいくようであり、泣き出したい気持ちであるのだった。
自分に原因のない、それを知るものだけがひた隠していた市蔵の秘密は、
市蔵の周りで、奇妙な形を描きながら、彼にまとわりついていたと知る。
その「因果」に苦悩する市蔵、またその恋模様、さすが夏目漱石
と言わせるそれがここにあると思う。また森本のところで語られる
娘の死についても、死を知ったときの悲しみの衝撃を懐かしむような、
言いようのない不確かな心持も、とても納得がゆき、心に響いた。
わたしは去年祖父を亡くしたが、死んだ祖父の肉体を見た衝撃よりも、
お骨になり、骨と化した祖父を見て安心したのをよく覚えている。
「いなくなって安心した」これもまた妙な表現である。そして、
そのわなわなと唇が震えるようだった、通夜の夜の激しい心の波を、
とても愛しく思った。

★★★★☆*90

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コメント

TBさせていただきました。
おかげさまで震災から少しずつ立ち直りつつあります、とか書くと、本当なの?という声を耳にします。重症で当たり前だと思っています。
本当に同じ本の感想なの?という感じの感想に戸惑いつつも、さすがそれでこそ漱石と、むしろ唸らざるを得ません。豊穣なるテクスト。

投稿: 時折 | 2011年3月28日 (月) 12:53

>時折さん

おおおこんばんわ!
大丈夫ですか、という言葉は、大丈夫じゃない時には
とても残酷な響きを齎すと今回改めて実感したしだいです。
震度7ですもの、、東京でも5弱でしたから。。
関東は関東で、計画停電やらなにやらでひっちゃかめっちゃかです。
もちろん、「被害」「復興」という意味では
そちらの方が重いに決まっていますけども。
お互い(この場合は個人と言うより地域ですが、)頑張りましょう。
どうか、せめてお風邪をひかないように。

いやはや漱石先生の力を見せ付けられますよね。
というか、中学生のわたしは、その凄さを
十分に受け取れてなかったんだなぁ、と痛感します。
だって、今読むと、凄いのですもの。
感情が、あふれ出て。

>むしろ唸らざるを得ません。豊穣なるテクスト。

どんな感想を個人が得たとしても、この部分だけは揺るぎませんね。

投稿: るい | 2011年3月28日 (月) 20:50

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