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2011年3月 3日 (木)

「荒地の恋」 ねじめ正一

荒地の恋 荒地の恋

著者:ねじめ 正一
販売元:文藝春秋
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いろんなところでお名前を聞くねじめさんですが、実はきちんと読んだのは
初めてでした。なぜなら、堅苦しい話が大嫌いだからです。本を開いて、
「あ、なんか難しそう」と思うと、ぱたんと閉じて、書棚に戻してしまう。
ねじめさんもその1人でした。でもこの本は表紙が猫でした。理由はそれだけ。

戦争を堺に妻と子をなくした北村は、再婚し娘をもうけた。新聞社を退社し、
洋書の翻訳をする傍ら、詩を書いている。しかし、仕事は芳しくなかった。
妻とも娘とも息子とも仲はよかったが、その平穏すぎる空気は、「詩」
を書く場所として向いていないようだ。大詩人であり、親友でもある田村
と懇親を深める中、あろうことか、田村の妻・明子と恋仲になってしまった。
「アキコ」それは最初の妻の名前でもあった。北村は次第に明子に夢中になり、
そして、自分の家庭を壊した。妻の治子は半狂乱になったが、北村が
改心し、不倫をやめる事はなかった。泥沼の駆け落ち生活がいき詰まり
始めると、知人が相次いで亡くなり始めた。失うたび積み重なるのは、
悲しみではないもののように思えた。

ようやく「昭和」を色濃く匂わせてくれる作家に出会えた、と思った。
この濃厚な、昭和初期の匂い。最高である。登場人物、あいるいは
その周りを取り巻く街や物や空気たちが発する、濃密な「時代」の色。
この本は2007年に発行されたものだが、ページを捲ればその中は、
昭和50年代そのものだった。途中で気づいたのだが、この小説は、
実話に基づいた物語のようである。まるで、そこに座って、その登場人物の
1人であったかのように親しげに語られるその様は圧巻で、昭和の文壇の
いざこざを、目の前で順繰りと語られた気がした。物語で描かれていたのは、
何かを失くしてしまった1人の男だった。最初の妻と息子を失くした北村には
どこか言葉では言い表せない「諦め」の一線があった。人を亡くす悲しみは、
悲しみよりも、空虚を残す。そうして、またその悲しみを真正面から
受けないために、北村は1つのものを愛することを諦めているようだった。
日本は一夫一婦制で、昭和の初期なんて言ったら、不倫はかなり大胆な
行為だろう。しかし、北村は、ずんずんと明子に溺れてゆく。
時折耳元に残る「あなた、わたしを生きなかったわね」というアキコの
言葉を噛締めながら、治子を、明子を、阿子を愛してゆく。北村は、
治子を嫁にもらった時点で(それは仕方のないことだと思うが)、
アキコに罪悪感を感じていたのだろう。そうして、その罪悪感と、
1つのものを愛する事を諦めた心から、次へ次へと、女を渡ってゆくのだ。
その娘と彼女たちを表現する「組たち」という言葉がとてもよかった。
北村はきっと誰をもを愛していたのだ。事の他アキコを。もしくは、アキコが
生きていたとしたら、治子と結婚するはずもなく、明子に手を出さなかった
だろうか? いいや、それはこの文壇の世の中ではどうも確信を得ない。
ここには詩に溺れた人間の一生が生々しく描かれている。文字など
覚えなければよかったと思うほどに。カルチャーセンターでの、
「生活と詩をどちらをとるかと聞かれたら、彼女たちは迷わず生活を取るだろう。
その健全さが北村には好ましかった」という文がなぜかとても心に残った。
芸術に生きる者は、なぜかとり憑かれたように、そこから離れられないのである。
周辺の本も読んでみたい。

★★★★☆*87

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