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2011年3月 5日 (土)

「夜のミッキー・マウス」 谷川俊太郎

夜のミッキー・マウス (新潮文庫) 夜のミッキー・マウス (新潮文庫)

著者:谷川 俊太郎
販売元:新潮社
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なんだか最近詩集ばかり読んでいる気がする。あと、文壇もの。
詩は、短い文節の中に含まれるそれ、あるいはそれの置かれる順序、
あいるはそれの文字の形態、あいるいはそれを読まれることへの認識、
など、いろいろなことが絡んでいるのだなぁ、と思う。短いだけに。

星々は言葉をもつ 宇宙は文脈として 大地もまた 懐かしい無言のうちに-。
この上ない言葉たちが誘う、この上ない世界とのかかわり方。
『新潮』『文学の蔵』等に掲載された作品、書下ろしを収録した詩集。
(Amazonより)

詩集ってあらすじも何もないよな、と思う。特にこの本の中は、
とりわけ連載されていたものでもなく、1995年のものもあれば、
2004年のものもある。だから先日読んだような『定義』のような
一貫性はまったくなくて、むしろ自由に書かれたものを、自由に
纏めた、という雰囲気があった。けれども一冊を通して見てみると、
どこか「死」を感じさせる何かが漂っていた。死を瀬戸際にして
生かされている、いつ死んでもおかしくない、と言ったような
こころがどこかにあるようで、文字と文字の隙間からにじみ出ている
ように感じた。年を取るにつれ、あるいはいくつもの詩を連ねるにつれ、
行き着く境地というものがあるのだろうか。「ミッキー・マウス」や
「3D」という現代的な文字とは裏腹に、精錬され並べられた文章は、
なんともいえない凄みのようなものがあった。これ以上にない
研ぎ澄まされたものだけが残す何かである。まるでクロード・モネが、
晩年の死に際まで「睡蓮」を描いて描いて描いて描きまくったように。
あなたは知っているだろうか、あの「睡蓮」たちに囲まれた時の、
背筋をそっとなぞられるような、息を飲むひと時を。
谷川さんはこの『夜のミッキー・マウス』のあとにも作品を出して
いるが、きっと、それらを制作順に一気に読み干したら、
およそ増してそんな気持ちを得られるのではないか、と思った。

★★★★☆*86

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