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2011年2月19日 (土)

「戦友の恋」 大島真寿美

戦友の恋 戦友の恋

著者:大島 真寿美
販売元:角川書店(角川グループパブリッシング)
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『ほどけるとける』の方が後に出た本なのかと思ったら、
こちらの方が先で、へぇと思った。しかしわたしが読むには少し
早すぎた、とも思った。あるいは、浅すぎたか、だ。誰かがふいに
いなくなる喪失を、わたしは「衝撃」としてしか味わったことがない。

漫画家として目指していた私は、当時担当だった玖美子にこっぴどく
ダメ出しをされた。要するに、漫画家としての素質がないというので
ある。だから、漫画を描くのを辞めろ。玖美子はそう言うのだった。
ただ、あんたには物語を書く才能がある。だから、漫画の原作者と
してこれから頑張ってみてはどうだろうか。もちろん私は納得が
いかなかった。けれども玖美子の熱心で無謀な話を聞くうち、
彼女に自分の人生を託してもいいかもしれないと思った。
玖美子と私はよく飲みに行き、いろいろな話をした。しかし、
玖美子は私を友だちとは言わなかった。「戦友」それがわたしたちに
一番よくあった称号だった。そんな玖美子が死んだ。私は玖美子の
いない世界で生きている。そして明日も玖美子がいない明日がやってくる。

わたしは特に身近な人間を2度亡くしたことがある。1人は祖父で、
もう1人は中学校の同級生だった。どちらも同じ死であるが、
わたしの中でその「衝撃」の大きさは雲泥の差だった。祖父は
老齢で、しかも癌だった。だからわたしを始め、親族一同の中で、
死んでもおかしくない、もしくは、よくぞここまで生き延びた、
という認識がされていた。だからその死は悲しくても悲愴ではなく、
守護のような温かい何かをわたしにくれた。でも同級生の死はまったく
違った。彼は自殺でこの世を去った。その喪失は、わたしの中では、
「衝撃」でしかなく、その「衝撃」はわんわんと鳴り響き、
そしていつまで経っても止まなかった。「誰かがいなくなってしまった」
としみじみ感じることもままならない精神状態が、ずっとずっと
静かに続いていた。この本で、そのことをふと思い出した。
同級生が死んでから、もう10年が経とうとしている。15歳の彼の顔を
思い出せても、25歳の彼の顔を思い描くことは、もう出来ない。
だから、この主人公の言わんとしている、「戦友の欠けた喪失感」を
わたしは上手く捉えることが出来なかった。それよりも強い衝撃しか
知らないからだ。いつかきっと、また身近な誰かを亡くす時が来る
だろう、そうしたら、きっとよくわかるはずだ、と思い読み終えた
本だった。「佐紀さん、絶対君津君の方がよかったって思うに
決まってるんですから」と、いう君津を、げらげらと笑い飛ばすくらい、
わたしも佐紀のような強さをいつか得られるといいなと思った。
知っているのだ、出会いと別れはやってくることを。そして、
誰かの死がやってくることを。けれどもわたしたちは生き続ける。

★★★★☆*87

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佐紀もそろそろ禁煙したら、と玖美子にしては珍しい忠告をした。いつもなら、うるさいなあと思ったはずなのに、神妙に頷き、まあね、あたしもやめようかなあとは思ってんのよね、と殊勝に答えると、そうしな、...... [続きを読む]

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