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2011年1月 5日 (水)

「切羽へ」 井上荒野

切羽へ 切羽へ

著者:井上 荒野
販売元:新潮社
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おおお、これが直木賞か。ふーんそうか、という感じ。井上さんは
なんとなく、わたしの中では桜庭さんと同じカテゴリーの人なんですが、
でも桜庭さんよりはさっくりしてるイメージで実はまだこの本が3冊目。
で、これ直木賞。これって鍛錬の賜物的な功労賞でしたよね、違うのかな

島にいる子どもは、8人。学校も一つで、病院も一つ。ラーメン屋も
一つしかなければ、喫茶店だって一つしかない。そんな閉鎖的な
空間で生活を営む人たちはけれど、のびやかでのどかだ。
島にはすべてがある、けれどその詰め込まれた島の島たる部分は、
口では説明できず、やはり住んでみるしかないだろう。わたしは
小学校で養護の先生をしている。夫は画家で、2人でひっそりと過ごす
生活は、わたしのすべてである。終了式が済み、春を迎えると、
東京から一人の男性教師がやってきた。石和と言うその男は
無口でぞんざいで、愛想のかけらもない男だった。あまりいい印象では
なかった石和の存在は、しかしだんだんと嵩を増し始めるのだが……。

まるで絵画のよう。という感想をどこかで見た気がしたが、わたしは
どうも絵画のようには思えなかった。島での生活を坦々と描かれた物語。
「島」というものをどのようなものと捉えるか、というところに
まず重点が来そうだが、わたしは海のない県で育ったこともあり、
「島」というものにまったく免疫がないのだった。そのような状態で
「島」を思い浮かべると、どうしても「きっと美しいのだろう」という
思いが先に来る。もちろん天候が荒れれば凄惨な海を目の当たりにする
だろうし、地盤の弱い山だって崩れ落ちたりするのだろう。それに
高齢者ばかりが残ってしまうと言う現代の問題も、忘れたわけではない。
けれど、やはりのどかさや美しさを強く感じてしまうのだ。この本でも、
自然の美しさと炭鉱の暗闇をかけて、明暗を描き美しさを強調している
ように思う。その美しい「島」で坦々と語られるのは、何を隠そう
「不倫」である。島の純朴な子どもたちの笑顔と共に、共存する醜い
大人の愛憎劇。島の人たちは堂々と、しかし子どもには隠れセックスの
話をする。まるでそれは大人の楽しみであり、大人にはそれしか楽しみが
ないかのように。実際もそうなのかもしれない。「わたし」が語る島の
人間は、その素直な子どもたちも、いつしか醜い大人へと姿を変える
ことを喜んでいるようにさえ見える。間接的で、直接的。何もないのに、
すべてある。島はどうやら、そういうところのようだと思った。
直木賞にしては、だいぶ行間がすかすかした本だった。大作か?
と聞かれたら、別に……と首を傾げてしまいそうにも思う。しかし、
以前読んだ『ズームーデイズ』や『静子の日常』にもあったように、
作中に漂う不穏な空気が最大限に生かされた話であった。そのどろどろ
したのとは違う、もやもやしたのとも違う、ひっそりと扉の隙間から
流れ込み、そこに佇んでいるような、淀んだ空気の描き方が大変秀逸で、
これぞ井上荒野、なんだろうと納得した。つかみどころのない作品は、
また違う形を形成してその不穏さを届けてくれるのではとの期待もある。

★★★★☆*89

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コメント

不穏ですよね、井上荒野さんの世界。
間違いなくそこに惹かれれたと思います、私は。
ただ、この作品は、その不穏さが抑制されているように感じました。でも、その抑えた感じが何か逆に後から凄みとなって追いかけてくるようなところ、ありませんか

投稿: 時折 | 2011年1月 9日 (日) 07:59

>時折さん

こんにちわ。
やはり不穏さ、が井上さんのウリなんですね~。
わたしもそこに惹かれたように思います。
どちらかと言えばそんなに個人的にヒットする作風ではないのですが;、
不思議とこの不穏な空気を味わえるならもう一冊くらい、と惹かれます。
で、それが続いていくわけで。笑

そうそうこの本は、島中に噂が広まるのを恐れて、
心の中では思っているけど、口にはできない、という抑制を感じました。
常々、人間の「知りたい」という欲求の強さと、
「言ってはいけない」ことへの意志の弱さって、凄いなと思っていて、
それていてとても卑しい恥ずかしい部分でありますよね。
それがひっそりと忍ばされた凄い作品だな、と思いました。

投稿: るい | 2011年1月11日 (火) 11:38

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» 井上荒野『切羽へ』 [時折書房]
あえて禁欲的な「切羽」へ。 内容(「BOOK」データベースより) 静かな島で、夫と穏やかで幸福な日々を送るセイの前に、ある日、一人の男が現れる。夫を深く愛していながら、どうし ... [続きを読む]

受信: 2011年1月 9日 (日) 07:54

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