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2011年1月 9日 (日)

「夏が僕を抱く」 豊島ミホ

夏が僕を抱く 夏が僕を抱く

著者:豊島 ミホ
販売元:祥伝社
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久しぶりの豊島さん。2年半ぶりくらいですかね……時が経つのは早い
もので。そもそもこうして感想を書いているのも読んだ本を忘れない
ためなので、この場所はいい仕事してるな、と思います。まぁ、
書き忘れた本や、まぁいいか、とここにいない本もありますがね。笑

「ストロベリー・ホープ」
護が帰ってきたというニュースを持ってきたのは、クリーニング屋の
おじさんだった。成績が優秀だった彼は、東京に行ったが、
大学を中退し、専門学校へ入りなおしたらしい。遠回りをした挙句
こうしてまたこの場所に帰ってきたのだ。対するわたしは、
わたしは勤めている農協の上司と、不倫をしていた。しかし相手が高齢の
母親の介護について話し始めたころから、わたしは離れたのだった。
そうして昨日、その母親は自殺したらしいのだった。自分はひどい女だ
と思う。護の胸に顔を押しつけ涙を流した。

30代以上の方が読んだら、きっと「なんだこの軽くて薄い文章は」と、
眉をしかめるのではないだろうか。特に男性は尚更だろう。
今の若者がしゃべる、崩れた言葉。それがそのまま地の文に現れていて、
なんとも軽くて薄いのだ。わたしでさえもどうにかならないものかと思う。
ちゃらちゃらして、あまりいい印象のない文章は、しかしページを繰ると
その蟠りは消えてなくなる。いつの間にか、主人公の気持ちに同調し
その言葉たちに馴染んでしまうのだった。話し口調の言葉たちは、
その主人公たちを立体的に映し出し、まるで友人になったかのような
本当は誰にも相談できない惨めな部分を、そっと見せられているような、
近い親しみを感じることが出来る。高校生の話ばかり書いていた
豊島さんだったけど、この本に出てくる主人公は23歳くらいである。
豊島さんて何歳なんだっけなぁ、と調べてみたら28歳だった。
5年……自分で経験したことを、寝かせて感情を処理し、物語りに
するには、いい期間なのかもしれなかった。東京の大学に通い卒業、
そして執筆活動をして、疲れてしまった(本人曰く)豊島さんは、
確か秋田の実家に一時帰っていたはずだ。この本には、そうした都会と、
田舎のよいところがあわさっていて、「寝かせて感情を処理し」が、
とても上手くいっているように思った。煌びやかさに惹かれ頑張って
みたけど、本当の自分は冴えない穏やかさがやっぱり好きで、
それを心のどこかで求めてしまうのだ、と。田舎と東京の話に限らず、
不良や真面目な学生、との対比でも、その心境が伺える。頑張ってみても
結局わたしはわたしだと。土地柄に関しては、わたしも田舎者なので、
「東京に出る」ということがどんなことかを知っている。なにせ、
田舎の同級生の半数以上が、東京に行ったことさえないのだ。それを
考えると、自分がこうして東京にいることがとても大きなことのように
思える。何かしなくては、と思う。でも、いつしか田舎に戻る時がきても
そうか、こうした感情が得られるなら、疲れてもいいかもしれない、
と思えた本だった。久しぶりに豊島さん、いいな、と思ったかも。
久しぶりに読んだので、他の本も読むべしだな、と。

★★★★☆*87

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