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2010年12月 6日 (月)

「リビング」 重松清

リビング (中公文庫) リビング (中公文庫)

著者:重松 清
販売元:中央公論新社
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重松さんの、重松さんらしからぬ小説でした。重松さんらしい小説が
なんとも苦手なわたしにとっては、その苦手な部分がすっぽりなくて、
とてもいい感情を得ました。それってどうよ、というツッコミは
さて置き。いい本であったことは確か。日常が文章に滲み出る巧さ。

『となりの花園 春』
復職関係に勤める僕と、イラストレーターである妻の自慢の家は、
モノトーンを基調とした落ち着いた佇まいだ。引越しを転々と
繰り返し、ようやく手に入れた我が家は、今度こそ安泰なものだと
願ってやまなかった。なぜなら僕らは「お隣運」というヤツがない。
今まで住んでいたどこのマンションでも、隣の住人に迷惑を被られていた。
そして今の家は初めての庭付きの持ち家である。購入する時には、
隣人の情報を調べに調べ、ここに決めたのだ。しかし、平和だった
はずのお隣さんは、会社の都合で転勤することになり、新たな隣人を
迎えることになった。そしてやってきたのが、太田さん――
赤や黄色と言った極彩色ばかりの花を並べるお宅だった。僕は
太田さんとどのように付き合っていこうか戸惑うのだが……。

お隣さん、というのは実に厄介なものだと思う。東京の方は、
マンションにお住まいの方が多いと思うので、それほど感じたことが
ないと思うけれど。東京を一歩出て、北関東にでも足をのばせば、
そのほとんどが持ち家の住宅街になる。家に住む以上、必ず「お隣さん」
が生まれ、否が応でもその人と上手くやっていかなくてはならない。
なぜなら、家は買ってしまうとそうそう動かすことが出来ないからだ。
この本は、そのような「あまり気の合うタイプではない気がするが
上手くやらなければならない」という絶妙な具合を上手く描いている。
人間そりが合う人たちばかりではない。時には「この人と合わないなぁ」
と思いながらも笑っていなくてはならないし、「もう会わない」と
避けることも出来ない。しかし、人間関係というのは、そもそも
そういうものではないだろうか。もちろん衝突するよりは、避けている
方がいいような気もするが、それは「人」から逃げているような気もする。
この「僕」と妻も最初はお隣の太田さんに不快な印象を抱いていたが、
最終的には太田さんからお花を貰う約束をしている。その人の
「苦手な部分」は変わらずそこにあるのかもしれないが、自分の、
あるいは相手の中の一部分が、その互いに対して僅かながらも変化を
持ちえれば、その人のその部分を許せるような、あるいは許せる形に
変化させることが出来るような、人間の流動的な様子を感じ、
さすが重松さんだな、と思った。ちなみに読んでからだいぶ経って
感想を書いているのだけど、あんなに「いい!」と思ったのに、
内容をあまり詳細に覚えていなかった。それだけ、まったく身近な事柄で
ふとした瞬間に忘れてしまいがちの、ささやかな温かさが詰まっていた
のでは、と思う。連続短編と、短編が入っている。どれもとてもよい。
忘れてしまいがちな感情をさり気なく描くのはとても高度だと思う。

★★★★★*94

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