« 「あしたはアルプスを歩こう」 角田光代 | トップページ | 「黒革の手帖 上」 松本清張 »

2010年9月22日 (水)

「アカペラ」 山本文緒

アカペラ アカペラ

著者:山本 文緒
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


山本さん、いよいよ新境地を開拓したな、と息を飲んだ本。確かに
文章は山本文緒なのだが、今までの山本文緒ではない。親しみある
山本文緒の世界をそのままに、パワーアップした空虚を味わうことが
出来る。突き放される、しかしそこには柔らかな虚無を感じられる。

「アカペラ」
ママが突然家出しました。タマや、探さないでください、ではじまる
置手紙。毎度の事ながら、いくらタマコという名前だからって、
タマや、なんて猫のように呼ばないで欲しいです。タマコは十五歳、
中学三年生。家出したママの他には、痴呆ぎみのじっちゃん、
金田泰造、七十二歳と住んでいます。タマコはそろそろ高校受験を
迎えるけれど、他の同級生のように高校に進学しようだなんて、
さらさら考えていません。タマコはじっちゃんが大好きだから、
今している服飾のアルバイト先に就職し、じっちゃんが死ぬまでの、
残り少ない時間を一緒に過ごしたいと考えているからです。
今時中卒なんて問題外だと、担任の先生は怒るのですが……。

来た来た来た!、思わずページを繰りながら、叫びそうだった。
近年稀に見ぬ、人の成長を富に感じた本だった。何せ、山本さんは
『プラナリア』で直木賞を受賞済みである。その時の衝撃も忘れがたい
ものだが、今回のこの本もそれをも越えるような躍進ぶりに、
ただただ感心するばかりであった。物語自体は、勿論『プラナリア』
の方が断然上質だったように思う。しかし、この本は同じく短編集で
ありながら、今までにない画期的な差があるのだ。1冊に3篇、という
微妙な長さ。山本さんにしては今までにない試みである(と思う)。
そして(大変失礼ながらも、)山本さんの長編には、
あまり面白い本がない。どうしても物語中に中だるみが生じる。
裏を返せば短編のエッセンス的な要素を描くことを得意としているので、
今まで出してきた本は、圧倒的に短編が多いのだった。それを踏まえ、
ここにきて、この長さである。しかも、この1編が終わった時の、
ずしりと残る、空虚感。最高である。山本さんは、言い方は悪いが
元も子もない話を書くのが上手い。頑張って頑張って作った自分
(主人公)のポリシーが、(いい意味でも悪い意味でも)ラストシーンで
完璧に打ち砕かれる。その様子が、読んでいてとても痛快である。
わたしは、山本さんの本を読み、空虚にも感触と味があるのだ、
と知った。この本、特に表題作『アカペラ』では、その空虚を
存分に味わうことが出来るだろう。何も考えずに読み終えてしまえば、
「そんなのってあり?」な話だ。献身的な中学生が、老人に恋し、
将来を投げ打とうとすら言う。しかし、最後の瞬間その現実は
打ち砕かれ、真っ白な思考停止が訪れる。今までの気持ちは嘘ではない。
しかし、そこに愛がなくなったら、一瞬にして虚無になり得るのだと。
柔らかく、温かい虚無である。感想を書いても思うが、この本は
以前の作品に比べ、格段にリアリティを感じた。比較的古い本を
読んでいたが、また単行本の山本文緒も是非読みたいと思った。

★★★★☆*88

|

« 「あしたはアルプスを歩こう」 角田光代 | トップページ | 「黒革の手帖 上」 松本清張 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/126354/36972694

この記事へのトラックバック一覧です: 「アカペラ」 山本文緒:

« 「あしたはアルプスを歩こう」 角田光代 | トップページ | 「黒革の手帖 上」 松本清張 »