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2010年8月

2010年8月28日 (土)

「パワー系181」 墨谷渉

パワー系181 パワー系181

著者:墨谷 渉
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


すばる新人賞だったので、どれどれどんなもんかしら、と楽しみにして
いたのだが、はぁ、はてこれのどこが賞を取るに値するのだろう、
となんとも疑問だらけの本だった。例えばそれが永遠の課題であり、
扱いづらい物だったとしても、他人に分からせる努力のない作品は没かと。

(amazonのあらすじ引用)
180センチを超える大柄なリカは、日々スポーツクラブで筋力
トレーニングに励んでいる。プロレス技のスリーパーホールドを
男にかけ 、失神させてみたい願望を抱いていた。リカは風俗でもなく
SMでもない、「パワー系個人クラブ・リカの世界」をホームページで
公開した。そのサロンにはリカの身体を丹念に測量する男、
張り手を求め るマゾ男、リカの衣類を欲しがるフェチ男などが訪れる。
(中略)妻にも馬鹿にされ、好意を抱いていた女性の元同僚にも存在を忘れ
られており、憤懣やるかたない瀬川が訪れたのはリカのサロンだった。
そこで瀬川を待ち受けていた状況は、想像とは裏腹にリカに技をかけ
られ、生殺しにされて楽しまれている自分であった。

あまりにも自分に興味のない内容だったので、あらすじを書くことさえ
怠慢しました。すみません。はぁ、これで賞を取れるんですか?の
領域です。ここまでつまらないのも珍しいのではないかと思います。
つまらない原因は、そもそもわたしがこの分野に対してまったく
興味がない、という部分もあるでしょうが、それ以前に、作者が
その読者の「興味を持ち得ない部分」を「分からせよう」または、
「引き込もう」という努力を一切していない点にあると思う。
印象は閉鎖的、且つストーリー性の皆無。この本の中で語られている
のは、主に自分の身長の小ささゆえのコンプレックスを抱いている男が、
巨人女であるリカを陥れようとし、結局のところ自分が屈服した、
という部分的な場面のみ、である。そこから物語が生まれるわけでも、
ストーリーがありそこに至るわけでもない。ただコンプレックス
はそこにあるのであり、他の何をも関係を持たず存在しているのだ、
ということを強調しているようなのだが、わたしのようにまったく
興味のない人間にとって、何の前説も誘導もなく突入する、
コンプレックスと呼ばれる極めて個人的な要素の暴露は、読んでいて
まったく楽しいものではなく、かと言って面白みの説明もないので、
これを読んで好きになる、という好奇心の震えもまったく起きなかった。
閉鎖的、マニア受け、うちわ受け、局部論者、に見える原因は、
やはり、その他のことを描かなさすぎた、というところにあると思う。
例え個人的なコンプレックスであっても、日常の何かしらと繋がっている
わけであり、その繋がりの面白み、のような部分を、もう少し描いて
くれたら、加わるも気楽に、理解し、はたまた興味を持ちえたように
思う。この本はわざと突き放したのが欠点。それがかっこいいとか?

★☆☆☆☆*--

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2010年8月27日 (金)

「キラレ×キラレ」 森博嗣

キラレ×キラレ (講談社ノベルス) キラレ×キラレ (講談社ノベルス)

著者:森 博嗣
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


森博嗣は一体いつから社会派ミステリ担当になったのだろうか……、
と首をかしげた本だった。確かに森さんなんだけど、かつて、
「これぞ森博嗣」と言わしめていたその部分が、とても薄まっていて
どこにでもあるミステリ小説になってしまったなぁ、と思った。

椙田探偵事務所助手である小川は、同じく探偵である鷹知祐一郎と共に、
ある事件について調べることになった。ある日の満員の通勤電車内で、
三十代女性OLが、何者かによって背中を切りつけられたのだ。
体が密着し、身動きが取れなくなること数分。駅に着き、
電車の扉が開くと同時に、彼女たちはカッターのようなもので、
何者かに切りつけられられていた。傷は軽症で一度目は事件として扱われ
なかったが、現時点では三回の切り裂き事件が起きており、
いよいよ事件性を帯びてきた。合わせてその事件と関係性の高いと
されていた精神科病院の調剤師が殺される事件が発生し……。

森さんなんだけど、森さんじゃないような。スイカの赤くて美味しい
部分が、すでに誰かに食べれてしまった後、のようなスイカだった。
……と変な例えをしてみたが、あまり面白さ・面白み、といものを
感じられずに読了した。そもそも、通勤電車内で30代女性を切りつける、
なんていう事件を森博嗣が書くことにまず驚きである。なぜこんな
平凡な……云々、まずそこで文句。森博嗣、と言ったら、おいおい、
そりゃないだろ、的な死体の数々と、おいおい、そりゃないだろ、
的なトリックの数々が売りだったはずで、しかし今回の本ではそのような、
森博嗣味をまったく感じなかったのだ。おまけに、ストーリーが進む
過程において、登場人物が全て怪しい、という状態が、最初から
最後までつきまとう。助手の真鍋ですら、もしや犯人なんじゃ?
と思わせぶりな展開を見せるのに、結論に向けて犯人が、証拠などで
特定されてゆかない。登場人物中、全員誰が犯人でもOKみたいな
状態から、犯人はあの人でした!、と突然結論が出るので、
後からの説明(もはや後述談)がすべて、あとづけがましく、
大変残念な気分になる。例えばこの設定であっても、あいつが犯人かも、
そいつが犯人かも、と読者を左右に引っ張ることが出来たら、
もっと面白みがあった気もするけれども、それがないので、
本当、蜜のないスイカ、みたいな話だった。スイカって言われりゃ、
スイカだけど……みたいな、森さんって言われりゃ、森さんだけど、
な、納得のいかなさである。うーん。いや、森さん大好きですけどね。

★★☆☆☆*75

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2010年8月25日 (水)

8/25a flood of circle@新宿LOFT

201008251754000
8/25a flood of circle@新宿LOFT

■セットリスト(a flood of circle)

 泥水のメロディー
 フェルディナン・グリフォン・サーカス
 Human License
 Buffalo Dance
 アンドロメダ
 プリズム
 コインランドリー・ブルース
 プシケ
 シーガル

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2010年8月15日 (日)

「僕のなかの壊れていない部分」 白石一文

僕のなかの壊れていない部分 (光文社文庫) 僕のなかの壊れていない部分 (光文社文庫)

著者:白石 一文
販売元:光文社
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なんとも深い本だった。面白いのとも違うし、楽しいのとも違うし、
堅苦しいのとも違うし、不気味なのとも違った。中身があるというか、
読み終わってからも心に残る、けれど押し付けがましいわけではなく
むしろ冷淡で、でも本当は愛したいと願う、とても歪な本だった。

僕は三人の女性と付き合っている。一人は職場で出会った敏腕な
キャリアウーマン、もう一人は子持ちのパブのママで、もう一人は
有閑マダムというに相応しい金持ちの女である。そして、僕の家には
雷太とほのかという二人の若い居候の男女がいる。けれど僕は、
その誰とも深い付き合いをするつもりはなく、彼らが僕を求める
分だけを、厚かましくない程度に手を差し伸べ返すだけだ。
ある日、敏腕なキャリアウーマン・枝里子が、僕に結婚の話を
持ち出し始めた。二人の関係上このまま夫婦になることは間違いでは
なさそうだったが、けれど僕は枝里子と結婚するつもりなど毛頭ない
のだった。誰とも結婚するつもりになれない理由は、子どもの頃に
受けた母親の仕打ちが原因のようなのだが……。

人間の感情が円を描いていたとしたら、この主人公の心は、
まるでナイフで削ぎ落としたかのように平坦になっていることだろう。
あるいは、円周上である一部分だけを避けるように、歪な曲線を
描いていることだろう。人間の感情は衝撃を与えると形を変える。
例えば悪口を言われ続け、その言葉に敏感になったり、
褒められた振る舞いに自信をもつのも、その一つではないだろうか。
言葉に敏感になった結果どうなるかというと、無意識のうちに
人を避けるようになったり、対人する際に極度に緊張してしまう
「人見知り」などの症状に繋がってゆくのだろう。
そのような様々な要素が合わさって人間が構成されていると考えると、
成長過程、主に幼児期の環境が与える情緒への影響は計り知れず、
なんと恐ろしいものだろうと思った。そして困ったことに、
その重要さに、多くの大人は気づいていないのだ。この本の中の
「僕」は、人を愛すことができない。幼い頃母親から棄てられたという
記憶、それから成長過程の母親に構ってもらえなかったという記憶から
無意識のうちに人の愛を避けてしまう。どういうことが人を愛すると
いうことで、どういうことが人から愛されることだと理解している
つもりで、しかし、実際に愛されたことのない「僕」は、
愛される「僕」という立場から逃げようとするのだ。なぜか?
それは愛を失う怖さなのだろうか。いや、違う気がする。どちらかと
言えば、誰かを愛し、焦がれたり、嬉しさでふるえたり、満たされたり
そういう胸が締め付けられるような躍動が出来ない心になって
しまっている、というのが正しい気がした。本当は愛そうとしている、
だけど愛という揺れ動く感情を理解できないから、やっぱり無理なのだ
と薄く笑い、人から離れてゆく。願わくば、愛を理解し始めてから
終わって欲しかったけれど、心に負った歪みは、そう簡単には治らない
という戒めにとてもよかったようにも思う。わたしの父は、「僕」の
ような人だった。父は結婚してわたしが生まれたわけだが、わたしは
父から愛情を感じたことがなかった。冷たいのではく、わたしを
避けるのでもなく、人を愛するということがどういうことなのか、
知らない人なのだと、わたしは大人になってから気づいた。白石さんも
そうだったのだろうか。あるいは、そういう人が近くにいたのだろうか。
愛を子に伝えないことは、大きな罪だと思う。

★★★★☆*87

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2010年8月14日 (土)

「船に乗れ! 1」 藤谷治

船に乗れ!〈1〉合奏と協奏 船に乗れ!〈1〉合奏と協奏

著者:藤谷 治
販売元:ジャイブ
Amazon.co.jpで詳細を確認する


なんとも嫌な思い出を克明に思い出させてくれた本だった。まぁそれは
こちらの話であって、本は大変いい本だった、という裏返しなのだけれど。
この本を読んで、素直に「面白い!」と思う人は、合奏をしたことがない
人ではないだろうか。読んでいるとなんとも苦々しい気分になる。

音楽家一族の中に生まれた僕は、子どもの頃からピアノを習わされた。
ピアノの次には、チェロ。ピアノではプロになれないだろうという、
家族の計らいからだった。しかし、高貴なイメージに興味を引かれた僕は、
だんだんとチェロの虜になってゆく。学校も高校の音楽科へ進み、
ますますチェロに熱を入れ始めたが、ここで一つの壁にぶち当たった。
音楽好きが集まり、リサイタルを行う。それは音楽家なら誰しも夢見る
舞台だったが、それまで一人でしか楽器を奏でてこなかった者たちにとって
他人と旋律を合わせることは予想以上に難しいことだった。
そんなとき僕は初恋の相手・南と共に、メンデルスゾーンのピアノ・トリオ
を合奏することを約束してしまった。衝突や苦悩の末、練習を続けるが……。

はぁ、実に素晴らしい本。なんとも絶妙に初心者演奏者の心を描いていて、
まるでわたしがそのオーケストラの一員であるかのような気持ちになった。
と、同時にその昔高校でバイオリンを弾いていたので、まさにこのような
心境だった、と冷や汗滴るような心持で嫌な思い出を克明に思い出した。
みなさんは、あの気持ちに共感してくれるでしょうか。ステージの幕が
上がり、譜面台の置かれた椅子に座り客席を見渡すときの心持を。
なんと非現実的に見えることかと愕然とし、そうしてこんな心の定まらない
状態でこの楽器を鳴らさなければいけないという無音のプレッシャーが、
それはそれは、……もう思い出したくもない。かと思えば、練習中の
あの指揮者のスパルタ。そう、スパルタ……この本の描写はとても忠実で、
こちらも身のすくむ思いで読み進めた。指揮棒がこっちに飛んでくるんじゃ
ないという先生の剣幕、練習不足を指摘するため、ゲネプロの最中、
端から一人ずつ弾かされる拷問のようなメロディーチェック……あぁ、
もう思い出したくもない。そんな気持ちで読んでいたため、だいぶ
内容を斜めに捉えていたように思うが、……さて置き、この本は、
クラシックやオーケストラを知らない人、もしくは興味を持った人が、
読むのにとても最適な本だと思う。上にも書いたように、実に忠実に
描かれているため、そうまさにオーケストラ部に入部したらこんな感じよ、
という指南本のようだ。合わせて、音楽が好き、とはどういうことなのか、
と深く考えさせられる本でもあった。とくにクラシックは、昔の偉人が
作った音楽をいわばコピーし演奏するのであって、本人自身が作曲している
わけでもなんでもない。それでも人々はピアニストや他の楽器のプロを
目指すわけで、そこにはそれらの疑念を超越するような魅力があふれて
いるのだろう。一曲、例えばわたしは高校時代にアントニン・
ドヴォルザークの、8番をオーケストラで弾いたが、今でもその曲を聴くと、
心が揺さぶられる想いがする。わたしは音楽に長けた人間ではなかった。
むしろ下手でみんなの足を引っ張らないように頑張っていたと言っていい。
そのときの感情や、練習で怒鳴られた恐縮や、友達との喧嘩や、
誰かと合わせるという気持ちのよさや、最後のボーイングを振り切り
ステージで拍手喝采を受ける時の深呼吸したくなるような気持ちを、
ハッとするスピードで思い出す。その楽しさを、伝えてくれる本だった。
嫌な思い出があふれそうな気もしつつ、3巻まで読もうと思います。

★★★★☆*88

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2010年8月13日 (金)

■雑談:お盆ですね

ご無沙汰しております、みなさまお暑い中いかがお過ごしでしょうか。

世間ではお盆休みの真っ只中かと思うのですが、
うちの会社は残念ながら例年に漏れず暦どおりの出勤で、
ため息つきながら残業しております。

その上仕事が炎上中で、しばらく収まる見込みなし。
職業柄とりあえず毎日会社にいなければならない、
という拘束がここにきてなんともきついです。
体がもつことを祈ります。

気づけばもう8月半ばか……あんまり本読めてませんね。
時間がなくていろいろやり切れてないです。
まぁわたしはいつだってやりきってないのですけれども、、。

■読み終わってたり、読んでたりする本
(読み終わってるものは感想を後ほど遡り更新します。
実は最近結構遡って投稿していたりしますが……。
気が向いたら覗いてやってくださいませ)

・「夢十夜」夏目漱石
・「死国」坂東眞砂子
・「幽霊人命救助隊」高野和明
・「「金権編集長」ザンゲ録」ターザン山本
・「切羽へ」井上荒野
・「船に乗れ! 1」藤谷治
・「森に眠る魚」角田光代
・「ブギーポップ・スタッカート ジンクスショップへようこそ」 上遠野浩平
・「炎上する君」 西加奈子
・「かけら」 青山七恵
・「IN」 桐野夏生
・「姑獲鳥の夏」 京極夏彦
・「りすん」 諏訪哲史
・「菊葉荘の幽霊たち」 角田光代

お薦め本募集中です。
なんかこう、リラックス要素があると尚可なんですけど。
よろしくどうぞ。

いつも遊びに来てくださりどうもありがとうございます。

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2010年8月 9日 (月)

「死国」 坂東眞砂子

死国 (角川文庫) 死国 (角川文庫)

著者:坂東 真砂子
販売元:角川書店
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坂東さん2冊目かな、前に「狗神」挫折した記憶が……。たまたま
ブックオフで手に取ったのだけれど、相変わらずなんとも言いがたい
吸引力のある作家だと思う。「山姥」のときは、もう感嘆、って感じ
で何も言えなかったけれど、この本はまだ人間味があるかもしれない。

恋人と仲たがいした比奈子は、昔住んでいた高知の村へと
気分転換に出かけることにした。名目では知人に貸していた村の
家の売却について検討するためである。村に近づくにつれ、
ふと当時一番仲のよかった莎代里とのことを思い出した。
今はどうしているだろう? 村に着き、旧友に莎代里の事を尋ねると、
衝撃的な事実を知らされた。莎代里は死んだというのである。
そして莎代里の母は今、莎代里を生き返らせようとしているらしい。
莎代里の家は元々霊的な家系でもあった。その上高知には、神の谷、
と呼ばれる山があり、そこにはたくさんの霊がいると言われていた。
不気味さに恐れを抱いたが、恐怖はそれだけでは済まなかった。
旧友たちが莎代里を思い出し始め昔話をするたび、比奈子は
霊的現象に遭い、莎代里の声を聞くようになってゆくのだが……。

なんだかなぁ、というのは人間関係の部分でしょうか。幼い頃
仲のよかった少女のことを、三十女になってから思い出し、
今も友だち、なんて思うのだろうか。あの頃の莎代里はあぁだったから、
今もきっとわたしのような気持ちで、なんて思うのだろうか。
わたしだったら思わない。しかも小学生だしなぁ。中学生だったら、
あの男の子が好きだのなんだのって、三角関係があってもおかしく
ないような気がするが、小学生のときの恋人について、三十になった
今も取り合うような、そんな心境になるのだろうか、とも思った。
という動機不足の逆恨みからの心霊現象で、なんだか納得がいかない
ような、気持ちになった。これがせめて中学生〜高校生くらいだったら、
その怨念がはっきりしたものになってよかったのではなかろうか。
……と、さておき、このおどろおどろしさは相当良質である。
「山姥」のときも思ったが、歴史を絡めた風土話がとても上質で、
読んでいるこちらにもっともらしい印象と、不気味さを与えてくれる。
四国が昔は死国と呼ばれていた、とかかなり安直な設定ではあるが、
踏み込むのを躊躇う森林の気配や、怨霊から逃げ切るための焦りが
大変上手くて、それでも突き進んでく主人公たちに、
「おい、やめとけって」と声を掛けたいくらいの気持ちになった。
最後のシーンが何とも微妙だったので、ここでもまた惜しいなぁと
感じたのだけれども、物語の魅力と言うよりも、歴史や怨霊という
見えないものに支配される人間たちの様子の描写に価値があるように
思えた。しばらくプチ坂東さんブーム続きそう。次は何読もうかしら。

★★★☆☆*82

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2010年8月 8日 (日)

「ブギーポップ・スタッカート ジンクスショップへようこそ」 上遠野浩平

ジンクス・ショップへようこそ―ブギーポップ・スタッカート (電撃文庫) ジンクス・ショップへようこそ―ブギーポップ・スタッカート (電撃文庫)

著者:上遠野 浩平
販売元:メディアワークス
Amazon.co.jpで詳細を確認する


上遠野さんお久しぶり。つい最近読んだ気がしていたのに、
見直してみたら1年ぶりくらいだった。一応シリーズは中学生の時に
全部読んだはずなので、これも再読。この本は『ペパーミントの魔術師』
と並んで好きなだったのだけれど、やっぱり好きだなぁと思った。

不二子はある日不思議な男に出合った。街中を歩いていた少女が
事故に巻き込まれそうになるのを察知し、男がそれを阻止したように
見えたのだ。世界は暗なる力の流れにより、動かされている。
男はそれを感じることで、少女を救ったと言った。不二子は
男―柊の能力を生かし「ジンクス・ショップ」なるものを作ることにした。
柊がジンクスを書きつけたカードを、少女たちに販売する。
ジンクスは実行されると文字が消え終了するシステムだった。
ジンクス・カードの噂はだんだん広まり繁盛し始めたが、
同時に少女たちが何者かに狙われる事件が起こり始める。

もしもジンクスカードがあったら面白いのになぁ、と読んでいて
素直に思った。人間はこれから先何が起こるか分からない、という
未来に不安を抱えて生きているから、心のどこかで何か少しでも
揺るがないものはないか、と探してしまう弱さがある。
あるはずないのだけど、あったら嬉しいもの。あったら「ブーム」に
なって、人々に蔓延しそうな甘い蜜のようなもの。上遠野さんは
それを描くのがとても上手い。そしてその甘い蜜は、ちょっとした
出来心で手を出せてしまう手軽さを兼ね備えているから、
人びとは夢中になって欲しがってしまう。けれどそれは正しい行為
ではない。まっとうな(という取り決めもまぁ微妙なところ
と言えば微妙なところだが)人間はそのような甘い話にのったりせずに
未来を見据えなければならない。頑張っている人を差し置き、
ずるをするような行為には必ずしっぺ返しがあり、時には死の危険
にすら脅かされるだろう。ちょっとした出来心により人生の
転落をも生み出す、その明暗がとてもはっきりしていて、
読んでいるこちらはハッとさせられるのだった。ファンタジーな戦闘シーン
といい按配に絡み合って、ライトノベルなアニメーションを思い
描きながらも、どこか人生を諭されるような深みを感じることができる。
ライトノベルと言って馬鹿にせず是非とも読んでいただきたい一冊。
とりあえず「ブギーポップは笑わない」を読んだあと、シリーズを
読むのがお薦め。シリーズ自体ストーリーはそれほど繋がってないので、
最初の方の巻を攻めたあとは、どこを読んでも大丈夫だと思われる。

★★★★☆*86

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2010年8月 7日 (土)

8/7a flood of circle、THE NOVEMBERS@国営ひたち海浜公園

201008072002000
8/7a flood of circle、THE NOVEMBERS@国営ひたち海浜公園

■セットリスト(a flood of circle)

 Quiz Show
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 泥水のメロディー
 Human License
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 プシケ
 ブラックバード

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