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2010年8月14日 (土)

「船に乗れ! 1」 藤谷治

船に乗れ!〈1〉合奏と協奏 船に乗れ!〈1〉合奏と協奏

著者:藤谷 治
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なんとも嫌な思い出を克明に思い出させてくれた本だった。まぁそれは
こちらの話であって、本は大変いい本だった、という裏返しなのだけれど。
この本を読んで、素直に「面白い!」と思う人は、合奏をしたことがない
人ではないだろうか。読んでいるとなんとも苦々しい気分になる。

音楽家一族の中に生まれた僕は、子どもの頃からピアノを習わされた。
ピアノの次には、チェロ。ピアノではプロになれないだろうという、
家族の計らいからだった。しかし、高貴なイメージに興味を引かれた僕は、
だんだんとチェロの虜になってゆく。学校も高校の音楽科へ進み、
ますますチェロに熱を入れ始めたが、ここで一つの壁にぶち当たった。
音楽好きが集まり、リサイタルを行う。それは音楽家なら誰しも夢見る
舞台だったが、それまで一人でしか楽器を奏でてこなかった者たちにとって
他人と旋律を合わせることは予想以上に難しいことだった。
そんなとき僕は初恋の相手・南と共に、メンデルスゾーンのピアノ・トリオ
を合奏することを約束してしまった。衝突や苦悩の末、練習を続けるが……。

はぁ、実に素晴らしい本。なんとも絶妙に初心者演奏者の心を描いていて、
まるでわたしがそのオーケストラの一員であるかのような気持ちになった。
と、同時にその昔高校でバイオリンを弾いていたので、まさにこのような
心境だった、と冷や汗滴るような心持で嫌な思い出を克明に思い出した。
みなさんは、あの気持ちに共感してくれるでしょうか。ステージの幕が
上がり、譜面台の置かれた椅子に座り客席を見渡すときの心持を。
なんと非現実的に見えることかと愕然とし、そうしてこんな心の定まらない
状態でこの楽器を鳴らさなければいけないという無音のプレッシャーが、
それはそれは、……もう思い出したくもない。かと思えば、練習中の
あの指揮者のスパルタ。そう、スパルタ……この本の描写はとても忠実で、
こちらも身のすくむ思いで読み進めた。指揮棒がこっちに飛んでくるんじゃ
ないという先生の剣幕、練習不足を指摘するため、ゲネプロの最中、
端から一人ずつ弾かされる拷問のようなメロディーチェック……あぁ、
もう思い出したくもない。そんな気持ちで読んでいたため、だいぶ
内容を斜めに捉えていたように思うが、……さて置き、この本は、
クラシックやオーケストラを知らない人、もしくは興味を持った人が、
読むのにとても最適な本だと思う。上にも書いたように、実に忠実に
描かれているため、そうまさにオーケストラ部に入部したらこんな感じよ、
という指南本のようだ。合わせて、音楽が好き、とはどういうことなのか、
と深く考えさせられる本でもあった。とくにクラシックは、昔の偉人が
作った音楽をいわばコピーし演奏するのであって、本人自身が作曲している
わけでもなんでもない。それでも人々はピアニストや他の楽器のプロを
目指すわけで、そこにはそれらの疑念を超越するような魅力があふれて
いるのだろう。一曲、例えばわたしは高校時代にアントニン・
ドヴォルザークの、8番をオーケストラで弾いたが、今でもその曲を聴くと、
心が揺さぶられる想いがする。わたしは音楽に長けた人間ではなかった。
むしろ下手でみんなの足を引っ張らないように頑張っていたと言っていい。
そのときの感情や、練習で怒鳴られた恐縮や、友達との喧嘩や、
誰かと合わせるという気持ちのよさや、最後のボーイングを振り切り
ステージで拍手喝采を受ける時の深呼吸したくなるような気持ちを、
ハッとするスピードで思い出す。その楽しさを、伝えてくれる本だった。
嫌な思い出があふれそうな気もしつつ、3巻まで読もうと思います。

★★★★☆*88

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