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2010年7月

2010年7月26日 (月)

7/26a flood of circle@渋谷DUO『DUO no CARNIVAL』

7/26a flood of circle@渋谷DUO『DUO no CARNIVAL』

■セットリスト

 Quiz show
 Human License
 Chameleon Baby
 エレクトリックストーン
 ロシナンテ
 Forest Walker
 博士の異常な愛情
 夜はけむり
 308
 フェルディナン・グリフォン・サーカス
 泥水のメロディー
 シーガル
 Buffalo Dance
 プシケ
 月に吠える
 象のブルース

EN1

 プリズム
 ブラックバード

EN2

 Human License

ブラックバードの時、
曽根さんが最初のイントロを完璧な岡庭コピーで弾いた。
鳥肌が立った。
久しぶりに聴く、優艶に流れる生の旋律を耳で追いながら、
深い深い深呼吸をした。
目を瞑り、瞼を開くと、そこには佐々木さんの姿があった。
未来未来未来未来未来、
と歌う佐々木さんの隣には、岡庭さんの姿が見えたようだった。
白いシャツを着て、ベストを羽織り、長い髪を振り乱す黒いサングラス。
そこにいるのは紛れもなく曽根さんだったけれど、
わたしの頭はふと稲毛で見たその光景を、フラッシュバックした。
わたしは、あの日もこの位置から4人を見上げていたなぁ、と思った。
同じ角度で石井ちゃんを見て、渡辺さんを通り過ぎ、
佐々木さんを斜めで見上げ、荒れ狂う岡庭さんを見てにやりと笑った。

でも、今日そこに岡庭さんはいなかった。

数えてみたら今日までに岡庭さんがいないライブを
ゆうに30回以上観ていることが分かった。
どのライブも楽しくて、とても大切な思い出として残っているけれど、
どこかに、苦しさと寂しさが紛れていたように思う。
振り切れているようで、振り切れていない感情。
このバンドには本当はもう一人の大事なメンバーがいて、
でも今はいないのだ、と言う言葉に出来ない蟠りが、
いつも体のどこかについてまわっているようだった。
誰かにそう噂されているんじゃないかと、どこか怯えているようにも。

でも、今日は、なぜだろう、それを微塵も感じなかった。
だからこそ、最後に岡庭さんを観た稲毛の様子を
克明に思い出したように思う。

あの頃のように生き生きしていたから?

佐々木さんは、地方のリリース弾き語りで疲れていたようだし、
石井ちゃんは、いつもよりミスが多かったように思うし、
渡辺さんは、一人ハイテンションで荒れ狂っていたし、
曽根さんは、相変わらず超絶技巧でメンバーよりも目立っていた。

演奏については、何の変哲もないライブだったと思う。
けれども、とても楽しかった。

あの頃に負けないくらい、とてもとても楽しいライブだった。

どうもありがとうございます。
一つの区切りとして出した『PRADOX PARADE』は、成功ということでしょうか。

次の新たなステージへ。

楽しみにしています。

きっと、いつまでも忘れられないでしょうね。
わたしも8年間そうでした。
失ったものを補うのは、そう簡単なことではないのです。
今は忙しいから忘れているだけかも知れない。
押し殺しているだけかも知れない。
でも一つ言えるのは、彼はメンバーを責めてなんていないということです。
きっと、ごめん、と頭を垂れながら、泣いているんじゃないだろうか。
わたしはいつもそう思うのです。

生きていますか。
生きていたら、生きているうちに彼と笑い合えることを楽しみにしています。
今までのように、なんて言わない。
ただ冗談を言って笑い合うだけでいい。
わたしは、その報告だけでも聞けたら幸い、と思います。

いつまでも応援しています。
いい年を取りましょう。

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2010年7月 9日 (金)

「幽霊人命救助隊」 高野和明

幽霊人命救助隊 (文春文庫) 幽霊人命救助隊 (文春文庫)

著者:高野 和明
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する


久しぶりにだいぶ泣いた本だった。日本では毎日30分に一人、
自殺で亡くなっている。それはわたしたちの周りの人間かもしれないし、
いつしか関わった誰かかもしれない。人はなぜ死にたくなるのだろう。
そう思い続けて、15年くらい経つけど。たまにまだ死にたくなる。

受験勉強で精神的に追いつめられた裕一は、神社の木にロープをかけ
首吊り自殺を図った。足を浮かせた瞬間、首にロープに食い込んで、
たちまちもの凄い後悔が襲った。そして意識を失った。
次に気がついたときには、過酷な崖を必死に上っていた。
いつまで続くか知れない崖だったが、ようやく頂上に辿り着くと、
そこには三人の人間がいた。強面のヤクザに気弱なサラリーマン、
それからアンニュイな笑みを浮かべる美女。どうやらこの四人は
現世で自殺をしたらしかった。現世の話で盛り上がるのもつかの間、
神と名乗る人物が空から現れ、四人に指令を出した。なんでも
自殺した人間は地獄にしかいけない、天国へ行くためには、
現世に戻り自殺しようとしている人間を百人救えというのだが……

世の中には勘違いしている人が多い。死んでしまいたいと思いつめる、
うつ病にかかった人間がいたとして、あなたはどうするだろうか。
話しかけないようにする、もしくは避ける。そんなに親しくないし、
悩んでいることを聞いてあげるような間柄でもない、それに自分が
聞いたとしても相手は答えたくないかもしれないから迷惑だろう。
なんて、考えるのは大きな間違いである。人それぞれ色々なパターンが
あるだろうが、うつ病にかかる大体の人間は、親身になって相談を
聞いてくれる人間を迷惑などと感じはしない。それよりも、
急によそよそしくなったり、あるいは返事をもらえなくなると言った
「距離を置かれる」状態に極度の不安を覚えるように思う。
大きな悩みがあるとして、その悩みで鬱々としている。自分は
世の中に必要ないのかもしれないと思う。死んでしまおうと思う。
周りの人間を見てみると、どうやら自分を避けているようである。
やはり自分は必要のない人間なのだ。死んでしまって当然だ。……
といった具合に感情に負の悪循環が生まれ、思考は絶望の一途を辿って
ゆくのである。それを阻止するためにはどうしたらいいか。
それはやはり率先して周りが声をかけることではないだろうか。
相談に乗らなくたっていい。例えば元気に一言声をかけるだけで、
ほんの僅かかもしれないが、その人のためになるはずなのだ。
もしもあの時一言わたしが声をかけていたら、彼は死を選ばなかった
かもしれない。わたしは何年も何年も悩み続けた。あの時どうして
わたしは声をかけなかったんだろう。そのときの気持ちが、
この本にはたくさん詰まっていた。また、落ち込んでいるときに、
誰かがかけてくれるたった一言の言葉が、何よりも感情を温めてくれる。
わたしは身をもって知ったその効果を、巧に描いていて感嘆だった。
救おうとする気持ちも、救われたいと願う気持ちも、この本には
溢れている。その両方の気持ちを知っているということは、
高野さんはどちらの気持ちをも味わったことがあるのだろうと思う。
死にたい気持ちはどこからやってくるのだろう。楽しく笑っている
ときには感じもしない小さな蟠りが、少しの気分の落ち込みで
増殖してゆく。ぐるぐると渦巻いて、思考を放してくれない。
二度と味わいたくないと思いながら、きっとまた思う日が来るだろう。
この本を読んで一人でも自殺する人が減ったらいいな、と思う。
わたしを含め。どちらの気持ちも知っている、それはしかし
ある意味でとても幸運なことのように思う。強く生きたいものです。

★★★★★*93

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2010年7月 8日 (木)

「炎上する君」 西加奈子

炎上する君 炎上する君

著者:西 加奈子
販売元:角川書店(角川グループパブリッシング)
Amazon.co.jpで詳細を確認する


西さん大変久しぶり。何だったか一冊途中放棄した本がいつしか
あったような気がしたのだけど……きちんと読んだのは三年前の
「あおい」ぶりでした。西さんは関西弁のイメージがあったけど、
この本はまったく関西弁でなかった。まぁそれ以前につまらなすぎた。

「空を待つ」
青梅街道を歩いている時、私は携帯電話を拾った。私のもっている
携帯電話と機種がまったく同じだったから何となく親近感を得たので、
強い罪悪感を覚えることもなく家に持ち帰った。その携帯電話の
待ちうけは、空の写真になっていた。すうっと絵の具を溶かした
ような水色だった。次の日、私は携帯電話の音で目を覚ました。
鳴っていたのは自分の携帯ではなく、昨日拾った方の携帯だった。
『おはよう! ちゃんと起きてますか。』
携帯を開くと「あっちゃん」という差出人から、メールが届いていた。
私は顔もしらない「あっちゃん」に返信を打ち返す。ちょっとした
出来心だったが、「あっちゃん」からのメールは毎日来るようになり……。

はぁ、随分の駄作です。申し訳ないけど、ちっとも面白くないです。
迷走丸出しで、もしや西さん病んでますね、の領域です。いい作品が
思いつかず、同姓の年の近い作家を羨み、考えすぎるあまりに
奇妙な癖のついた文体になり、ストーリーが生まれず、暴走。
ちょっと落ち着いてください、ですよ。西さんの味はこんなところには
ないのです。このままの奇天烈さ狙いで行くと、古川さんのように
なりかねない……。いや、古川さんはむしろその境地で地位を確立
しているけど、「あおい」とかアンソロジーで読んだ限りで、
そのような味を持っているとは感じなかったし、この本もこの通り、
大変詰まらない。どうしたんでしょうか。案が浮かばないのに、
書かなきゃいけないからかな。ちょっと作家って大変ねとか、
しみじみ思ってしまって、やりきれない気持ちで読み終えました。
これ1冊目に読んだら、強烈すぎて読者がついてこないと思います。
頑張って?なのかな。少し休んで、なのか? 元の西さんに
戻り更なる活躍されることを期待しています。

★☆☆☆☆*50

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2010年7月 7日 (水)

「かけら」 青山七恵

かけら かけら

著者:青山 七恵
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


青山さん3冊目?かな。地味だけどとてもいい文章。この本は
川端康成文学賞を受賞した作品だが、なるほど透明感があって
とても納得した。短編集なので他の作品も入っているが、
ダントツに表題作がよい。虎視眈々と、という言葉がなぜかよく似合う。

「かけら」
ひょんなことから父と二人きりでさくらんぼ狩りに出かけることに
なった。とりわけ仲のよいわけではない父とわたしは、普段二人きり
になることなどない。その上無口な父とどのような会話をすべきなのか
まったく思い浮かばないのだった。一抹の不安を抱えながら参加した
さくらんぼ狩りでは案の定会話が弾まなかった。気まずい雰囲気が
流れるが、ある時の休憩で父の意外な行動を目にする。いつしか
思い込んでいた父という印象がだんだん変わり始めるのだが……。

父と言う人物が、一人の男としてどのような魅力を持ち合わせている
のか。この疑問を持つ時とてもむず痒い気持ちになる。子どもとして
育てられたわたしたちは、どう足掻いても父の子であるために、
「男」という意識を持ち得ない。年を重ね、ふとその思考に思い
当たることに、とても居心地さを感じる。それはもしかしたら父親
からしても同じなのかもしれないけれど、親子という感覚を離れ、
一人の人間として意識するときの閃きのようなものを、この本は
見事に描いていた。書いていることは至ってシンプルであり、
ただ父と娘がさくらんぼ狩りに出かけるというなんとも滑稽なもの
だけど、読んでいる方までむずむずする感じが、質のよさを物語って
いたし、認識の変化を描いた頼りなさがとてもよかった。
(ここに描かれている父親がまた、うちの父親に似ていたというのも、
とても居心地の悪くなった原因のようにも思うのだが……)
青山さんは「ひとり日和」がとてもよかった記憶があるのだけど、
文章に透明感があって好きである。川端康成文学賞がとても
頷ける。若い女の、けれどぶれない思考と描写がすばらしく、
初々しいのに、揺るがない強さに、虎視眈々とした筆力を感じる。
次回作も楽しみ。

★★★★☆*86

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2010年7月 5日 (月)

「IN」 桐野夏生

IN IN

著者:桐野 夏生
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


桐野さん久しぶり。何度読んでもやはり感心する男性的な文章。
さばさばしていて、初めて読むときに名前を隠されていたら、まさか
女性作家とは思わなかったと思う。しかし一度読んでしまうと、
それはもう桐野味になってしまい、どこからどう読んでも桐野夏生。

緑川未来男の自伝的小説「無垢人」には、「○子」と匿名で語られて
いる女がいた。緑川の不倫相手であり、公にも噂が広まっていた
誰もが知っているはずの女。興味を引かれたタマキは、「○子」と
思われる女と接触するが、自分は関係がないと門前払いを喰う。
ますます真相を求め始めたタマキは、小説「無垢人」の人物たちに
入り込んでゆくのだが……。

桐野さんのベストセラー『OUT』の対となっている本だと言われて
いるが、わたしはいまいち関係性を見出すことが出来なかった。
というのも桐野さんの本をそれほど読んでいないというのもあるし、
題材とされている島尾敏雄という人物をよく知らないからだと思う。
それと主人公が小説家、という何とも頭を悩ませるテーマで始まるため、
作家は作家の世界しか描けないのか、という太宰治ばりの興ざめ感を
感じた本だった。本が出版されて、確からしい事実なのに、文字と言う
曖昧で優美な表現方法に翻弄され、現実を捉えられないタマキ。
大きな事件を突きまわり、塗り固められた僅かな嘘に感慨を覚える感じ、
そしてあながちミステリのような雰囲気がどうも島田荘司の
『占星術殺人事件』を思い出してしまい、前にも似たようなものを
読んだな、と考えてしまった。もしかしたら、もしかしたら、
と薄闇を突き進む面白さはさすが桐野さん、と言う感じだけど、
主人公自身の対比がどうもくみ取れず、最後の○子の謎が解けた時の
感情とそれとをどう読んだらいいのかよく分からなかった。
久しぶりに読んだからか、何だか桐野味を大変濃く感じた。
ロールプレイングゲームのように、行く先々でなぜかべらべら喋る
関係者、主人公の移り気な感じ、話の方向転換のアサッテさ……
などなど、初々しかった『顔に降りかかる雨』のような印象を、
なぜか受けたりした。桐野初心者にはお薦めしない。

★★★☆☆*83

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