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2010年4月18日 (日)

「ZOO 1」 乙一

ZOO〈1〉 (集英社文庫) ZOO〈1〉 (集英社文庫)

著者:乙一
販売元:集英社
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なんかだ今さら感満載なんですが、この本の感想を書いていません
でした。なんてことでしょう。『ZOO 1』と『ZOO 2』は、その昔
わたしが初めて読んだ乙一作品です。その衝撃と言ったらありません。
買った本屋(某くまざわ書店)の陳列状況すら覚えているくらいです。

「カザリとヨーコ」
ママがわたしを殺すとしたらどのような方法で殺すだろうか。
たとえばいつものように頭を殴ったり、首をしめるのだろうか。
いや、それよりも自殺に見せかけるためマンションから突き落とす
のかもしれない。きっとそうに違いない。わたしとカザリは
一卵性双生児だったが、幼いころから、ママはカザリだけを可愛がった。
わたしはいつもカザリの食べ残しのごはんをもらい生き延びてきたし、
眠る場所はキッチンのゴミ箱の隣に置かれた、座布団の上だった。
ある日事件が起きた。カザリがママの大事なノートパソコンを
壊してしまったのだ。それを目撃したわたしは、カザリを口説き、
怒られる前に服装を交換て入れ替わろうと提案するのだが……。

狂っている。それが、一番初めこの本を手にした時に走った衝撃だった。
この本は短編集だが、一話目にくるのはこの「カザリとヨーコ」だ。
本を開き、一行目に目に入る文章が、
「ママがわたしを殺すとしたらどのような方法で殺すだろうか。」
キャッチーにも程があると思う、狂った吸引力。物語は進み、
母親にいじめ抜かれている主人公は、さらに救いようがない
残忍さで痛めつけられ始める。読んでいるこちらは顔をしかめ、
気分が悪くなるほどだ。しかし、主人公は至ってポジティブ。
馬鹿なんじゃないか、と思えるほど打たれ強く、何をしても笑うんじゃ
ないか、と思える恐ろしさ。楽しげに進んでゆく描写の合間に、
狂気と狂喜が入り乱れているような、それでいて読者に冷静な残虐さを
迫ってくる恐ろしさを感じた。おまけにその次はバラバラ死体が流れる
監禁部屋に閉じ込められる「SEVEN ROOMS」。もう残酷さを超えている。
しかし、乙一の恐ろしさは、この部分ではない。この本の中には
「陽だまりの詩」や「SO-far」という話が入っているのだが、
これらは驚くほど優しい物語である。人造人間が人間の心を得てしまい、
悲しみを嘆く、という儚さ。あるいは、両親が見えなくなってしまう、
少年の優しい感情が描かれている。穏やかで優しげな時間の流れる
この物語は、とても心に響く。だが、そこでふとあの残酷さを思い出す
のだ。そう、あの極められた残酷さは、ここから来ているのである。
だって、人の優しい部分や、悲しい部分、傷ついたら痛い部分を、
すべて知っている、だから、まるで人をナイフで一突きし殺すよりも、
指先から徐々に切断して殺す方が残忍だと見せつけるような、
歪んだ思考を作ることが出来るのである。乙一はなぜこのような
残忍な話を描くのか? それは人が日常で、考えないよう考えないよう
過ごしている思考だから。ヒトラーはどうして人を殺したのか?
そのような衝撃的な事実も、この本を読むと少し理解できる気がする。
ライトノベルで味わえるこの上ない極上の残忍さだと思う。
それが「楽しいか」、というのは、また別の話だけど。

★★★★☆*88

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