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2010年4月19日 (月)

「ピンク・バス」 角田光代

ピンク・バス (角川文庫) ピンク・バス (角川文庫)

著者:角田 光代
販売元:角川書店
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久しぶりに角田さん読みました。最近図書館に行く気力がなくて、
家に積読(未読)していた購入済みの本たちを掘り返し中。古本で
大量に購入した中にこの本はあったのですが、最初の数ページで
嫌な予感がし、放置されていました。なぜか。初期本だからです。

「昨夜はたくさん夢を見た」
二十年間生きているうちに十人の人が死んだ。水泳大会や、
競技大会よりも、私は葬式が得意行事かもしれなかった。
人が死んでも、そうか、そういうものなのか、と納得すらしている。
ある日「死の体験ツアー」なるものに参加したらしいイタガキは、
少し様子がおかしかった。ふらふらしていたかと思うと、
突然インドへ行くと言い出し用意を始める。出発は一週間後と言い、
本当にインドへと旅立ってしまった。周りの友人から、
イタガキがいなくなって寂しいでしょう? というようなことを
聞かれたけれど、私は自分がどう思っているのかよくわからない。
イタガキとは、もう会えないかもしれない。そう考え、
ふと、イタガキに笑顔で手を振った自分が、亡くなった人を送る自分に
重なり、まるで死人を笑顔で見送っているような気分になるのだった。

あとがきで石川さんが角田さんの「疲労感」なるものを力説しているが、
まったくなるほど、角田さんは大変疲労感があると思う。疲労感と
いうのは(石川さんの言葉になるが)単なる「疲労」というわけでは
なく、ある物事を説明する際に使用する文章の単語が、大変なげやり
である様子、のことである。角田さんは現在の作品でもそうだが、
大変擬音が多く、やはり投げやりな描き方をする。着飾ったような
修飾語は使わず、終始ジーパンとTシャツで会話を続けているような、
気だるい感じなのだ。それが文章中に滲み出ている。主人公は
まるで溌剌としていながらも、その文章を通して語られる感情は、
どこかフィルターがかったような感じで、生き生き、とは違う、人間の
感情の生々しさのようなもの、を感じるのだ。ごく当たり前の語彙で
語られるそれは川上さんの「空気感」のような「角田味」があり、
読む人を惹きつける。しかし、この本は、上にも書いたように、
初期の本である。表題作の「ピンク・バス」はまだ荒削りすぎて、
何を書きたいか明確でなく、それでもってぐだぐだと続く
(そこが角田味でもある)ので、中だるみもいいところだった。
ぐだぐだすぎて読むのがしんどかった、というのが正直な感想だが、
けれど読み終わって、今感想を書く段になると、言いたかった事が、
何やらよく分かるのである。不思議なものだ。なんというか、
一つのことを達成するための一割と、残りの九割のぐだぐだ、そんな
雰囲気にあふれているのだが、読後はなぜかその一割のことが、
はっきりと頭に残っている。してやられた感が残る感じだった。
「昨夜はたくさん夢を見た」は逆に単刀直入。言いたいことは、たぶん
「まるで死人を笑顔で見送っているような気分になる」という部分で、
わかりきっていることだけど、なるほど、と再確認させられ、いい。
雰囲気が、どこか津村記久子の小説のようでもある。
でも、ぐだぐだで挫折する人が多そうなので、素直にお薦めできない。

★★☆☆☆*75

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