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2010年3月13日 (土)

「静子の日常」 井上荒野

静子の日常 静子の日常

著者:井上 荒野
販売元:中央公論新社
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お、この本いい。井上さんはこういう感じが好きだな。前に読んだ、
エッセイ的な、自分というものがのめり込んでいる本はあまり好き
ではなかった。のめり込ませるのが上手いか、それとも、ストーリー
テラーなのか、それはちょっと分かれるところだよなぁ、とか何とか。

静子は七十五歳。夫を亡くしてからは、息子夫婦と一緒に生活している。
しかし一緒に住んでいるからと言って、彼らの生活には一切口を
挟まないと決めていた。最近の趣味はフィットネスクラブに通うことで、
そこで行われているスイミングスクールを習っているのである。
ある日、プールから上がり、更衣室へ向かおうとした静子は、
一枚の貼り紙を見つけた。「髪をよく拭いてから通ってください」
これで何枚目かしら、と静子は思う。このフィットネスクラブには、
いろいろな注意書きが貼られているのだ。数日後、今度はロビーの
喫茶室の前にも貼り紙があった。「会員の悪口、噂話はご遠慮ください」
静子は「ばか?」と首を傾げ、辞書で「馬鹿」という言葉を調べる。

一番恐るべきは、井上さんが49歳だということだ。この本の主人公は
75歳。普通自分よりも年上の人物を描こうとすると、それは「自分」
ではなく、「自分から見た誰か」になってしまいがちなのだが、
この本の中では、本当の75歳の姿を見た気がした。本の中では、
この静子本人だけではなく、息子、嫁、孫、の視点からも、静子の
ことを描いている。4つの視点から描かれる静子は、とても自然で、
どこかにいそうな、感じの良いおばあさんだった。イメージは統一
されており、ぶれることはない。けれども静子の視点だけには、
本人だけが知る、小さな秘密がこっそり散りばめられているのだった。
家族が団欒であるための、もしくは、何かが変わらないための。
一番好きだったのは、夫が死んだことにより、夫の妻をやめる、
という考え方であった。浮気を知りながらも、古風に尽くし続ける
静子。それは時代として当たり前だったようにも思え、何かを
押し殺すということを、平生として暮らさなければならなかった。
その辛さを十三は知らない。それを知らせるという行動を取るのも、
何かが違い、だから、静子は酒を飲むことで、妻でいることを
やめるのであった。そのカラリとした、さっぱりした様子が、
75という年齢を物語っているような、しかし、若い男の子といるのは
楽しいという柔らかさを備えているような、女性の描き方がとても
よかった。これは作られているのだろう、と思う。けれども、
読み終わったそこに静子がいるような気がして、嬉しい気持ちになった。
日常は平坦で、しかし形を変えながら過ぎてゆく。変わらなかったもの
はなんだったのか。穏やかな街を眺めるように、生きていた空気の色を
眺めてみたい気持ちになった本だった。井上さん他も読んでみたい。

★★★★☆*88

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コメント

はじめまして。
少し前からお邪魔している者です。
なんだかとても心地よい文章と素敵な感想で、この本をぜひ読んでみたくなりました。
普段こんな風に突然コメントしたりしないタチなのですが
たぶんこういう気持ちになったときこそ(せっかくコメント欄も設けて下さっていますし)
コメントすべきなんじゃないかと勝手に思って(笑)書かせていただきました。
読むの楽しみです。ありがとうございます。

投稿: | 2010年3月17日 (水) 18:39

おはようございます。
TBさせていただきました。
>一番恐るべきは、井上さんが49歳だということだ。
まさしくその通りですね。
こういうのを読むと、男はどうしても女に勝てないなと思えてしまいます。(別に勝ちたいわけではないのですが。)


投稿: 時折 | 2010年3月18日 (木) 07:46

> さん

はじめまして、いしゃっしゃいませ。
以前からいらして下さっているそうで、どうもありがとうございます!

>なんだかとても心地よい文章と素敵な感想で、この本をぜひ読んでみたくなりました。

そう言っていただけるととても嬉しいです。
今まで書いてきた甲斐があるなぁ、としみじみ思います。
お薦めしたものが、そのように楽しんでいただけるかどうか、
いつも不安に思うのですが、善いも悪いも一考ということで、
ぜひ読んでみていただければと思います。
ご自分に合った本を一冊でも多く読める手助けができればと。

万が一、「なんだよ、つまらなかった」とお思いの際は、
わたしが毒を吐いている本をぜひ読んでみてくださいませ。
……いえ、冗談です。笑

きっと気に入っていただけるものと、
井上さんの力に期待したいと思います。

またの気まぐれをお待ちしております。
いつもありがとうございます。

投稿: るい | 2010年3月19日 (金) 14:30

>時折さん

こんにちわ~TBありがとうございます!
さいきん時折さんちでTB弾かれるのですが、涙
夜にもう一度チャレンジしてみます。

そうなのです、年齢の壁は大きいですよね。
自分が経験していない感情を書くんですから、
はーすごい、と感嘆するしかありませんでした。
ものすごい妄想力、……もとい想像力です。
同時に時折さんに不評だった角田さんの妊娠本「~ジミー・ペイジ」も、
はーすごい、と感嘆したのを思い出しました。
妊娠したことないのに、妊娠した人よりリアルだったな、と。
そういうのって、やっぱり才能だよなぁ、とか思いますね。

先日読み返して、やはり北村薫は凄いと思いましたよ。
男性も凄いのです。
だって、どう読んでも、女性が書いているように思えますからね。
そういうのも、ある意味これと似た才能では、と思ったりします。

時折さんは井上さんの「ズームーデイズ」系の方がお好きなようですね。
今度はそっち系で、評判がよいの読んでみようと思います。
直木賞受賞作も気になります。

投稿: るい | 2010年3月19日 (金) 14:50

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» 井上荒野『静子の日常』 [時折書房]
75歳、静子の冒険。 内容(「BOOK」データベースより) 何かが過剰で、何かが足りないこの世の中今日も出くわす“ばかげた”事象を宇陀川静子・七十五歳は見過ごさない―チャーミングで痛快!直木賞作家の最新長篇小説。 この小説における最重要人物・静子は75歳で、その....... [続きを読む]

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