« 3/10つばき、セカイイチ@下北沢GAREGE『正夢になった夜 vol.3』 | トップページ | 「静子の日常」 井上荒野 »

2010年3月11日 (木)

「長崎オランダ村」 村上龍

長崎オランダ村  /村上 龍 [本] 長崎オランダ村 /村上 龍 [本]
販売元:セブンアンドワイ ヤフー店
セブンアンドワイ ヤフー店で詳細を確認する

大変今さらだけど村上龍にはまりそうである。理由はなんと言っても
面白いから。この「人間の滑稽さ」は他では味わえないものである。
作られていると知りながらも、もっと早くに読んでおけばよかった
と思ってしまう自分が悔しい。きっと自分と似たところがあるから。

昔の付き合いということで、私はナカムラという後輩の依頼で、
講演会にやってきていた。ナカムラは、私が昔書いた小説
『69』の中で、校長室に、しかも校長の机の上に、ウンコをした男
である。ナカムラはまさに善人だ。だが、小説のモデルとして使った
ために義理があるわけではない。学校を卒業したあと、私の下宿先に、
ナカムラのおかあさんが訪ねてきたことがあった。家出したナカムラを
探してくれと頼まれ、私は言葉巧みに捜索資金を手に入れた。
そうして、その大切な二万円を握り締め、バーに向かった私は仲間を
集めてドンチャン騒ぎをした。そんなわけで、ナカムラの依頼は断れ
ないのである。私とナカムラは、故郷の街で、新しく建設された、
オランダ村の話しと、最近引きこもり気味だという息子の話を始める。

大切な事を話しているはずなのに、なぜか滑稽で笑わずにはいられない。
ほとんどエッセイと言っていいほどの、ノンフィクションストーリー
であり、ごく当たり前のことが語られている本である。なのに、
どうしてだろう、原因は「長崎弁」のせいなのか、それとも物事を
徹底的に斜めから書いているからなのか。本の中では、タイトルにある
ように、オランダ村(実際は長崎ハウステンボス)についてのことが、
2人の男の間で話されている本である。オランダ村で世界各地の
ダンサーや大道芸人を呼寄せ「フェスティバル」を催した。
言葉が通じず、それぞれの生活習慣や人間性が違う、そんな「人間」
たちが田舎町・長崎で生きるてゆく、という、ものすごくダサい様子、
しかしそれが「人間」なのだ、という様子が描かれている。
今まで住んでいた国ではなく、突然中途半端な街(長崎)に住む
ことになったときに起きる、人間としての混乱。そして異物(違う環境)
を感じることで、自分が変わらなくてはいけない、という意識。
終わりは、始まりとは何かが明確に変化しているということ。
そして、一番大事な「どう変わらなかったのか」ということ。
思わず笑い出したくなるほどの混乱と衝突、そして変化が生まれ、
人は変わって(そう見える)ゆくが、注目すべきは変わった部分より、
変わらない部分でもなく、どう変わらなかったか、なのだと。
自分として生きるために何を残したのか、と。わずかな思考の差だけど、
わたしは読んでいて導かれるのを感じた気がした。(宗教的、でなく)
大切なこと、というのは日常にあるのであり、過ぎてゆく
見落としている過程にきっとたくさんのそれがあるはずなのだ。
それを滑稽に、しかし的確に、そして斜めから、描くセンスは脱帽で
ある。シリアスな話の合間に続けられる、「食べる」描写も、とても
ミスマッチで笑える。だけど、生きているのだ、とも思う。食べれば
食べるだけ故郷の味が体に染み込み、変わっていない自分を、
見つけることができるのかもしれない。村上龍は面白い本がいいな。

★★★★★*92

|

« 3/10つばき、セカイイチ@下北沢GAREGE『正夢になった夜 vol.3』 | トップページ | 「静子の日常」 井上荒野 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/126354/33810796

この記事へのトラックバック一覧です: 「長崎オランダ村」 村上龍:

« 3/10つばき、セカイイチ@下北沢GAREGE『正夢になった夜 vol.3』 | トップページ | 「静子の日常」 井上荒野 »