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2010年3月

2010年3月28日 (日)

3/28wash?@下北沢251『ENKEN10』

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3/28wash?@下北沢251『ENKEN10』

wash?のツアーファイナルを観てきました。
なんだかライブの感想というより、
フラッドと奥村さんについて、になってしまいましたが、
それだけわたしの中では大きなことでした。
もちろんみなさんもそうかと思いますけれども。

wash?のツアー中は、フラッドのツアーでもあったので、
奥村さんはまさに飛んだスケジュールだったようでした。
連ちゃんライブも少なくなかったようで、
東京の次の日が北陸で、その次の日が関西みたいな、
強行日程が多々。体調がかなり心配でした。
しかし、ライブはいつ観ても楽しい。
きっと忙しさの中で、何かを感じているだろうに、
笑顔が絶えないライブに頭があがりません。

奥村さんについて、一つ思い出すことがあります。
たしか岡山PEPPER LANDのときだったと思うのですが、
ライブが終わったあとに外に出たら、
フラッドと奥村さんが物販の傍に出ていたのです。
話をしていたら、奥村さんは改まったように、でもさり気なく
「こいつらのこと、よろしく頼むな」と、わたしたちに言ったのでした。
こういうとき、そんなこと言える人ってあんまりいませんよね。
心ない悪口が飛び交っているから、言うこと一言一言に怯えていて。
でも、本当に大切なのは、フラッドに必要だったのは、
今までのファンが離れず、傍にいることでした。
わたしはその言葉で、こころの中の何かが変わったように思います。
ずっと離れないと決意した、とか、そういうわけではなくて、
誰かがいなくなったから、ということではないのだと。
バンドとしてはそうかもしれないけど、
人として、そういうことじゃないんだと、そんなことを思いました。
今思い返すと、奥村さんの温かさは、
そういうところにあるんだろうと、感じる思い出でもあるな、と。

もうフラッドで観ることはできないのかと思うと、
やはり大事なメンバーを欠いたような、寂しい気分が残ります。
奥村さんのいるフラッドは、いつも楽しいライブでした。
そもそもメンバーがみんな楽しそうでね。
従兄弟のお兄さんみたいに、慕っていたし。
だけど、時は経ちひとはひととすれ違ってゆくから。
悲しむのではなくて、この別れを最良のものにする、
これからが大事なのだと思います。当たり前のことですけどね。
奥村さんが、ブログにそれについて書いていますが、
いいこと、書いていますよ。わたしには書けません。
ぜひ読んでみてください。
http://ameblo.jp/daiokumura/

さて、ライブハというと。
wash?を観ていると、そこには変わらない奥村さんがいるのでした。
あったかい居場所がそこにはあって、
彼らにしかできない最良の音楽に満ちていました。
ファンが増えた?ようで、前回のワンマンよりも、
かなり盛り上がっていましたね。
南波さんが前回以上に乱れていた気が…フロアに下り、
肩車されながらドリンクカウンターの方へ消えました(笑)
けだるく流れているようで、でもふいに耳に止まるその音楽は、
奥村さんが呟くさり気なく言葉のようで、
叫び声のようで、荒れ狂う狂喜のようで、
聴いていると、体当たりされているような気持ちになる。
体当たりで友だちと向き合うような、親しみ。
いろいろな曲があるけれど、ライブはそんな親しみにあふれている。
わたしはそう思う。

また観に行こう。
例えば、フラッドがどんどん忙しくなって、
誰かのライブを観に行く暇がなくなっても、
変わりに観て来てやるよ、くらいのこころづもりで。
そうして自慢をしたいくらいのバンドだ。

もちろんフラッドとは関係ない気持ちでも、いつまでも、観ていたい。

ありがとうございます。

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2010年3月25日 (木)

3/25Bob Dylan@Zepp東京

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3/25Bob Dylan@Zepp東京

ディラン!

あの場にいれたことが、この上なく幸せだった。
一人の人間が、あんなにも大勢の人間を惹きつける、
自分も惹きつけられながら、その吸引力について考えていた。

いつまでも忘れない、ありがとうございます。

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2010年3月22日 (月)

「MISSING」 本多孝好

MISSING (双葉文庫) MISSING (双葉文庫)

著者:本多 孝好
販売元:双葉社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

そうそう、この頃が好きだったんだけど、な本でした。2002年か……
もう8年前になるんですね。最後に収められた『彼の棲む場所』という
物語からも、今の本多さんのテーマ「正義」を感じました。何が正しく、
何が間違っているのか、正解はなく、しかしそのぶん物語も虚無になる。

『蝉の証』
僕はときおり『緑樹荘』という介護施設へ向かう。その名前とは裏腹に
新鋭さを感じられないその場所には、祖母が一人、暮らしていた。
家族がいるというのに介護施設にいる祖母に、僕は毎回一緒に暮らそう、
と声をかける。しかし、当の僕にも祖母にも、ここを出て一緒に住む
気などさらさらなく、いわばそれは来客に出す茶程度の、挨拶なのだった。
祖母は先日自殺をした老婆の話をした。孫に騙されていると知った
その老婆は、金を渡した後、自ら命を絶ったという。また、
同じ部屋にいる相川という老人に、最近若い男が見舞いに来るという
話しを始めた。自殺した老婆のようになられては困ると、
祖母は相川さんについて調べて欲しいと僕にいうのだが……。

人が作る作品を、一生好きでい続けることは無理だ、という話を
友人としていた。例えば、人が10年間作品を出し続ければ、
人が10年ぶんの変化を得るように、その作品たちにも、
10年ぶんの変遷がある。1年目に好きになり、2年目3年目も
好きだった、けれども4年目は好きかどうか分からない。その時は共鳴
していた2人分の思考が、時を経るごとにすれ違ってしまう。
これは仕方のないことだ。だけど、一つだけ言えることがある。
それは10年経った今も、1年目の作品を好きでいること
ができる、ということである。時が経っても変わらないこと。生きる
ために何を残したか、ということ。まぁそれ以前に、再び2人の思考が、
新たな接点で共鳴することは十分にあり得ることだけれど。
と、余談が半分を占めてしまったが、わたしはこの頃の本多さんの
作品が好きだった。もちろん今もこの作品が好きである。そして、今の
「本多さん」は好きだが、今の「本多さんの作品」は好きではない。
また再び共鳴したらいいなぁ、と思い読み終えた。この本は、
「何かをなくした人」たちの物語である。特に良かったのは、
「蝉の証」だった。自分の死というものの代わりに、誰かの心に、
死後も生き残っていたい、という浅ましい心。自殺をすると、
周りの人間は衝撃を受ける。自分のせいで、と悩む。そして、心に残る。
決して美しくないその「残る」という事実を、しかし、まったく誰にも
記憶されずに消えてゆくより、幸福だと思ってしまうのだと。
誰かに、時折思い出してほしい、そう思うことさえも罪なのか。
本田さんは、誰もが持つ、心の奥のくすんだ感情を、
するりと差し出してくれる。いつもみんなはそっと隠しているから、
それを受け取った時に、ハッと息を飲んでしまう。あぁそうか、
そう思っていたのは、わたしだけではなかったのか、と思う。

★★★★☆*87

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2010年3月21日 (日)

3/21つばき@宇都宮HEAVEN'S ROCK『Rock to the Future』

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3/21つばき@宇都宮HEAVEN'S ROCK『Rock to the Future』

■セットリスト

 昨日の風
 ブラウンシュガーヘア
 最適な気分、雨に打たれて
 花が揺れる
 太陽(新曲)
 春の嵐
 光~hikari~

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2010年3月19日 (金)

「キノの旅 Ⅶ」 時雨沢恵一

キノの旅〈7〉the Beautiful World (電撃文庫) キノの旅〈7〉the Beautiful World (電撃文庫)

著者:時雨沢 恵一
販売元:メディアワークス
Amazon.co.jpで詳細を確認する


この本は一体いつまで続くのか……最近電撃の新刊情報は、さっぱり
追いかけていないのでまったく分からないのだが、確か今12巻とか13巻
だった気がする。そしてこれは7巻。このままの状態で、倍の長さ続く
のか、と考えると正直辛い気がするのだが……巻き返しを期待したい。

「嘘つき達の国」
キノとエルメスが着いたその国には、キノが使える城門は一つしか
なかった。門をくぐり抜けた先には、太い木が雑然と伸びる森が
広がっていた。キノがエルメスのエンジンをかけようとした時だった。
森の中から、男が一人走ってきた。
「やあ旅人さん、どこかで僕の恋人に会わなかったかい?」
男はしきりに恋人のことを尋ねた。キノが恋人を見ていないことを
伝えると、しかし男は諦め切れない様子で、彼女は旅に出たが、
必ず戻ってくる約束をした、と話し始めた。街中に進み、キノが森の中で
あった男の話をすると、恋人を失った憐れな男の話を教えてくれた。
恋人を殺され気が狂ってしまった男は、彼女が帰ってくるのを、
ずっと待ち続けているというのだが……。

ひとつ前の巻を読んだ時にも思ったのだが、これはゴーストライター
が書いたのではないか、という疑念がある。いや、たぶんご本人なの
だとは思うのだが、そう思ってしまうくらい、最初の方の巻との
筆の運びが違うのだった。1巻では、凝縮された味が詰まっていて、
すぐに2巻目を読みたくなるくらいの中毒性を感じた。パターン化した
物語の進みの中で(森の中に一本の道があった。そこを一台のモトラド
(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が走っていた。という
冒頭がとても好きだった)しかし、ハッとさせられる瞬間がある。
それは短いながらも、各章の中にそれぞれ収められており、他にない
魅力を感じたのだった。でも、この巻にはそれがない。言葉は悪いが、
誰でも書けそうである。そもそも7巻も続いているので、マンネリが
生まれているのもあり、また、ネタ切れのためか、テーマが日本寄り
になっているのも残念に思うことの一つである。そもそも、キノの昔の
名前は「×××」という設定になっていることから、日本、という
枠内で展開されるものとして考えられたのかもしれないけれど。
やはり何度も例えを挙げるが、「コロシアム」なんかを読んだのを
思い出すと、現在とは違う魅力が確かに存在していたように思うのだった。
たぶん読んでいるみんなが期待しているキノと師匠の過去と、
キノの行く末(きっとまだ旅は続く……とか言って終わりそうだが)、
に期待したいところ。結構間隔を空けて読んだつもりだったけれど、
もう少し空けてもいいかもな、と思ってしまった。残念。
しかし、ちょっとした時間、例えば数分電車に揺られる間とか、
を埋めるには最適な本である。

★★★☆☆*85

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2010年3月17日 (水)

【試写会】ソラニン

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例のことく会社のお姉さんに試写状を貰ったので、観てきました。
前にライブでサンボマスターを観たときに、会場にポスターが貼って
あって気になっていました。ただでラッキー、ありがとうございます。
ちなみに原作は読んでおりません。読んでいたら変わっただろうか?

大学の軽音サークルで知り合った芽衣子と種田は、社会人になり、
同棲生活を送っていた。音楽で食べてゆくという夢を諦め切れない
種田は、フリーターを続ける傍ら学生時代の友人たちとバンドを
組み、しかしいまいち現実を踏み切れずにいた。音楽が好きだから
こそ、挑戦し敗北したときに、その職業では暮らしてゆけないと、
突きつけられることが怖い。そんなとき、芽衣子は平坦な
OL生活に嫌気が差し、会社を辞めてしまった。職のない芽衣子と、
夢を実現できない重圧に悩んだ種田は家を飛び出してしまう。
数日の音信不通の後、戻ってくることを約束した種田だったが、
帰り道で事故に合ってしまい、残された芽衣子は……。

一言目の感想は、もっと感動するはずの物語なのに。であった。
原作は読んでいない。けれども、きっと原作の方がいいはずだ、
というのがひしひしと感じた映画だった。語弊のある言い方をすると、
漫画、というのは、大衆的ではない。なぜか? それは読む人、
というのが大抵決まっているからだ。例えば連載されている雑誌。
この原作は「週刊ヤングサンデー」、いわずもがな青年男性向けである。
なので、第一ヒットするとき、それを読んでいる層・青年男性の間で
起こる。そして、だんだん広まってゆく。あの漫画が面白いらしい、と。
しかしまず考えてほしいのは、この物語は「バンドを志す」物語である
こと。現在の日本でロックバンドを一般的に志すのは男の人であること。
「だんだん広まってゆく」間、広まるのは、「バンドが好きな男女」が
比較的多いこと。である。ということは、どういうことか、というと、
「バンドをやってみたい」と思う心が分かる人、なのである。
(わたしの極論なので、怒らないで下さい……)
だが、映画はどうだろうか? 映画に「層」はない。なぜか。その
物語が、何か(雑誌とか)を媒介することなく、宣伝されるからである。
一般大衆向け。老若男女に、「面白いです、ぜひ観て下さい」と
宣伝するのだ。で、どうなるか、というと、ほとんどの人は、
「バンドをやってみたいと思わない」だったり、「バンドをやって
みようという思考がない」人だったりするわけである。この物語の
始まりは、というと、種田という男がロックを志すところから始まる。
「俺、ミュージシャンになりたい!」ここで、観ている人は置いてき
ぼりである。例えば六十代女性が、素直に共感できるか? というと、
それはありえない。「わたしもなりたい!」と、なぜミュージ
シャンになりたいのか、ストーリーがないので、まったく思えない。
「へぇ今の若い子はこうなのね」と、ただ思うだけだろう。
だから、その後に続く、宮崎あおいの志しも、いまいち分からない。
死んでしまった彼の志しを、受け継ぐの!、という気持ちは分かっても
そもそも、種田のなぜバンドをやるのか、という志しがわからないので、
煮え切らない感情になるのである。わたしは、バンドを志していない。
けれども、もう数年ライブハウスとバンドという環境に囲まれて、
ようやく分かったことがある。ミュージシャンも、元はただの人間、
ということである。サラリーマンをしている人と、その昔は同級生で、
同じ馬鹿な子どもであったように、ミュージシャンであっても、
何も変わらないただの人なのだと。ただ人前に立つ、たった少しの
勇気を持つことで、誰しもミュージシャンになれるのだと。
「どうせわたしなんか」と全ての人間が思い、けれど、歯を
食いしばれば、その壁は越えられるのだと。その大きく見えがちな壁が
実は低いのだと、そこに重きを置いて重点的に描けば、この物語は、
同じものでも段違いに感情移入の出来る、感動的なものになったと思う。
あおいちゃん歌普通に上手い。ライブシーンは、拍手をあげたい。
だから、「わたし、今日ステージで歌ったよ」
という最後の呟きが、生きていないことが、残念でしかたないのだった。
音楽は大変豪華。アジカンから始まり、サンボの近藤さんといい、
え、あの人も?!、な豪華さ。音楽好きは↑上記を気にせず、
楽しめるのではなかいか、と思います。惜しい。

★★★☆☆*83

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2010年3月16日 (火)

【アンソロジー】「JOY!」

JOY! JOY!

著者:角田 光代,井上 荒野,江國 香織
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


表紙のテレキャスターに惹かれて借りました。……いえ、冗談ですが、
こんなアンソロジーが出ているとは知りませんでした。見てください、
この豪華なメンバー。しかし読んでみて、どうよ?と聞かれたら、
唸ってしまう微妙さ。なんなのだろう……この感じ。複雑ですよ。

「プリンセス・プリンセス」 嶽本野ばら
高校は義務教育ではないのだから、もし高校に行きたいなら自分で
お金を稼ぐことだな。と、パパは言った。ほんの冗談だと思っていた
のに、実際に私が高校を行き始めても、その方針を変えるつもりは
ないようだった。こんなことってある?、と嘆きたかったが、
ママもパパの意見に賛成だったので、私はしかたなくアルバイト先を
必死で探した。高校生のしかも進学校に通う私を雇ってくれるところは
ほとんどなく、結局汚い喫茶店の深夜に働くことになった。授業は
たちまち疎かになり、言うまでもなく友だちはできなかった。
店に来る客の誘いから、ピンクサロンで働くようになった私は、
一人の男と出合った。ピンクサロンなのにウーロン茶だけを飲み
帰って行った男は、JOYという名前のロックシンガーだった。

ちなみに、嶽本野ばらは男性である。と、どうでもいい情報を一つ。
このアンソロジーは「ガーゼ・スキン・ノイローゼ」というバンドの
ボーカルJOYという男に関わった女たちの物語である。嶽本さんが創作
したと思われる、この「ガーゼ・スキン・ノイローゼ」というバンドの
概要から始まり、次の作家、その次の作家、とこのお題を引き継ぎ物語が
展開されてゆく。ある意味、アンソロジーなのに連作、という、珍しい
形になっており、これは面白いかもしれない、と思った。ライブ会場の
ファンが主人公だったり、JOYの事務所の女が主人公だったり、
JOYの妻になった女が主人公だったり、JOYの引退後の同僚が主人公
だったりした。同じ人物なのに、違う作家が書くと、こんな人物になる、
というような部分があり、また違った面白みがあった。それは、
「この人物にとっての、この人」といった、反面とも一致している
ようで、こういうのいいかもしれないな、と感じた。しかし、である。
いかんせん最初の設定がいけなかったと思う。そう、嶽本さんが描いた
JOYは、パンク系バンドのボーカルという男であった。ロックバンドなら
広がりがまだあるであろうところだが、パンク、というだけで、
だいぶ視野が狭まっている。JOYは髪が金髪で皮のジャケットを着て、
細身のパンツを履いているような男、として出来上がってしまったのだ。
これで他の4人は何を書けばいいというのか? 極めつけの流れで、
角田さんが暴走気味のファンを描き、唯野さんも同じ方向で来た。
そんでもって井上さんは明後日の方から来た……。おいおい、
何がしたいんだ? の領域に入っていた。最後、江國さんがいい感じに
まとめてくれたからいいものの、あまり相談なく好き勝手に描かれた、
というのが見え見えの本になってしまっていた。それに、主人公が女、
という設定のせいで、結局JOYと寝た女たち、みたいに括られてしまう
ストーリーになったのが、ちょっと残念だった。男も主人公にしたら、
絶対面白かったのに。バンドのメンバーとか。それこそ男女交互の視点
で語られればよかったのになぁ、と欲ばかりが出た本だった。
と、文句を言いつつ、一番好きなのは、嶽本さんだった。ということは、
最初に角田さんで、それから嶽本さん、そして唯野さんで井上さんで、
江國さんだったら、きっと申し分なかったと思う。不満たらたら。
角田さんとか最高に楽しそうに書いてたのに。言いたいことが語り
切れているのか、と言われると微妙なところだけど。(バンドを
追いかけたことがある人にしか分からない、じゃダメだ、と)
というわけで、微妙。だけど、画期的な面白い形式の本ではあると思う。

★★★☆☆*82

■収録
-----------------------------------------------
「プリンセス・プリンセス」嶽本野ばら
「楽園」角田光代
「17歳」唯野未歩子
「All about you」井上荒野
「テンペスト」江國香織

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2010年3月14日 (日)

【アンソロジー】「川に死体のある風景」

川に死体のある風景 (創元推理文庫) (創元推理文庫 M ん 5-1) 川に死体のある風景 (創元推理文庫) (創元推理文庫 M ん 5-1)

著者:大倉 崇裕,有栖川 有栖,歌野 晶午,佳多山 大地,黒田 研二,綾辻 行人
販売元:東京創元社
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お薦めいただいたので読んでみました。とてもインパクトのある
タイトルの本であります。そう言えば、綾辻さんを綾辻さんと
意識して読んだのは初めてでした。なるほどなるほど、好みだと
思います。ちょこちょこ他の本も読んでみようと思います。

「悪霊憑き」 綾辻行人
私の住む街の東地区を流れる一級河川、黒鷺川の支流の一つに、
深陰川と呼ばれる川がある。地元の者でもなければ名も知らないような、
ささやかな川である。その川である日ある事件が起こったのだが、
あろうことか、その第一発見者が私であった。それは、
川沿いの道を十分ほど登った場所であった。気持ちよく晴れた空の下、
私はある女性の死体を見つけた。成り行き上、女性の身元を
確認することになった私は、その顔を見て言葉を失った。
私はその女性の事を知っていた。その上、彼女の顔にほどこされた、
「メイク」に驚愕を覚えていた。そもそも彼女との出会いとは……。

今までアンソロジーを避けてきた節があるのだけれど、読んだことの
ない作家の新規開拓にもいいしなぁ、というわけで、最近は
アンソロジー強化中だったりする。アンソロジーはご存知の通り
いろんな作家が寄せ集められて出来ているので、自分の選り好み、
でかなり評価の変わってくる本だと思う。しかし、この本は、
なかなかだった。もちろん、この作家はちょっと肌が合わない、と
思った作家も実のところいたのだが、それにしても作品のレベルが
それぞれ高かった。それとミステリ、という分野は他よりも「競い」
と言うものがあり、茶目っ気の多い作家が多いので(わたしの感覚で)
「他の作家が思いつかないものにしよう」という強い意図を感じた。
どれもが濃い味。自分色全開で、だけど全力で同じテーマを貫く。
自分が一番この本で輝いてやる!という意気込みを感じたのだった。
テーマは勿論、タイトル通り「川に死体のあるミステリ」である。
わたしが一番面白かったのは、綾辻さんの「悪霊憑き」だった。
たぶん何かのシリーズものなのだろう、と思われる主人公が突然
語り始める川で死んだ女の話。実は怨霊に取りつかれていたのだ、
と話は頓珍漢な方へと進み、作られた世界につれてゆかれる。
しかし最後の方で(実に間抜けな感じで)真実が語られ、信じていた
世界がころり、と変わる様子が面白かった。何より、この綾辻さんの
物語は、今回の本について、まったくもってお誂え向き、ではなかった。
このアンソロジーのために書いたんです、という雰囲気は微塵もなく、
何かのシリーズの一つなんですよ、というさり気なさ。川、川、川、
とごり押しするのではなく、面白みは違う場所にある、という創り方が、
明暗を分けたように思う。他によかったのは、「捜索者」大倉崇裕や、
「玉川上死」歌野晶午だった。両者とも上記のような、さり気なさ、
を生かしていた。大倉さんは本当、山に死体がある、って感じでは
あったけれども、長編で読んでみたいなぁ、とも思える作だった。
上質ミステリアンソロジー。ちょっと味見をしてみたい時にお薦め。

★★★★☆*86

■収録
-----------------------------------------------
「玉川上死」歌野晶午
「水底の連鎖」黒田研二
「捜索者」大倉崇裕
「この世でいちばん珍しい水死人」佳多山大地
「悪霊憑き」綾辻行人
「桜川のオフィーリア」有栖川有栖

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2010年3月13日 (土)

「静子の日常」 井上荒野

静子の日常 静子の日常

著者:井上 荒野
販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


お、この本いい。井上さんはこういう感じが好きだな。前に読んだ、
エッセイ的な、自分というものがのめり込んでいる本はあまり好き
ではなかった。のめり込ませるのが上手いか、それとも、ストーリー
テラーなのか、それはちょっと分かれるところだよなぁ、とか何とか。

静子は七十五歳。夫を亡くしてからは、息子夫婦と一緒に生活している。
しかし一緒に住んでいるからと言って、彼らの生活には一切口を
挟まないと決めていた。最近の趣味はフィットネスクラブに通うことで、
そこで行われているスイミングスクールを習っているのである。
ある日、プールから上がり、更衣室へ向かおうとした静子は、
一枚の貼り紙を見つけた。「髪をよく拭いてから通ってください」
これで何枚目かしら、と静子は思う。このフィットネスクラブには、
いろいろな注意書きが貼られているのだ。数日後、今度はロビーの
喫茶室の前にも貼り紙があった。「会員の悪口、噂話はご遠慮ください」
静子は「ばか?」と首を傾げ、辞書で「馬鹿」という言葉を調べる。

一番恐るべきは、井上さんが49歳だということだ。この本の主人公は
75歳。普通自分よりも年上の人物を描こうとすると、それは「自分」
ではなく、「自分から見た誰か」になってしまいがちなのだが、
この本の中では、本当の75歳の姿を見た気がした。本の中では、
この静子本人だけではなく、息子、嫁、孫、の視点からも、静子の
ことを描いている。4つの視点から描かれる静子は、とても自然で、
どこかにいそうな、感じの良いおばあさんだった。イメージは統一
されており、ぶれることはない。けれども静子の視点だけには、
本人だけが知る、小さな秘密がこっそり散りばめられているのだった。
家族が団欒であるための、もしくは、何かが変わらないための。
一番好きだったのは、夫が死んだことにより、夫の妻をやめる、
という考え方であった。浮気を知りながらも、古風に尽くし続ける
静子。それは時代として当たり前だったようにも思え、何かを
押し殺すということを、平生として暮らさなければならなかった。
その辛さを十三は知らない。それを知らせるという行動を取るのも、
何かが違い、だから、静子は酒を飲むことで、妻でいることを
やめるのであった。そのカラリとした、さっぱりした様子が、
75という年齢を物語っているような、しかし、若い男の子といるのは
楽しいという柔らかさを備えているような、女性の描き方がとても
よかった。これは作られているのだろう、と思う。けれども、
読み終わったそこに静子がいるような気がして、嬉しい気持ちになった。
日常は平坦で、しかし形を変えながら過ぎてゆく。変わらなかったもの
はなんだったのか。穏やかな街を眺めるように、生きていた空気の色を
眺めてみたい気持ちになった本だった。井上さん他も読んでみたい。

★★★★☆*88

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2010年3月11日 (木)

「長崎オランダ村」 村上龍

長崎オランダ村  /村上 龍 [本] 長崎オランダ村 /村上 龍 [本]
販売元:セブンアンドワイ ヤフー店
セブンアンドワイ ヤフー店で詳細を確認する

大変今さらだけど村上龍にはまりそうである。理由はなんと言っても
面白いから。この「人間の滑稽さ」は他では味わえないものである。
作られていると知りながらも、もっと早くに読んでおけばよかった
と思ってしまう自分が悔しい。きっと自分と似たところがあるから。

昔の付き合いということで、私はナカムラという後輩の依頼で、
講演会にやってきていた。ナカムラは、私が昔書いた小説
『69』の中で、校長室に、しかも校長の机の上に、ウンコをした男
である。ナカムラはまさに善人だ。だが、小説のモデルとして使った
ために義理があるわけではない。学校を卒業したあと、私の下宿先に、
ナカムラのおかあさんが訪ねてきたことがあった。家出したナカムラを
探してくれと頼まれ、私は言葉巧みに捜索資金を手に入れた。
そうして、その大切な二万円を握り締め、バーに向かった私は仲間を
集めてドンチャン騒ぎをした。そんなわけで、ナカムラの依頼は断れ
ないのである。私とナカムラは、故郷の街で、新しく建設された、
オランダ村の話しと、最近引きこもり気味だという息子の話を始める。

大切な事を話しているはずなのに、なぜか滑稽で笑わずにはいられない。
ほとんどエッセイと言っていいほどの、ノンフィクションストーリー
であり、ごく当たり前のことが語られている本である。なのに、
どうしてだろう、原因は「長崎弁」のせいなのか、それとも物事を
徹底的に斜めから書いているからなのか。本の中では、タイトルにある
ように、オランダ村(実際は長崎ハウステンボス)についてのことが、
2人の男の間で話されている本である。オランダ村で世界各地の
ダンサーや大道芸人を呼寄せ「フェスティバル」を催した。
言葉が通じず、それぞれの生活習慣や人間性が違う、そんな「人間」
たちが田舎町・長崎で生きるてゆく、という、ものすごくダサい様子、
しかしそれが「人間」なのだ、という様子が描かれている。
今まで住んでいた国ではなく、突然中途半端な街(長崎)に住む
ことになったときに起きる、人間としての混乱。そして異物(違う環境)
を感じることで、自分が変わらなくてはいけない、という意識。
終わりは、始まりとは何かが明確に変化しているということ。
そして、一番大事な「どう変わらなかったのか」ということ。
思わず笑い出したくなるほどの混乱と衝突、そして変化が生まれ、
人は変わって(そう見える)ゆくが、注目すべきは変わった部分より、
変わらない部分でもなく、どう変わらなかったか、なのだと。
自分として生きるために何を残したのか、と。わずかな思考の差だけど、
わたしは読んでいて導かれるのを感じた気がした。(宗教的、でなく)
大切なこと、というのは日常にあるのであり、過ぎてゆく
見落としている過程にきっとたくさんのそれがあるはずなのだ。
それを滑稽に、しかし的確に、そして斜めから、描くセンスは脱帽で
ある。シリアスな話の合間に続けられる、「食べる」描写も、とても
ミスマッチで笑える。だけど、生きているのだ、とも思う。食べれば
食べるだけ故郷の味が体に染み込み、変わっていない自分を、
見つけることができるのかもしれない。村上龍は面白い本がいいな。

★★★★★*92

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2010年3月10日 (水)

3/10つばき、セカイイチ@下北沢GAREGE『正夢になった夜 vol.3』

201003101829000
3/10つばき、セカイイチ@下北沢GAREGE『正夢になった夜 vol.3』

■セットリスト(つばき)

 瞬き
 最適な気分、雨に打たれて
 ブラウンシュガーヘア
 夢のあとさき
 サヨナラ
 土曜の午後
 花が揺れる
 太陽(新曲)
 春の嵐
 妄想列車
 覚めた生活
 光~hikari~

END

 バタフライ

●セカイイチ
セカイイチと東京でツーマンをやるのは初めてだそうです。
そうそう、というか、つばきとセカイイチが一緒にやるのは、
いつも西の方ばかりなんですよ。数年前の松健アニキとか。
だからセカイイチはなぜか大分とか山口とかの僻地
(すみません……)でよく観るのです。

今日はつばき客は大人しかったですが、
さすが彗ちゃん、温かくて楽しいステージとフロアでした。

わたしの中のセカイイチの印象は、
山口で「Oil Shock」インパクトが大きかったので、
新曲はまた路線が変わったようで、安心しました。
セカイイチはやっぱりポップさがいい。
他にないこのラテン?ポップさが一番の魅力だと思います。
今はいつしかのつばきのように、いろいろ正念場みたいですが、
変わりない彼らの音楽を聴きたいものです。
楽しみにしています。

新曲がよかったなぁ。タイトルもうついてるのかしら。
相変わらず「あかり」「あたりまえの空」もよかった。

●つばき
わたし的に、小川さん、格好いい!につきるステージでした。
背中はもう大丈夫なんでしょうか。お大事に。
演奏中はすっかり忘れてしまうくらいノリノリで弾いていて、
一色さんと岡本さんに目を向けるのを忘れてしまうほどでした(笑)

セットリストはだいぶ変えているようで。
「夢のあとさき」は久しぶりでした。
いつ聴いたっけなぁ……リクエストライブだろうか?
(さっき調べたら去年の名古屋で聴いていました……)
新曲は弾き語りでやったことがある曲だそうです。
わたしは観ていないので初めて聴きました。
サビが「夜を越えてゆけ~」とかそういう感じのです。

やっぱり東京のつばきは、安心した顔をしているなぁ。
一色さんが妙なテンションでしたが。
今日もソールドだったし、ツーマンとはいえ
こんなにファンがいたら、そりゃあ安心もするだろうな。
でも一味違った、キリリとした、のもちょっと観たい。
東京でね。

vol.4も期待ですね。いろいろな意味で。安寧しない強さを。
あとvol.1から続いている、めずらしい曲、も楽しみ。
次は何でしょうね。ここ数年めっきり聴かない曲たち↓
「速度」「迷走」「飽和状態」「新しい世界」「ループ」「30分」
「踵」「水色の羽根」「悲しい鳥」「その訳は」「今、呼ぶ声」など。
極めつけは「君と春風」。
どれをやってくれますやら。
みんなで楽しみにしていましょう。にやにや。

あぁ、そう言えば最近「年下」もやらないな……聴きたい。
聴きたい曲がたくさんあるのはいいことですね。

あと、そうそう、いつもつばきのMCをあまりよく思い出せない理由が
わりました。ボソボソしてるからです(笑)↓(MC覚え書き参照)

※どこか最初のMC

一色さん「今日は皆さん、正夢になった夜、ボリューム、スゥリィー
にお越しくださいましてありがとうございます。
これももう3回目ということなんですけども、早いもんですね。
10周年の僕たちが大好きなバンドということで今回はセカイイチです。
1回2回とやってきて、前回のニコルズでもそうでしたが、
大ちゃんに引き続き、セカイイチの彗ちゃんと言い、
『僕にないものばかり』を持っているんでね(笑)、
……まったく『僕にないものばかり』ですよ。
(ポップで明るい、と言う意味で『僕にないものばかり』)
本当に勉強になっています。
……あぁ俺も「come on!」とか「one two three!」
(彗ちゃんがライブ中に絶妙なタイミングと発音であおっていた)
とか格好よく言えたらいいのになって思うよね」

お客さん「(笑)」

一色さん「CMもちゃんとしてるしさ(と言って小川さんをじっと見る)」

小川さん「(笑)」

一色さん「いや、だってさ、ちゃんとしてるっていうか、ほら
こうきちっとまとまってるって言うかさ、そういう感じするじゃない。
俺の場合は、こうやって一人でボソボソよくわかんないこと
喋ってるからいけないんだよね。ボソボソ、ボソボソさ。
……というわけで、小川君、何か一言ありましたらどうぞ」

小川さん「……」

一色さん「いやいやいや、一言と言わず、二言三言どうぞ」

お客さん「(笑)」

小川さん「髪、切りました!(手を挙げて宣誓)」

小川さん「飽きてきたんだよね、ずっと長かったからさ」

一色さん「そういやそうだね。
でも、いいんじゃない、あれだよ、小川君、似合ってるよその髪形」

一色さん「それと、これ(セカイイチがくれた一升瓶を掲げる)
ちゃんと(熨斗に)セカイイチって書いてあるし。
どうもありがとうございます。
見えてます? 見えてます?
僕たちも楽屋のモニタで見てたからね。
本当ありがとう、一緒に飲んで盛り上がりましょう」

※アンコールの前のMC

一色さん「アンコールありがとう」

小川さん「ありがとう」

一色さん「アンコールありがとうございます。
今日のアンコールはどうしようか……今日のアンコールは、
ノープランでいってみようと思うんだけどどうでしょうか」

小川さん「(「え?」という顔をしている)」

一色さん「みなさん、何かこれが聴きたいっって曲はありますかね」

お客さんが数人ボソボソとタイトルを言っている。

一色さん「え? え? 聞こえないよ。
そんなボソボソ小さい声で言われてもさあ」

お客さん「冬の話!」

一色さん「おー声が今ぽーんと抜けて来たね、『冬の話』だって。
じゃあそれでいっか(と言って岡本さんの方を向き始めようとする)」

お客さん「えーーーー」
(「それでいっか」と投げやりな部分にみんな反応)

一色さん「えーーーーって何よ。じゃあどうすんの。
みんなほら、ちゃんと決めてくれなきゃ」

お客さん「速度!」

一色さん「『速度』はダメだよまた今度ね」

お客さん「(失笑)」

一色さん「じゃあここはもう、小川君に任せるよ」

小川さん「……(何やら足元のセットリストを見て、
一色さんに必死にアイコンタクトを送っているが、一色さんは無視)」
(後で確認したところ、セットリストには
アンコール『昨日の風』と書かれていました(笑))

一色さん「あ、小川君『バタフライ』でしょ。
小川君好きだから『バタフライ』にしようよ」

お客さん「(絶句)」
(もはや一色さんの一存である)

一色さん「で、いいでしょ?小川君。
小川君はですね、昔出したアルバムの『PORTRAIT+』って中に入ってる
『バタフライ』っていう曲が大好きなんですよ。ね、小川君」

小川さん「……」

一色さん「あ、あと、そうだ物販ですが、
チケットをね、もってきてます。4月の夜の部は売れちゃったんですが、
まだその後にやるオールナイトのチケットがありますので、
残り僅かになってるんでね、よかったら見ていってください。
あと5月のチケットもあります。5月は僕の大好きな長澤くんです。
これもまた『僕にないものばかり』もっている人です(笑)
……いやーすみませんね、今日初めてつばきを観てくれた人も、
もちろんいると思うんですけど、こんなんで。
じゃ!、最後に『バタフライ』をやって帰ります!(笑)」

つばき内の一色亭主関白ぶりに、もはや笑うしかない!
な、つばきでした(笑)

今日は久しぶり(と言っても一ヶ月ぶりだけども)だったので、
なんだかまた新鮮な気分でライブを観ることが出来た。
わたしは音があふれる瞬間が大好きなのだけど、
今日はたくさんいい空気を吸い込めた気がする。
音があふれる瞬間ていうのは、前の音が薄らいで、
その直後に、同時にすべての楽器の音が場に満ちる瞬間のこと。
ステージ(例えば小川さん)を観ていれば分かるけど、
ベースのネックを持ち上げ振り下ろす瞬間。それが大好きなのだ。
そうして、満ちた後の音を聴きながら、大きく息を吸ってしまう。
まるで、音を吸い込むみたいだ、といつも思う。

今日もつばきの音がわたしの体を流れている。

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2010年3月 8日 (月)

「覆面作家は二人いる」 北村薫

覆面作家は二人いる (角川文庫) 覆面作家は二人いる (角川文庫)

著者:北村 薫
販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


北村さんを久しぶりに読みました、本自体も再読です。これ読んだの
いつだろうなぁ……。まだ北村さんが覆面作家で男性なのか女性なのか、
わからなかった時だと思うんですけど。読んでいたら、懐かしくなり
ました。それでもって、解説が宮部さんで、おおおと驚きました。笑

「覆面作家のクリスマス」
新妻千秋。ペンネームだとしたら、時代がかった、今時流行らない
ものだろう。先日投稿された小説の作者の名前である。小説の題も
『クリスマス』とあまりにそっけないものであったが、編集長の命令で
その自宅に執筆交渉に伺うことになった。ミステリを書くくらいだから、
貧相な男に違いない。こちらの予想を裏切り、辿り着いた先は、
超がつくほどの大豪邸であった。そこにはなんと執事までいるのだ。
奥の間に通され、いよいよ対面したのは天国的美貌を持つ十九歳の
令嬢だった。天然な彼女の、しかし頭の回転の速い話しを聞いていると
ふと、ある話をしてみたくなった。とある学園で起きた、クリスマスの
悲劇。未解決の殺人事件を語って聞かせると、彼女は顔色一つ変えず、
謎を解いてしまった。そしてすぐに現場に向かわなくては、と言う。
二人、豪邸の門を豪邸の門をくぐり街にくりだすのだが……。

ライトタッチで読みやすい、軽快なミステリ。見事なのは、人物の個性。
キャラクターが粒だっていて、感嘆の一言。名前を忘れることも
なければ、他の人物と間違えることもない。これだけの少ない描写で
ここまで濃厚な個性を描けるのは本当に凄いの一言である。
それと、最後の解説で宮部さんが書いているように「本格原理主義」
といえる物語の質が存在しており、筆がライトでありながら、
他にない上質な作品に仕上がっている。まさに「本格原理主義」とは、
上手いこと表現されている、と思う。このブレのない芯の部分には、
並々ならぬ信頼感があるだろう。トリック重視。誰でも可能であり
ながら、絶妙なひねり加減の工夫(トリック)が利いている。その上、
最大の重要ポイント「不自然でない」。トリックを重視するあまり、
絶対やらないだろうという不自然な行動をしないし、むしろ偶発すら
装う絶妙なしかけが施されている。ふわりとした描写に、隠された、
芯あるトリックに、読んでいるこちらは、驚くばかりである。
一つ(わたし個人的なものかもしれないが)欠点は、説明描写が
少なく、また作者自身の中で完結してしまっている描写、というものが
あり、一度読んだだけではよく分からない文がある点。もう少し説明が
あったら、その面白さ(ギャグ?)をもっと堪能できるだろうに、と
思う。何となく、漫才を見ていて、理解するのに時間がかかり、
ワンテンポ遅れて笑い始める、と言ったような、変な「間」を感じる
のだった。まぁそれも「味」と言えるのかもしれないのだが。
それとそう、この本には人称がない。僕も、俺も、ないので、
こちらでもまた不思議な感覚を得られる。また北村さん読もうっと。

★★★★☆*87

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2010年3月 6日 (土)

「ウインクで乾杯」 東野圭吾

ウインクで乾杯 (ノン・ポシェット) ウインクで乾杯 (ノン・ポシェット)

著者:東野 圭吾
販売元:祥伝社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


何とも昭和の香り漂うタイトルですが、タイトルもさることながら、
内容も昭和の香りがぷんぷんしてました。こういうスタイルって、
どこで生まれるものなんでしょうね。雰囲気は、火曜サスペンスより
土曜ワイド劇場「美人コンパニオンの推理日誌」とかそういう雰囲気。

有名宝石店「華屋」のパーティにコンパニオンとして参加した香子は、
一人の男に目をつけていた。男の名は高見俊介――「華屋」の常連客で
あり、高見不動産の有力な跡取として噂されている男である。
宝石が大好きな香子は、是が非にでも高見と恋人となり、あわよくば
高級な宝石や財産を手に入れようと、玉の輿を狙っていたのだった。
パーティが終わり、偶然ホテルのラウンジで高見を見かけた香子は、
チャンスを逃すまいとして、接近していく。話が弾み、場所を変えて
食事をすることになった。店を移動し、高見を待っていたが、その間に
衝撃的な事件が起こった。同じコンパニオンとして働いていた絵里が
ホテルの客室で死んでいたのだった。現場は密室。しかし、絵里には、
自殺の動機がない。真相を暴こうと絵里は刑事の芝田に協力するが……。

土曜ワイド劇場「美人コンパニオンの推理日誌」、まさに言い当て妙。
くるくるの巻き毛に、真っ赤なルージュ、ボディコンのような衣装で、
笑顔を振りまく女。まさにバブルの女の描写だが、主人公香子は、
まさにそのような女である。これが流行っていた、というよりも、
それこそが普通、というような、動かしがたい何かが息づいている本、
である。それは宮部みゆきの古い本を読んでいる時にも、とてもよく
思うことなのだが、ある意味、価値があるもではないかと思う。
数十年経って、数百年経って読まれたときに、伝わる何か、である。
バブルというものをまったく知らない人間が読んだとしたら、決して
「古臭い」ではなく、違う感覚を得るのだろう、と思えるからである。
しかし、それ以外の、ミステリは、そのような時代の流れの何か、
で変わるものではないわけで。まぁ最先端の科学的なトリックなら
別だが、この本には一切そのようなトリックは使われていない。上に、
小学生でも思いつく呆気ないトリックであるために、そのバブル時代を
克明に描いている美点を全て打ち消して、「しょうもない感じ」、
いわゆるどこにでもありそうな、量産可能な物語(まさに土曜ワイド)、
に成り下がった、という感じであった。残念極まりない。
セロテープって……。本格推理小説!と押しているのが泣けてくる。
それに、もう一つの失点は、警察の捜査が一般人にだだ漏れであること。
しかも、その漏れ方が、男女の友情。これはちょっと……。
まぁまぁ文句は書いたけれど、まさに、土曜日にテレビで見られる
殺人事件という感じである。このスタイルは果たしてどこで生まれるのか。
そう言えば「華屋」はこんなときから、考えられていたのか、と驚き。
佐竹という男も、だいぶ登場するし、思い入れがあるんだろうな、と。

★★★☆☆*75

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2010年3月 5日 (金)

3/5a flood of circle@恵比寿LIQUID LOOM『PARADOX PARADE』

201003051808000
3/5a flood of circle@恵比寿LIQUID LOOM『PARADOX PARADE』

■セットリスト
(まったくもって自信がありませんが、たぶんこんな感じです)

 Forest Walker
 博士の異常な愛情
 Ghost
 Paradox
 Thunderbolt
 シーガル
 春の嵐
 水の泡
 SWIMING SONG
 噂の火
 Buffalo Dance
 泥水のメロディー
 プシケ
 ロシナンテ
 世界は君のもの
 月に吠える

END

 Flashlight & Flashback
 象のブルース

END2

 ブラックバード

とうとう、ファイナルが。
ただこの日が来たことが、ただそれだけで感慨深くて、
演奏とかライブの出来具合とか、どうでもいいと思ってしまうような、
この大きなステージで、たくさんの「あなた」に囲まれながら、
音を奏でるフラッドを観ることができるということで、
すべてを果たしてしまったような、始まる前から
(古臭い言い方をするなら)胸がいっぱい、な感じだった。

演奏の「音」だけを聴いたら、正直、大阪のがよかった気がするな。
でも、リキッドルームって広いんだよ。
そこに集まったたくさんフラッドファンの、
たくさんのキラキラした表情を見ていると、わぁって思った。
まずここにこんなにいっぱいの「あなた」がいることに心が震えて、
そうして、一つの人、グループ、メンバー、バンド、音楽、
を好いているのだと思うと、言葉にできないもどかしい何かが過ぎった。

ここでしか得られないそれぞれの感情と、
その感情の中で生まれる、ここでしか得られないフラッドの演奏が、
ぐるぐると渦巻いて、広いステージとフロアいっぱいに、
もう二度とない瞬間が、たくさんちりばめられていた。熱い空間だった。
何より、一番は、ステージの4人が、これ以上なく輝いていたね。

そういえば、前半の曲でダイバーがいたな。
売れるってそういうことなのかな、とちょっと複雑な気持ちにもなった。
わたしは今までダイバーがごろごろしているようなライブに、
よくも悪くも行っていないので(まぁ行ってもBIGMAMAくらいで)
「ははあ、フラッドが……」、と腑抜けたように眺めてしまった。

今、言えるのは、変わらない彼らを感じたいということかな。
何も変わらないというのは、ありなえい。
だから、そうではない、変わらない彼ららしさを
忘れないでいて欲しい、と。

佐々木さんは長袖白シャツ、他の3人は長袖黒シャツを着てました。
どの曲かは忘れましたが、暑さに耐えかねた渡辺さんは、
前のボタンを全部外してシャツがはだけまくった
セクシーな感じで弾いていました。
まぁ、いつも「普段着」は裸ですけれどもね。笑
どっちがセクシーやら。

※どこかのMC

石井さん「じゃーん、どう今日のこの衣装!」

お客さん「オシャレ!」
お客さん「格好いい!」

石井さん「でしょー? 格好いいよね、これ。
借り物なんですけどね。この手首とかオシャレな感じで」

佐々木さん「この服はルードギャラリーって言う、
いつも大変お世話になっているお店で借りて
着させてもらってるんですよ。どうもありがとうございます」

石井さん「でもこれ着てたら、大さんに
「なんかステーキ屋の店員みたい」って言われたんだよね」

お客さん「(笑)」

佐々木さん「っていうか、石井のステーキ屋のくだりいらないよね。
せっかくいい紹介してたのに。これは後で怒られるパターンだよ。
フロアの後ろの方にいるスタッフたちにね」

渡辺さん「楽屋でね」

石井さん「楽屋とか、リアルだし! いやいや、違うって。
このシャツのことじゃなくて、シャツはカッコいいのに、
着てる人がダメだって言う最悪なパターンですよ」

佐々木さん「なるほどね」

お客さん「(拍手)」

佐々木さん「着てる自分がダメだって言って拍手貰うのもなんだかね」

お客さん「(笑)」

石井さん「暑い」

お客さん「脱いでー」

石井さん「俺悪い子だから、この辺に刺青あるからダメ」

お客さん「見たい!」

石井さん「いやだ」

お客さん「見せて!」
お客さん「脱げ!」

石井さん「ハレンチ!」

佐々木さん「ナベちゃんは脱いでるのに?」

渡辺さん「そうだよ、俺脱いでるのにハレンチかよ」

石井さん「だってナベちゃんのは、それが普段着じゃん」

お客さん「(笑)」

佐々木さん「普段着(笑)普段着っていうか、もはや着てもいないし」

な、フラッドでございました。
いやはや、楽しかったです。
何を思ったのか、石井さんは「キレキャラ」を目指し始めたようで、
終始、ハリセンボンのはるな、みたいな、
はんにゃの金田、みたいな、
木更津キャッツアイのぶっさん、みたいなノリをしていました。
どうしたんでしょうか一体。笑

「俺、何も考えないでしゃべってるな……」と、
つぶやいた瞬間がありましたが、まさに、覚えてなさそうですね。
お腹痛い?ことも忘れるくらい緊張しているようでした。
本人は気づいてないでしょうが、一人称が「僕」になったり
「俺」になったり、ですます調になったりしていました。
Tシャツ紹介の石井MCの始まった瞬間、
発表会を見守る母親のような気分になったのは、
言うまでもありません。お疲れさま。楽しかったです。笑

角度的にステージが高いので大さんがよく見えた。
いやぁ大さん格好いい。だいぶ視線を奪われました。

個人的にこのセットリストの流れで好きな曲は、
「SWIMING SONG」→「噂の火」の流れと、
「Flashlight & Flashback」かな。
共通点は、それまでの流れをぶち壊す、っていうところ。
心に沁みる「SWIMING SONG」から、破壊音が響き「噂の火」。
会いたいという嘆きから、正反対の怒りの感情へ。
「Flashlight & Flashback」は最初のマーチ部分で、
その場の空気をがらりと明るくしてくれる気がするから、とても好き。

さて、これからが、楽しみだね。
心からそう思えるツアーだった。
あ、「プリズム」首を長くして待ってますよ。笑

どうもありがとう。
これからもよろしくお願いします。

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2010年3月 4日 (木)

「ズームーデイズ」 井上荒野

ズームーデイズ (小学館文庫) ズームーデイズ (小学館文庫)

著者:井上 荒野
販売元:小学館
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アンソロジーで気になった井上さんを読んでみました。ははあ、ほほう、
そう来ましたか……と口もとに手を置いてしまいそうな本でした。
まぁ率直にいいますと、あまり好きではない感じで、しかしわたしが、
もしも物語を書けと言われたら、こうなってしまうだろう、と思う本。

私はズームーとの生活を良く思い出す。ズームーは八歳年下の男だった。
小説らしきものを書くのを仕事にしている私は、ズームーとテレビ局で
出合った。彼は私が司会としてでる番組のアシスタントディレクター
だったのだ。アルバイト大学生であるズームーの私生活に、
もしかしたら小説のネタになるのではないか、と興味を持った私は、
ズームーに日記を書いてもらえないか、とお願いした。照れながらも
嬉しそうに実行してくれたズームーだったが、残念ながらその私生活は
まったく面白くなかった。学校に行き授業を受け、帰宅し、アルバイト
へ向かう。平凡で単調な毎日が繰り返されているだけだった。自分以外
の人間の平坦な日々に安心を得、また日記をきっかけに親しくなった
ズームーと私は、同棲することにした。しかし、私は同時に、カシキ
という男と不倫関係を続けて行くのだが……。

ズームーという若い男と過ごした日々を思い出し語られる、全編
過去回想型の話である。「面白く」はない。まったくその要素はなく、
過ぎてしまった過去(結果としてあまりよくないのではないか、と
思われる過去)について回想をめぐらし、なぜああなってしまったのか
とか、あれがあったから今の状況がある、と言ったような説明が、
だらだらと、語られているのであった。主人公は、年下の若い男を
捕まえつつも、妻子ある男と不倫をしている。どちらも捨てがたく、
またどちらも拾いがたい、と言った優柔不断で曖昧な生活を
おくっている。生気をまったく欠いた生活の中で、得たものは何だった
のだろうか? のらりくらりと日々が過ぎ、34歳は44歳になるのだろう。
けれども、何も間違っていなかったし、その曖昧模糊な状態さえも、
しかたのない、あるいは、その時の自分にはそうとしかできなかった
と言うような思いが伝わってくるのであった。人は後悔をする生き物
だと思う。わたしもおそらく生きてきた半分以上を後悔している。
けれども、この本では、後悔という感情が見当たらないのであった。
ああすればよかったのかもしれない、と描かれつつも、その状況では、
これが最善の選択だったはずだ、と望み続けているような、
もしくは「この道を」と選んだ自分を否定しない頼りない強さ
というような。極めつけは、カシキとの選択であった。
「A、このまま会わない」か「B、ときどき会う」である。
Aにしておけばよかったものを、と周りは思うだろうが、Bを選んだとき
の、カシキに会いたいと言うときの「気持ち」を、時を経ても、
忘れない強さを感じる。この本の一番の魅力ではないか、と
わたしは密かに思う。しかしストーリーにまったくもって、
メリハリがないため、中だるみする。なーなーな救いのない生活に、
イライラする読者もいるだろう。そう考えると、同じ感情であっても、
見せ方を変えたらいいのになぁ、と思った。だから、面白いか、
と言われたら、面白くないのである。しかし、「詰まらない」では
ない何かを、ぼんやりと感じることができる本だった。
井上さん、もう少し評判よさそうなの読んでみます。

★★★☆☆*76

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2010年3月 3日 (水)

「整形美女」 姫野カオルコ

整形美女 (新潮文庫) 整形美女 (新潮文庫)

著者:姫野 カオルコ
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


姫野さん気づけば結構読んでいるような。これはいよいよ、
『ツ、イ、ラ、ク』読まなくては、かもしれませんね。この性の哲学?
は他では味わえません。ついつい、手にとってしまうのは、作戦に
嵌っているような気がする。しかし他にない、は素晴らしいことだと。

繭村甲斐子は自分の全身に対し思い悩み、整形手術をすることにした。
すべてを『計画』と称しこれから「美人」になるためのプロセスを実行
してゆくのだ。まずはこの大きなバストをどうにかしなければならない。
次は目元、頬、口もと、鼻、それから尻もである。そう説明する甲斐子
のことを、大曾根ドクトルは不審な眼差しで見た。「なぜ?」
大曾根は甲斐子の言葉を理解しようとしなかった。甲斐子が整形をする
必要性を大曾根は見つけることができないのだった。そう、甲斐子は、
大きなぱっちりとした二重瞼に、美しい弧を描く口もと、豊満な胸に、
くびれたウエストをもつ、理想的な「美人」であったからだった。
大曾根の反対を押し切り『計画』を実行しようとする甲斐子であったが……。

「美人はモテるのか?」という命題を元に推し進められる性哲学。
以前読んだ『受難』と方向性が似ている。今回は、ずばり、
「美人はモテるのか?」である。そもそも「美人」というのは、
どういう人物のことをいうのだろうか。モナ・リザや、古代ローマの
彫刻、もしくは世界のトップモデルのような整った美しい顔立ちで、
豊満なボディを持っている女は、「美人」でモテるのだろうか。
答えはノーである。確かに「美人」であるが、本当の美人ではないのだ、
と姫野さんは言う。まず定義として本当に「美人」と言えるのは、
男が好感を持ちセックスをしたいと思えるような女である。
顔を見ただけで、服の下のおっぱいを感じ、やはりセックスをしたいと
思うことができる女なのである。いわゆるそれが「モテる」女という
わけだが、トップモデルのような目鼻立ちがはっきりした女は、
一見美しいように見え、しかし男がそのような感情を抱くことはない。
同じ言葉を発したとしても、顔立ちがはっきりしている分、
印象がキツくなり、好感を得ない。それならば、目立たない地味な女
であった方が、男は安心し好感を得ると言うのであった。
トップモデルのような整った顔から連想されるおっぱいは無機質だが、
地味な女のおっぱいは容易に想像することができるからだろう。
柔らかなふわりとした洋服を着、小さな瞳で上目遣いで男を見ながら、
えぇ、まぁ、そう、えぇ、まぁ、そう、と曖昧な返事ばかりをする、
女の中で「薄汚い女」とされる女ばかりが、男からはモテるのである。
読んでいて、はーなるほど、ふーんそうかだからわたしは……と、
いよいよ自分のことのように読んでしまったが、とても面白い、
美的感覚を覆す効果のある本だった。なるほど、一般の男性は、
美しい女よりも、顔の皮が厚い女の方が好きなんですね……と、
ふむふむ納得し、わたしもちょっとお馬鹿そうに振舞おうかしら、
とか思ってみたりした。きゃぴきゃぴしている女、ついていけないなー
とか思うんだけど、そんなこと言っているから、モテないんだろうな。
と如実に感じつつ、女を「演じる」のも大変だ、と他人事のように思った。
あと、美容整形の賛否についても、(否定が多めだが)書かれており、
とても小説とは思えない充実度である。美女は読んだ方がいいと。笑

★★★★☆*87

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