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2010年2月 1日 (月)

「指先からソーダ」 山崎ナオコーラ

指先からソーダ 指先からソーダ

著者:山崎 ナオコーラ
販売元:朝日新聞社
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久しぶりに最近の人のエッセイで満足して読み終えました。吉田さんも
角田さんも小説は大好きですが、エッセイはそうでもありません。
なぜか? いつも同じことを喋っているように見えるからです。
なんと言うか、視野の範囲がそれほど広くないと気づいてしまうから。

「給食」
学校の給食は辛かった。みんなで班になって、机をくっ付ける。
二十分ほどで食べ切ることになっていた。でも、私はいつまでも
いつまでも食べ続けていた。ノドを通らないのだ。残そうとすると
先生から怒られた。掃除の時間になっても食べ続けた。
大人になった今では、どうしてあんなに食べることに苦痛を感じて
いたのか、さっぱり思い出せない。嫌だったのだとしてももたもた
食べて恥ずかしい思いをするぐらいなら我慢してさっさと口に
入れた方が楽だったろうに、と思う。

読み終わった一番の感想は、「気圧された」であった。山崎さんは
とても自分に自信を持っている方だった。わたしには出来ない。
そんなことをしげしげと考えた。だって「私が有名になったら」
などという冗談を、もしもわたしだったら言えない。
「この本は面白い」と自分の本をお薦め出来ない。と、しり込みした。
しかし、自信をもっているからこそ、輝くものがある。このエッセイ
だってそうだ。文章がとてもわくわくうきうきしている様子が
伝わってくる。あとがきにも、浮かれていた、とあるのだが、
そのような楽しそうな空気が伝わってきて、こちらまで楽しくなる
のだった。そうして、何より書かれているテーマのバリエーションが
とても豊富である。様々なことに目を向けられるのだな、というのが
わかり、感嘆しながら読んだ。ところどころ若い人特有の略字や、
ら抜け言葉などがあったが、それをも楽しんでいると言う風で、
しかも、自信に満ちた文章。これは負け知らずね、と言う感じである。
書かれている文章の奥の意見的な部分は、正直わたしとは合わなかった。
だが、こう考えている、と明確に書いているため、こういう考えもある、
と素直に受け入れることができた。明確に、と書いたが、山崎さんは
「説明」をするわけではない。ふわふわと、ただ描くだけだ。
けれど、その奥の方に詰まった、言いたいこと、というものが、
ふわふわを縫うように現れて、心地の良い感想を持つ。しかし反対に、
書評しているものを読みたいと思えなかった。文学と言う講義を履修
したとき、書評というのは、その本を決して貶さず、いいところを
見出しか書き連ねるものと習った。それに書き連ねるだけではいけない。
キャッチーさを重視し、読みたいと思わせるように、とのことだった。
人には得手不得手がある。と言いつつ山崎さんの本を他にも読んでみたい。

★★★★☆*87

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