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2010年1月18日 (月)

「蛇を踏む」 川上弘美

蛇を踏む 蛇を踏む

著者:川上 弘美
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なんとなく、不完全融合って感じ。川上さんの不思議系小説(人間
ではない何かが出てきたりする)を、一冊でも読んだ人なら、例え
その存在の意味が分からなくても、俗に言う「空気感」を自然に
味わっているだろう。しかしこれはまだ不完全融合。まだ違和感。

「蛇を踏む」
ミドリ公園に行く途中の藪で、蛇を踏んでしまった。
蛇は柔らかく、踏んでも踏み切れない感じだった。
「踏まれたらおしまいですね」と、そのうちに蛇が言い、それから
どろりと解けて形を失った。「踏まれたのでは仕方ありません」
蛇は今度は人間の声で言い、私の住む部屋のある方向へさっさと
歩いていってしまった。人間のかたちになった蛇は五十歳くらいの
女性に見えた。勤めている数珠屋―カナカナ堂で働き、家に着くと、
部屋には蛇がいた。女のすがたをしており、「おかえり」などと言う。
作られていた食事を勧められ、深く考えぬまま箸を取った。
「何なんですか」と聞くと「私はヒワちゃんのお母さんよ」などと言う。

この「蛇を踏む」は芥川賞受賞作である。へーなるほど、である。
確かにこういう現実離れした世界を主として書く人はあまりいなかった
のかもしれない。でも他の川上さんの本を読んでから読むと、まだ拙い
ような印象を受けるのだった(僭越ながら)。しかし芥川賞自体が、
「次の時代を担うような新しい作品」的なものに与えられるのだった
と思うので、それを考えればまさに狙い通りとも思う。
上に不完全融合と書いたけれども、今の川上さんの本では、
人間と人間ではないものが完全に融合していると、わたしは思う。
その人でないものは、暗に意味を持っているようで持っていないような、
絶妙な線を描いていて、けっしてそれについて語られることはない。
けれども、文章の隙間から伝わる何かで、いつの間にか
読んでいる人間はそれを「理解」しているのだった。俗に呼ばれている
川上さんの「空気感」というものだが、とても心地のいいものだ。
この作品はと言うと、人間ではない何かについて濃い意味を持っている。
意味を持たせてしまう、ことによって、結果その「意味」以外ではない
というような不可抗力が働いて、奥行きのない物語になっているような
気がしたのであった。ほら、曖昧の方が、いろいろな可能性や、
受け取り方が出来るように、多く語らず読み取らせることだけを
主として描いた方がいいタイプの作風というような。しかし、裏を
返せば、語られ示されている分、川上さんの「書きたかったこと」を
知ることが出来る本でもある。蛇とはなんなのか。悲しみなのか、
卑屈さなのか、孤独なのか、負のイメージの、しかし収まってしまうと
温かい場所。蛇の世界に来なさいよ。蛇は言う。あぁ行きたいと私も思う。
他にも短編と大題のついたSSが入っているが、それはちょっといまいち。

★★★☆☆*83

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