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2010年1月 9日 (土)

「だれかのことを強く思ってみたかった」 角田光代,佐内正史

だれかのことを強く思ってみたかった     集英社文庫 だれかのことを強く思ってみたかった 集英社文庫

著者:角田 光代
販売元:集英社
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最近、感想を書く時間がない。睡眠時間を削りたいのだが、昔から結構
寝ないと1日起きていられない損な体で困っている。この間、某人に、
「虚弱」って言われた!虚弱って……おじいさんか、わたしは!!
と涙が溢れんばかり。で、この本、とてもよかったのです、お薦め。

「父と歩いた日」
あまりにシュールなために忘れようがない記憶のひとこまとして、
父と銀座を歩いた日がある。私は小学校に入学したばかりで、
お祝いに何か買うのだと言って、父は私を連れ出した。何か買ってもらう
うれしさよりも、父と出歩くことの居心地の悪さがさきに立った。
父と二人きりで外出するのははじめてだった。しかし銀座について、
デパートでもおもちゃ屋でもなく、父が向かったのは喫茶店だった。
父とは不釣合いな洒落た店で、父はコーヒーを飲み、私はパフェを食べた。
その後父はビアホールに入り、ビールを飲み始めた。父はなぜかあきらかに
落ち込んでいた。私は父の気を引こうと、子どもらしいしぐさを始める。
しかし、気づいてしまう。父という男は、無口で、無愛想で、融通が
きかなくて、どちらかといえばひどくかっこわるい人なのだ、と。

私の大好きな写真家、佐内正史氏とのコラボレーション本。以前読んだ、
吉田修一の本と同じような構成だった。今回の方が、白黒のページも多い分、
佐内さんの写真が多いようにも思う。それにしても、佐内さんの写真は、
いつ見ても、いいなと思う。絶対的な安心感を伴った風景。撮らせたら、
他を観ない。前も佐内さんの写真展「対照」でも書いたけれども、
どこにでもある風景を切り取る天才である。ふと人が街に視線をめぐらした
とする。そうして、うちに帰る。それから、街のことを思い出したとき、
こころに残っている素朴な風景。それを、とても上手く捉える写真家である。
何時しか観た事のある風景であるし、別段変わった撮り方をしている
わけではない。けれども、さり気なく瞳を滑らせた、その風景は、
ありふれているからこそ、捉えにくく、そして、フィルムに収まった
温かさをより感じるのだと思った。付随している角田さんのSSはというと、
あとがきに1年間佐内さんと一緒に旅した、とあるように、とても写真に
合った物語になっていると思う。もちろん、写真のために書いた、という
わけではなくて、写真と共存している世界観というか、そんな感じ。
同じ空気を吸った人間が作ったのだろうな、と思える親密な何かを、
感じ取る事が出来た。中でもわたしが好きだったのはこの「父と歩いた日」
である。ある日、幼い「私」は、父親に連れ出され、銀座の街を歩く。
進級祝いを買ってもらうという買い物だったはずが、父は何を思ったのか、
「私」を、喫茶店やビヤホールに連れて行き、「父親」の姿を誇張する。
しかし、それは何だか違うのである。小学生の「私」は、むしろ子煩悩な
父親の姿を求めているというのに、父は、大人の自分を示そうとする。
その大人気ない行動というか、空気を読めていない行動がなんともダサくて、
そして、そのダサさを「私」はありありと知る事になるのだ。
自分の父親は、ダサいのだと。盲目的に尊敬していた「父親」だったけれど、
本当はそうではないのだと、世間の喧騒の中で、「私」が気づいていしまう
様子が、短い中にとても上手く描かれていた。なんかそう、親をダメだな、
と思うときの気持ち。とても共感が出来た。人はみな完璧ではない。
けれど、信じていたものが違ったとき、その絶対的な価値観を失う瞬間は、
とてもいとおしく、切ないものなのだと。他多数のSS。どれもよい。

★★★★☆*88

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コメント

おはようございます。
TBさせていただきました。
拝読しながら、この作品をしみじみと振り返っていました。
「父と歩いた日」ですか。
これにも、角田さんの微妙な父親観というか父親への間合いが感じられましたね。
ああ、どーんとした角田さんの新刊読みたいです。

投稿: 時折 | 2010年1月13日 (水) 08:12

>時折さん

いろいろ最近角田さんダメダメ言ってきましたが(笑)
この本はとてもよかったです。離婚系がだめなのかしらん。

父と娘のところしか触れませんでしたが、
「だれかのことを強く思ってみたい」という気持ち、
とてもよくわかって、目を背けたくなりました。
何となく、強く思ってみたいと思いながら、そうできる自信がない、
というような、そんな気持ちをくみ取ったからでした。
もちろん、そのあと「何か」が変わって強く思えるのでしょうが、
その「何か」が、わたしにはまだ分からないのでした。
まぁ、自分に自信がない、とも言えるかもしれません。

というようなことも、考えた本でした。
写真もとても調和していて、好きです。

なんと時折さん、角田さん52冊もお読みなんですね(笑)
いやもう愛ですね。もう残りは数冊?早く新刊出るといいですね。
わたしも角田大作読みたいです!

投稿: るい | 2010年1月14日 (木) 01:41

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だれかのことを強く思ってみたかった 集英社文庫 「だれかのことを強く思ってみたい」という健全な病理と、それを生み出す健全な磁場と。 内容(「BOOK」データベースより) レインボー・ブリッジを背にした制服の男女。頼まれて、シャッターを押しながら、思う。「この....... [続きを読む]

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