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2009年12月13日 (日)

「受難」 姫野カオルコ

受難 (文春文庫) 受難 (文春文庫)

著者:姫野 カオルコ
販売元:文藝春秋
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人の立ち入らない境地に踏み込む勇気があれば、何でも出来る気がする。
むしろ超えてしまったがために、たがが外れるのか、
そもそもなぜこんなに重要なことに誰も手を触れないのか、と、
疑問にさえ思えてくる。これを読み、頷く女はたくさんいるに違いない。

修道院で育ったフランチェス子は、貞操を守り慎ましく生きている。
豪華なものを持ったこともなければ、福引で当たったプラダのバッグを
被災地へと寄付したくらいだ。そんなフランチェス子の腕に、ある日
突然人面瘡ができてしまった。一見痣のようだが、人の顔をしている。
その上なんとフランチェス子に話しかけてくるのである。
キキキキ、と下品で卑猥な笑いを繰り返す人面瘡は、
翌日フランチェス子の秘部へと移動していたのだった。
「俺がいても、お前のここは使われることはない。このダメ女め」
人面瘡はフランチェス子は貞操を守っているのではなく、
守れてしまうような男にとって魅力のない女なのだと貶し続けた。
自分が女として無能なことを認め始めたフランチェス子は、
人面瘡を「古賀さん」と名づけともに生活してゆくことにしたのだが……。

なんか、もう言うことはない、と言う感じである。
女友だちに、ただ「いいから読め」と言って渡してみたい。
卑猥という、そういうものを通り越して、ああ愛とはそういうものね、
という悟りを感じさせる内容であった。まぁほぼギャグなんだけど。
女として微塵も魅力がないフランチェス子は、古賀さんに取り付かれ、
自分のダメ女加減を知る。触るだけで男を萎えさせるだけではなく、
道具を破壊してしまうほどの特異体質なのであった。
本当は豊満な体を持ち、顔も悪くないはずなのに、
彼女の何が魅力を打ち消しているのか? 裏を返せば、「もてない女」
はなぜいるのか、という疑問のつきつめた本でもあった。
男は、女を見れば興奮するはずなのに、なぜかそう思えない女がいる。
あるいは顔や態度を隠してさえいれば、大丈夫なのになぜなのか。
女の「女たる態度」を放棄した女は、もはや女ではなく価値がない。
女であるためには、男が好くとされている女の行動パターンを模し、
すべてのパーセンテージの真ん中を行けば完璧である。
男は寄ってくるだろうし、女でいることが出来る。しかし実際は、
多種多様のもてる女ともてない女がいるわけで、結局のところ、
誰かを好きになる、という感情の変化により、「女」というものが、
生まれるのではないか、と纏まっているように思える。
最後、フランチェス子は古賀さんと上手くいくわけで。
通り越えてしまえば、誰も立ち入らない境地で佇むことは、
案外気持ちがいいことなのではないか、と感じる。
何たって、楽しい本なので、卑屈さなど必要ないのだと。
まぁ、エロス注意、ということで。電車では読まないほうがよいかと。
それにしてもキリスト教と筋肉少女帯のミスマッチ具合が最高です。

★★★★☆*86

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