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2009年10月30日 (金)

「世界の終わり、あるいは始まり」 歌野晶午

世界の終わり、あるいは始まり (文芸シリーズ) 世界の終わり、あるいは始まり (文芸シリーズ)

著者:歌野 晶午
販売元:角川書店
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なんかもう、ここまでするならさぁ……という感じで読了。
この間の「葉桜の季節に~」よりは断然こちらの方が好きだった。
しかし、わたしは歌野さんが書く「女」が嫌いである。確かに
バカそうな女は世の中にごまんといるが、みんなが馬鹿なわけではない。

近所の家で、誘拐事件が起きた。息子と友だちであり、
小学一年生である真吾君が誘拐され、殺されてしまったのだった。
手口は巧妙で、身代金を要求し、親を誘導、しかし警察が介入すると、
一切姿を現さないというものだった。その上殺害は要求の前に
行われており、悪質かつ残忍な犯行であった。そのため
近隣には警察やマスコミがあふれかえり、住民は肩身狭く暮らしている。
しかし、実際のところ、我が家に実害はなかった。確かに
家のすぐ近くで起こった事件だが、連続した事件は他の市で
起きているし、もうこの近くで起こるはずはない。楽観視し始めた頃、
わたしは、息子の部屋であるものを見つけてしまった。
子ども部屋に似つかわしくない名刺――それは真吾君の父親のものだった。

ネタバレします。とても面白かった。しかし、で、結局どうするのよ
というじれったい感じで終わっているため、「自分の息子が、
殺人事件に関与していたらどうするのか」ではなく「息子が殺人事件に
関与している場合の行動可能性」と言うような感じで、結局結論が出ない。
ここまで妄想をぐるぐるやって引っ張ってきたんだから、
むしろ、名刺が落ちていた、というあたりから妄想ということにして、
「もしも自分の息子が、殺人事件に関与していたらどうするのか」
すら非現実に押しやってしまったらまだ面白かったと思うのに。
この状態だと、息子が殺人犯だったがために引き起こされる、
可愛い「俺」の可愛そうな末路を、一人妄想している変な男、
と捕らえられかねない。まぁ、往々に目的はそれっぽいのだが、
読んでいる側の求めているものとしては、その結末というか、
本当に直面した時の対応が欲しいところだろう。
第一妄想の途中までは、あぁ本当に起こりそう……と騙され続け、
妄想を解かれた時の衝撃は凄かった。ちっやられた、と思うと同時に、
その引っ張りの上手さに感嘆したのだった。しかし、パターン2
パターン3と続くうちに、マンネリが生まれ、きっとこれも妄想に
違いない、と思ってしまい、かつ後半に掛けて主人公もおかしくなって
きているため(これは狙いだろうが)だいぶ飽きてくるというのが本音。
それと上にも少し書いたが、歌野さんの「女」を好きになれない。
今回の「妻」のような女が前回も出てきたが、とても頭が悪そうである。
特に会話。近所で殺人事件が起きながら、暗に事件を滲ませて会話する
夫の言葉に、ひとかけらも気づかない。鈍感すぎる。っていうか、
むしろあほな女にしか見えない。子どものことは女の方が心配する
ものである。といかいう一般常識を合わせても何だか微妙である。
気になる美しいタイトルとの中身の不一致も、ちょっと残念。
と、文句たらたらだったけど面白かった。歌野さん読みやすい。

★★★★☆*85

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