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2009年9月 1日 (火)

「キャンセルされた街の案内」 吉田修一

キャンセルされた街の案内 キャンセルされた街の案内

著者:吉田 修一
販売元:新潮社
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かなり久しぶりの吉田さんだったので、相当興奮して読んでました。笑
『横道世之介』が出ることは知っていたのですが、こちらの本は知らず。
新刊情報で見つけた数時間後には買いに行っていました。待ってました、
吉田さん。でもそんなに期待せず読んだ方が良い本ではありました……。

「奴ら」
学校に出した課題の写真が、最高の評価を受けた。渾身の作として
提出しただけに、宗久は夜も眠れぬほどだった。朝起き、いつもの
電車に余裕を持って乗った。電車は寿司詰めだ。何人もの人間と
密着しあいながら、宗久はまた写真について考え、想いに耽っていた。
そんなとき、尻の部分に誰かの拳の感触を感じた。はじめは勘違いかと
思っていたが、次第に出の動きは大胆になり、宗久の尻を撫で始めた。
俺は男だぞ? やめろよ! と言いかけ振り向いたりしたが、
その男の手は一向に引こうとしない。悶々と思い悩むうち、
ついに手は宗久のズボンのジッパーを引き下げた。ここで怒るべきだ、
そう分かっているのだが、動く事も出来ず、声も出ない。
ただ恥ずかしいだけだった。電車は終着し、痴漢は人ごみに紛れて
どこかへ行った。ははは、俺、痴漢にあってやんの! 笑いながら、
けれどむくむくと胸に芽生え始める、時差のある憎悪を宗久は感じ始める。

だいぶアジア色は消えてきたものの(笑)テーマがよく分からないものが多い。
けれど読んでいて感じる一瞬の心の動きに、私は捕らわれているんだろう
と思う。だって、この本もそんなに面白いと感じなかったのだ。
だけど、次の新刊が待ち遠しいし、その面白くなかった本すら愛しい。
で、話は本の中に戻るが、この本で一番「説明」がされ、分かりやすいのは、
この「奴ら」である。そう、男が痴漢されると言う、何ともえぐい話だ。
さすが、吉田さん、本当にそういうとこ、好きなんだ。この話には、
大きく分けると2つの言いたい事があり、一つは、男が女を知らぬうちに
見下している、という深層心理である。主人公は痴漢をされ、怒る。
けれど、それは「痴漢をされたから」ではなく「女と同じ扱いを受けた」
という底の方に隠された心が怒りを感じているんだ、と吉田さんは言う。
「なぜ男と認められなかったのか」その怒りはとても強烈なもので、
一見自分ですら見えないところにあると言うのに、思わず本人を捕まえ、
喚き抗議しなくては収まらないほどの感情へと変貌する恐ろしさを持っている。
だから、何なのか、というと、「男は女を馬鹿にしていることを、
もっと自覚しろ」という暗喩なのだろう。そして二つ目は、全ての物事には、
賛同する者と、そうでない者がいる、ということだ。もちろん、
それは人間であったり、あるいは偶然怒る不運だったりする。
主人公は自分の作品が評価され有頂天であった。けれど、彼にとって
これ以上起こり得ない、もっとも最悪な出来事に見舞われることでも
分かるように、よいことがあれば、必ず足を引っ張るものが蠢いている、と。
だから、有頂天になる前にキチンと周りを見定めなくてはいけない。
そんな2つのことが絶妙にマッチして、感嘆する仕上がりだった。
けれども、それ以外の話は、よく分からなかった。薄味すぎたり、
マッチの度合いがずれていたりして、イマイチピンと来ない。
まぁいい話、で、何なの?って感じだ。そう思うと残念な気分になる。
もっと分かったらいいのにと、「あぁなるほど!」と感嘆できたときの、
吉田さんの良さを知っているから、分からない時の、「どうして
分からないんだろう」という自分へのもどかしさが募るのである。

★★★☆☆*78

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