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2009年9月 3日 (木)

「カシオペアの丘で 上」 重松清

カシオペアの丘で(上) カシオペアの丘で(上)

著者:重松 清
販売元:講談社
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久しぶりに重松さんを読んだ。やっぱりなぁ、重松さんって感じ。
私はやっぱりあまり好きではないようである。今回のこの話も、
何だか予定調和と主人公の勝手な予測がとてもわずらわしい。
小説の、読者が楽しむ領域をすら文章で描かれているようだ。

トシ、シュン、ミッチョ、ユウちゃん、幼馴染の4人は、
小学四年生の夏、星を観に丘へ登った。田舎の空に広がる満天の星は、
思わず声を上げてしまうほど綺麗だった。4人は将来について、呟いた。
この丘に遊園地を作りたいね。何もない、けれど星のこぼれるこの丘に、
小さくてもいいから、大人も遊べる遊園地を作りたかった。
そして数十年後――。その丘に遊園地は本当に出来た。偶然にも、
園長はトシだ。妻になったミッチョも、その手伝いをしている。
しかし経営状態は芳しくない。見込まれていた来場者数には
一度も達することなく、閉園の危機に晒されていた。
そんなとき、事件が起こった。1年ほど前に東京遊びに来た女の子が、
殺人事件で殺されたのだ。テレビを見て動揺するトシとミッチョだったが、
今のカシオペアの丘には関係ない。けれど何の悪戯か、4人は再会し、
女の子の父親と共に、「死」について考えることになる。

話が出来すぎ、予定調和、勝手な予測の三拍子。出来事を半分、
位にすればもっと読みやすかっただろうし、そもそも、
遊園地を作ろうといっていたら、実際に作られて、しかも園長、
とか、出来すぎているとしか思えない。シュンについても、
ガンが見つかった時、たまたま故郷のテレビを見ていた、
とか、出来すぎているとしか思えない。そんな偶然が偶然を呼び、
更なる偶然を呼び寄せる物語になっている。偶然オンパレード。
ちょっとどうかと思う。すべてが出来すぎている。
それと勝手な予測。主に出てくる4人の登場人物は、幼馴染である。
だから? か、「○○はこう思っているに違いない」とか、
「○○は小さい頃のままだ」という文章がやたらと出てくる。
なんだかこれは私だけ思うのかもしれないのだが、
「こう思っているに違いない」と考えるのは、読者ではないだろうか。
物語の中の引導で書かれるのはもっともだが、ここまで、
手取り足取り、「○○はこういう人なのだ」と断言されると、
あぁ、そうですか、しか言えなくなってしまう。
そこには登場人物(いや、作者か?)の願望が見え隠れするようでもあり、
私はとても好きではない。だって、人によって見方は違うのだから。
1人の人間に対して、好きな人と、苦手な人がいるように。
だから1人の人間に「○○はこういう人なのだ」と言われても、
私は違うわ、と思うのだ。だから重松さんがダメなのかもしれんな、
と新たな1点に気づいた本だった。下巻も読みます。

★★★☆☆*78

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