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2009年8月13日 (木)

「みんないってしまう」 山本文緒

みんないってしまう (角川文庫) みんないってしまう (角川文庫)

著者:山本 文緒
販売元:角川書店
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この本の全てを凝縮したら、山本さんになるのではないか、と思う。
色々な人間が書かれているのに、どこか遠くでは繋がっているような。
それをあらわすのが「みんないってしまう」という言葉だろう。
是非あとがきまで読んで欲しい。むしろ先に読んでもいいくらいだ。

「裸にネルのシャツ」
その日マンションに帰ると、部屋の中には何もなかった。
そもそもを辿れば、些細な喧嘩だったはずだ。私は彼を怒り、
「そんなに嫌いならこの部屋を出て行け」と言ったら、
彼は本当に出て行った。その日の事を私はまだ思い出す。
あの頃、仕事が波に乗り有頂天になっていた私は、世間を甘く見ていた。
私の絵はみるみるうちに売れなくなり、金がなくなった。
金はなくなったが、彼が一緒だから頑張れると思っていた。
しかし、彼は少しの喧嘩で私を捨て、去っていった。
一番支えて欲しい人を失った私は、今までの自分をやめようと、
持っていたもの全てを売った。けれど、彼の残していった、
一枚のネルのシャツだけが売れ残った。記念にと手元に残した。
けれど今、ふり返りなどせず捨ててしまえばよかったのだと、強く思う。

短編集。一番最初に読んだからか、「裸にネルのシャツ」が一番
印象深かった。寄りかかろうとしたら、去ってしまった彼。
しかし数年たち、彼は助けを求めてくる。自分は助けるべきなのか、
良くわからないまま立ち尽くすしかない。
最後に「私は今、暗い大きな穴の底から、黙ってこちらを見上げて
いる彼をじっと見下ろしていた。」という文があるのだが、
そんな「私」の気持ちを最も的確に表す比喩で、感嘆ものだった。
そもそも、少しの期待を持って手元においておいた、
想い出のネルのシャツさえ、あの時捨てていたら、
いっそ潔く、彼を見捨てて去っていけたかもしれないのに。
その気持ちが、まるで自分のことのように感じることが出来て、
「そうそれが言いたかったの」と清々しく思えるような、
言い当てられて胸が空くような、不思議な感覚を味わえる。
この本は「みんないってしまう」、その時に、主人公は何を思うのか。
というメッセージを込めて書かれている。
人間なんて、いつだって一人なのだ。ただ害のない人間を選び、
近くにいるだけだ。けれど、いざそれが離れてしまうと、
人は狼狽するんだろう。それはきっと、その人が大切だから。
そんな当たり前なことを、だけど的確に、優しく、山本さんは教えてくれる。

★★★★☆*88

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