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2008年10月17日 (金)

「八日目の蝉」 角田光代

八日目の蝉 八日目の蝉

著者:角田 光代
販売元:中央公論新社
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恐ろしい女になったな、角田さん…と読み終わった後に驚愕した
本でした。少し前の著書を差し置いて格段にレベルアップしています。
一体この人はどこまで上り詰めるのだろう。一体どこまで掘り深める
のだろうか。そんな期待と怖さを押し付けられる本です。

赤ちゃんを抱え、私は走り出していた。
鍵の掛かっていない家から盗み出した、あの人の子ども。
本当は私が生むはずだった、赤ちゃん。胸に抱いたその顔を見ると、
私は幸福と言う波に襲われた。この子は私が育てる、
絶対に手放したりはしない。そう心に誓った。
本当は連れ出すつもりなどなかった。けれど泣き出した赤ん坊の
声を聞くうち、体は勝手に動いて、どうすることも出来なかった。
もう後戻りは出来ない。私は混乱する頭を抑え、
必死に逃げ、そして生き抜くことを考える。

この鳥肌は何だろうか、読み終わる数ページ、
私は途中途中文字を追うのをやめた。ぞわぞわと這い上がるような
その感覚は、まるで「私」のその思いを味わっているようで、
耐えられなかったのである。角田さん、あなたは恐ろしい。
子どもを泥棒した女、そして四年後に無事家に帰された子ども。
この話を端的にまとめてしまうとこんな陳腐な言葉になる。
それはあまりに大事件過ぎて、真実味がないし、
そもそも、他人が理解できるような事件ではないからだ。
「赤ちゃんなんて盗むわけないじゃん」皆そう言うだろう。
そう、赤ちゃんなんて普通盗まない。見るからに面倒そうだし、
他人の子どもなど、愛情が生まれる確率の方が低い。
ましてや愛人の妻の子どもなのだ。けれども、この本を読むと、
読者は恐ろしい感覚を味わうことになる。自分も赤ちゃんを
盗むかもしれない、と思い始めるのだ。登場人物には、
どうしようもない大人ばかりが現れて、みな不倫や逢引を繰り返す。
だけどそれが隠されない事実なのだと気づき、その弱さを
自分に認めたとき、きっと「私」を理解することが出来るだろう。
そして、赤ん坊だった子ども・恵理香が語る「第二部」。
ここで交わされる言葉は、何よりも重い真実である。
壊れた家庭の、戻らない過去と、「私」への怒り。
だけど、その恵理香もまた大人になることで「私」を理解する
その瞬間、人間の無情と呼ばれる何かを感じたような気がした。
人は大抵子孫を残し死んでゆく。一見ホームドラマのようなほのぼの
したものを思い浮かべ、しかし一方では人間も動物なのだと私は思う。
ただ子孫を残し死んでゆくだけ。それだけでいいのに、
人はなぜ愛を持って生まれ、その不自由な愛に苦しむのだろうと。
一端が拗れた糸は絡まって、それでも人は生き続けるから、
その愛がそこにあると気づけただけ、私は恵理香の人生は
捨てたものではないと思う。勿論、それがいいわけではないけれど。
と、褒めておいて難ですが、前半もうちょっと説明があっても
よかったかなぁ、と。なんで子どもを盗んでいるのか、さっぱりで、
「私」の語る言葉はどことなくうそくさくて、ちょっと気になった。
まぁ、それが狙いなのかもしれないけれど。

★★★★☆*94

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コメント

こんばんは、るいさん。
私も今日、この本を読みました。
私は怖いとは思わなかった。(結婚していないからかな?)
盗むわけはないけど、誰もが犯罪を犯す瞬間は精神が異常になる。
赤ちゃんがいるのに、鍵は開けっ放しで、ストーブは点けっ放し。
こんな状態だったら、ふとそういう気持ちになる気がする。
自分がそうするかというと話は別だが、あり得ないこととではない気がする。
赤ちゃんの温もりや匂いがとても懐かしく感じて、早く結婚して子どもが欲しい!なんて思った。
それから読めば、もしかしたら希和子への感情も変わるかもしれない。

投稿: fumika | 2008年10月20日 (月) 20:29

→fumikaさん 

コメントありがとうございます(o^∀^o)

私も結婚してません(笑) 
怖いと書いたのは内容が、と言うわけではなくて、
角田さんの筆力が、という意味でした。 
この人は、いつまでも成長し続けているから。 
賞を受賞した数は、作家のなかでも一位二位を争うのでは。 

子供ねぇ…私は何かうまく育てられるか不安になりました。
まるで実際にありえるかのように書かれていたので
例え事件がなくても崩壊する家族もいるだろうと思ってしまって。 
あぁまたマイナス思考…いけませんね(;^_^A 

締めくくりは、今後の角田さんに期待ということで。 
角田さんは離婚・不仲ものが多いので私生活もちょっと気になりますね、そう言えば(笑) 
お節介ですが、まったくの。

投稿: るい | 2008年10月20日 (月) 23:28

 吉田修一さんの「悪人」に続いてこの本を読みました。
 読んでいるうちに、少し頭の中がごちゃまぜになってしまいました。
 世間から逃げ続ける、そんな異常な生活の中で、幸せをみつける。そんなところが似ているからでしょうか。
 子ども、特に赤ちゃんに対する感覚って、きっと、男と女で違うんだろうなと想いました。

投稿: しぐ | 2009年5月19日 (火) 21:24

>しぐさん

そうなんですよ、たぶん赤ちゃんに対する感覚って、
男女で違うと思います。なんて言うか、まぁ、
生んでるか生んでないか、の差だとは思うんですが。笑
きっと心理変化も違うんだろうなあ。
女は、自分の子どもを持ち上げる時は、母性本能が働いて、
それほど重く感じないとかいいますが、きっとそんな感じで。

確かにこの本はいろいろ盛り込みすぎな感じもしなくもないですね。
宗教の部分とかも、ちょっととってつけたような気も…。
でもどうしても何かに縋りたい時、なんで騙されるんだろう?
っていう簡単なものにでも、神経が弱っていると頼ってしまうのかも、
しれませんね、とか。こりずに角田さんをよろしくお願いします。笑

投稿: るい | 2009年9月17日 (木) 18:15

お久しぶりです
最近ちょっとサボリ気味です。。

母性って点では、不十分かも知れませんが、、
単純に考えたらこれだけあり得ない設定を、
その想いを丹念に積み上げることで、
これだけ引き込まれる話にまとめてしまうその筆力。
ホント、スゴイですよね~

ドラマはおもしろかったですよ!壇さんがステキです。
映画もやるみたいですね~

「3652」は、論評が多くて、
伊坂さんその人自体に興味があったオレとしては、
もうちょっと日常が見たかったな~って感じでした。
けど、オモシロイですよー

投稿: じゅん | 2011年3月30日 (水) 17:46

>じゅんさん

こんにちわ~どうもお久しぶりです^^
わたしもよくサボり気味と、のめり込みを繰りかえります。笑
そのうちまた一気に読み始めるブームが来そうですね。

>単純に考えたらこれだけあり得ない設定を、
>その想いを丹念に積み上げることで、
>これだけ引き込まれる話にまとめてしまうその筆力。

わたしもまさにそれでした。
ありえないの一言ですし、あらすじ読んでもちっともぐっと
来ないのに、なぜかこんなに面白い。
そこで角田光代おそろしや、と思いました。(内容と言うより)

映画もやりますね、井上真央でしたっけ?
でも、壇さんの方が観たいかも。笑

「3652」そうなんですねぇ。
わたしも日常が見たいなぁ、と思っているひとりです。
エッセイも書かないし、奥さんはいるはず?ですが、
結構謎に包まれていますよね! 雑誌とかあまり買わないので、
それの日常対談とかを纏めて出版してくれてもいいのにな、
とか思ったりもします。「3652」ぼちぼち読んでみます。
この間出た伊坂幸太郎10周年雑誌も気になりますが、まだノーチェック。

ありがとうございました。
また遊びに伺います~。

投稿: るい | 2011年3月31日 (木) 10:34

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