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2008年10月18日 (土)

「三四郎」 夏目漱石

三四郎 (新潮文庫) 三四郎 (新潮文庫)

著者:夏目 漱石
販売元:新潮社
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久しぶりに再読しました。あぁ、やっぱり夏目さんいい。
私は願わくばこの堅苦しい文章の時代に生まれたかった。
来客があってすぐに茶を出さずにいることが可笑しい、
そんな疑問すら浮かばないだろう慣習に浸りたかった。

熊本の片田舎から上京した三四郎は、東京の大学に通い始めた。
都会には電車も走っているし、物価の単価も、田舎に比べたら
雲泥の差である。少しずつ馴染み始めたつもりであったが、
ただ一つ分からないことがあった。
知人を通して知り合った女・美禰子の心情である。
傍におり、不適に微笑む彼女に次第に恋心を抱く三四郎だったが、
その微笑の理由が、全くもって分からない。謎めく彼女との会話に、
自分はここではまだ迷子なのだと、三四郎は思う。

上にお茶のことを書きましたが、内容とはさほど関係がありません。
この本に書かれているのは、田舎者の主人公と、都会娘・美禰子との
絶妙なやり取りである。絶妙というのは2人の会話が、
というのではなくて、絶妙な雰囲気を夏目さんが描いてくれているのだ。
いつの時代でも、男は女の心を分からない……確かそんな
キャッチフレーズがこの小説にはついていた気がするのだが、
まさに、その女の謎めく雰囲気と、上京したての不安な青年の心を、
丹念に書き連ねている。そこには夏目さんらしい洒落っ気もあり、
はたまた当時直面している俄かな問題も、自然に表されていて、
ただ読むだけで、当時の風景画さらりと画に浮かぶようで、
毎度ながら、本当に秀逸な文章だと思った。だって、今の作家で、
これが出来る人あんまりいないと思いますよ。宮部さんくらいじゃ
ないですかね、背景を丹念に伝えてくれるのは。
さておき、この小説での見所はやはり「Stray Sheep」でしょう。
今では、何かに余韻を持たせて引っ張るという手法は当たり前ですが、
その原点は、この夏目さんのような作品にあるだろう。
美禰子が不敵に呟く「Stray Sheep」。主人公は意味が分からず、
けれどその意味を知ったとき、それはまるで自分のようであり、
その姿を浮き彫りにするのは美禰子の存在があってこそ知りえた
自分の象徴だと、気づくのだ。「Stray Sheep」、最後に三四郎が
呟くこの一言は、恋が台風のように過ぎ去った戸惑いのようでもあり、
自分が不確かなところに立っていると気づかされ途方に暮れている
ようでもあり、それを呟いた美禰子の姿が過ぎ去るとき、
そっと三四郎の心を掬ってゆくのだろう。まるで、知れず不敵に。
素敵な作品ですね、あぁ本当に生まれる時代を間違えたと、
私は思います。けれどまぁ、後世に残ったからこそ、
輝き味が染み出るという利点もあるのかもしれませんが。

★★★★☆*89

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