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2008年4月16日 (水)

「団欒」 乃南アサ

団欒 (新潮文庫) 団欒 (新潮文庫)

著者:乃南 アサ
販売元:新潮社
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アクが強すぎます。一瞬中島らもを思い出すような…
いや、でもそれ以上に何か嫌悪感なるものを私は感じた気がした。
そう…女性版荻原浩のような。というか、人殺して、うふふあはは、
とか書かれると、何だか読む気がなくなるのは私だけでしょうか…。

「ママは何でも知っている」
俺は加奈と結婚し、漆原学園長の婿養子として嫁ぐ事になった。
愛らしい加奈のためなら、多少の苦労も厭わないし、
婿養子という負い目の立場も、打破してみせる。
そんな俺の意気込みをよそに始まったのは、平穏な漆原家の生活だった。
「お義父さんお義母さんじゃなくて、パパママと呼んで下さらないかしら」
義母は笑顔で俺にそういい、結婚を歓迎してくれた。
上品な家庭の、温かい生活が始まったはずだったが、
それは度の越えた「家族愛」を見せつけられる始まりであった。
漆原家では歯ブラシを家族で共有し、風呂も一緒に入る。
一見温和に見える家族愛は、次第に歪んで見え始めるのだった。

だからどうしたのだ、とつっこみたくなる話満載。
というか、むしろそれを狙っているのかも知れないのだが、
どれも素直に笑うことが出来ない、失笑の生まれる話ばかりだった。
特に一番最初に読んだからか、「ママは何でも知っている」は
とても強烈で、私は顔を引き攣らせて読む羽目になった。
そもそも、上品な家庭でバスローブを着るような人間は、
下着で家の中を行き来しないと思う。
痰をはかないと思う。歯ブラシを共有しないと思う。
これらはテーマとして掲げられている「家族愛」とはかけ離れている。
それに作者が気付かず書いているので(わざと?)、拒否反応がでた。
娘の排卵日を気にして、婿に「おつとめ」を頼むのは、
度が過ぎているものの「家族愛」だ。風呂を一緒に入るのも「家族愛」だ。
しかし、下着で家の中を行き来するのは、家族愛ではない。
わざと書かれているだろうと思うのだが、
この話でそれを書くべきではないと思う。
書いてしまったら、それは笑い話になってしまうからだ。
だけど、この本には書いてある。そして最後に主人公が死んでしまう。
死んでしまいその理不尽な死に方に対し、その「家族」は、
うふふあはは、と笑うのだ。個人的に言わせて貰うなら、
「笑えるか、こんなシーンで」というところだった。アクが強すぎる。
そして私に合わない。下品な事を洒落でなく平気で書くから。
乃南さん初めてだったんですけどねぇ…ダメそう。
ずっと前に読みかけて、放置していた理由を思い出しました。

★★☆☆☆*65

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