« 「最悪」 奥田英朗 | トップページ | ■雑談:夏のお薦め »

2007年7月23日 (月)

「柔らかな頬 上下」 桐野夏生

柔らかな頬〈下〉 (文春文庫) 柔らかな頬〈下〉 (文春文庫)

著者:桐野 夏生
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する


桐野さんの本は読みたい読みたいと思い、結構買い込んでいるのですが、
いかんせん長いので…と言う理由で放置気味でした。
それにしてもテスト期間中の読書って何でこんなに捗るんだろう。
去年は森さんの「DIVE!!」を二日で読了したしなぁ。
この本は個人的には好きだったのですが、選り好みが激しい作品のようです。
直木賞取れそうだな、と思っていたら直木賞受賞作品でした。

高校卒業と同時にカスミは親と故郷を捨てた。
一人東京を彷徨い、たまたま就職した、小さな会社の社長と結婚する。
しかし、子供も生まれ、順風満帆な生活が回り始めた頃、
カスミは急に実家のある田舎町を思い出したのだった。
今の平凡な自分は、あの時望んでいた自分ではない。
そんな思いを掻き消すため、カスミは大胆にも
家族のいる一つ屋根の下で、夫を裏切り不倫をした。
もう家族を捨てても構わない…そう思った次の日、長女・有香が失踪した。
カスミの長い長い苦悩の幕開けだった。

久しぶりに読み終わった後暗闇に鳥肌を感じた作品だった。
何の事はない、書かれているのは、一つの事件のあらましと、
その事件に関わった人間の心境と末路である。しかしながら、
桐野さんの秀逸な文章のお陰で作品の完成度が格段に上がっており、
読後物凄く考えさせられる仕上がりになっている。
失踪した娘を探しつづける母親。
カスミは娘がいなくなったと言う事実に、不倫をした自分の卑しさを呪い、
これでもかと人を疑い、また家族を捨てた自分を責めた。
この呪いは娘が無事発見されるか、死体が見つかるまで続くのだ。
失った娘という存在は、その存在価値を超え、
自分の仕出かした罪滅ぼしへと変貌を遂げてゆく。
その言葉では言い表しがたい、内面のおどろおどろしい心境を、
三つの視点から照らし合わせ描かれており、とても生々しかった。
途中で登場する、末期ガンの内海。彼の存在がカスミを大きく変え、
死に直面する事により、もう自分が癒される事はないと自覚する。
それに気づいた時の、煮詰まった思いが晴れたカスミが好きだった。
もう、終わったのだ。一つの事に区切りをつけるのはとても難しい。
ましてや娘の死などは尚更だろう。そして根底に横たわる故郷への思いも。
それらが全て済み、死に行く内海に寄せる愛がとても美しかったと思う。
この話は、結末を言ってしまうと犯人は出てこない。
カスミや内海が苦しみながら見る夢で妄想を抱くだけなのだ。
娘がカスミが捨てた両親に誘拐された夢、娘が殺された夢。
でもそれは夢でしかない。夢でしかないのだけれど、
最後死にゆく内海がもがきながら見た夢こそが真実だったのかも知れない。
そう曖昧に括られるあたりが、死の儚さと、真実の儚さを映していると思った。
一つ言っておくと、主人公に感情移入は期待できない。
不倫をしたり、人を疑ったり、宗教に癒されたり…
と何事においても中途半端なところがあるからである。
少し関わりがあった人間も後半にかけて一切出てこなくなる。
でも本当の人間て…と立ち止まって考えた時、その冷徹なカスミは、
自分だったりするのではないだろうか、と思えノンストップで読む事が出来た。

★★★★☆*92

|

« 「最悪」 奥田英朗 | トップページ | ■雑談:夏のお薦め »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/126354/7244484

この記事へのトラックバック一覧です: 「柔らかな頬 上下」 桐野夏生:

« 「最悪」 奥田英朗 | トップページ | ■雑談:夏のお薦め »