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2007年6月 3日 (日)

【映画】神童

20070602 
一言目の感想は、予想以上によかった。観たらそう思うに違いありません。
私の目的は、松山ケンイチだったのですけれど、
いやはや褒める意外の言葉が出ないくらいよかったですよ。
「セクシーボイスアンドロボ」のイメージが吹っ飛びましたね。笑

あらすじ(公式サイトより引用)
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言葉を覚える前にピアノが弾けた13歳の少女うた。
彼女は”神童”ともてはやされながらも、
中学生となった今では自らの才能をもてあましていた。
球技は禁止され、いつも手袋着用という窮屈な生活の中で、
娘の才能のために全てを捧げる母親からの重圧、
父の不在にも胸に大きくのしかかっていた。
そんなある日、歌はオチ零れ音大受験生のワオと出会う。
それまでずっとひとりの世界にいきてきたうたは、
二人で”音”を共有し、音で心を通い合わせる体験を通して、
音楽の真の喜び、人とのつながりのあたたかさに目覚め、
やがては音楽そのものである自分自身を受け入れていく――。
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まず第一に、松山ケンイチに惚れ直した。
あの素朴なで気取らない、ありのままの青年の姿、
まさに彼に適役であり、その演技が素晴らしかった。
振る舞いがあまりに自然だから、”演技”と言うよりも、
役になりきっている、と言う感じの方が強い。
それを一番に窺えたのが、音大受験のピアノを弾いているときだった。
ぬいぐるみをピアノの上に置き、取り憑かれたようにピアノを叩く様は、
まさに、「菊名ワオ」であり、迫真の演技だった。
ピアノの練習にも熱を入れていたと言う話だったが、
まさにその成果がここに表れていて、思わず鳥肌が立ったほどだ。
こうして絶賛するように、松山ケンイチがとても良かったので、
逆にストーリーの粗が目立ってしまったように思う。
成海璃子演じるうたは、「私は音楽だから」と自ら言うほど、
才能があるわけだが、それが周りの人に知れ渡っていないと言う点が一つ。
映画のタイトルにある「神童」と言う言葉も出てこない。
自分の生活を捨てる代わりに、得られる音楽での名声、
それを嫌がっていると言う女の子を描くのだとしたら、
もう少し普通の女の子と音楽としての「うた」を分けたほうがいいと思った。
普通の女の子になりたい、でもピアノの椅子に座ると、
思わず鍵盤を叩き音楽を奏でてしまう自分がいる……、
そう言った描写が上手く表現できていないとように見える。
あとは、楽譜をお尻の下に置くのはどうかと思った。
それはあまりにも音楽を馬鹿にした行動のように見えたから。
そう見えるのはやはり、「音楽を嫌う普通の女の子・うた」を、
きちんと描くことが出来ていないからだろうと思う。
色々書いたけど、音楽もよし、俳優人もよし、演技もよし、
と来ているので見る価値あり、是非劇場のサラウンドで聴いて欲しいですね。
個人的に気になったのはワオの今後。
あの受験の時の素晴らしい演奏は奇跡じゃなかった、
と言うシーンを観たい気もしますね。うたが手を握ったのは、勇気をくれた。
ただそれだけであって、あの猛特訓の成果が報われるところが観たかった。
泣ける部分はラストではないですが、とりあえず松山ケンイチの演技に賞賛を。
ファンは観るべし!の一本です。

*88

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