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2006年11月16日 (木)

「一瞬の風になれ 第三部:ドン」 佐藤多佳子

一瞬の風になれ 第三部 -ドン- 一瞬の風になれ 第三部 -ドン-

著者:佐藤 多佳子
販売元:講談社
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思わず泣いた。
100Mを11秒足らずで駆け抜けた瞬間、人は皆涙を浮かべるものだと思う。
その努力がついに実った時、見せるであろう表情が目の前に浮かぶようで、
私はずっと涙が止まらなかった。

いよいよ最高学年になり、インターハイへ向けての挑戦が始まった。
新しく入った一年のエース・鍵山を加え、俺・連・桃内がチームを組んだ。
軽快なスタートを見せた新チームだったが、早々に鍵山が故障してしまう。
怪我が回復するまでの穴埋めのためだけに起用された根岸の心中を思うと辛く、
またこのまま今まで通りの根岸がいるチームでいいのでは?
と言う危険な迷いが生まれてしまった。バトンパスの下手な鍵山より、
安定し心の通じ合った根岸の方がいいのでは?と俺は錯覚する。
しかし、それはインターハイに対した甘い考えであり、
甘えを許しただけの馴れ合い過ぎないと根岸に思い知らされる。

「いいコンビだ。おまえらは」
そう言われ、思わず顔を見合わせた2人の笑顔が思い浮かぶようだった。
レーンの上ではライバル同士で、言葉では「お前には負けない」と言いながら、
同じ決勝レースの場でこうして肩を並べ競り合う事を楽しんでいる。
その姿がまるで小学校の帰り道、思いついては「かけっこ」をした時のように、
無邪気で、それでいて漲った闘志がぶつかる迫力が赤いレーンの上で輝いていた。
前にいる連を追いかけ、追い上げる仙波を抑える。
そんな感覚を味わっている新二はやっぱりどこか半信半疑で、
本当に自分がこの2人と走れているのか?と言う問いと喜びが読んでいて楽しい。
こつこつと積み重ねた冬場の特訓が、ようやく実態となって現われ始め、
いつしかみっちゃんが宣言していたように、
自分は「速くなった」のだと気づいた時の胸をくすぐるゾクゾク感が新鮮である。
そしてリレーの決勝、夢の40秒台。
4人の力がガッチリと噛みあって、バトンがすべるように渡っていく。
新二の夢・チームの夢・根岸の夢・先輩の夢・みっちゃんの夢・兄貴の夢・・・
そんな物が全部詰まったバトンを手に、自分は走るのだ!と言う興奮が凄かった。
最後の最後、電光掲示板が一度付いて、消えて、
正式なタイムが出るまでの数秒のもどかしさは、ちょっと言葉では表せないけど、
あの瞬間の喜びときたら、他に何も思いつかない。

中学校3年の時、私の学年の男子4経も全国大会へ行ったけれど、
やっぱり大きな大会では大きな奇跡が起こるもので、
その時も、42秒80で大会新記録を打ち出し関東大会で1位をもぎ取った。
応援だけだった私でさえも、それはそれは鳥肌のたつほどの感動を覚えた。
一走者が飛び出し、二走者が3人ごぼう抜きし、
ダメだダメだと言われていた三走者が見事な走りをし、4走者がガッツポーズする。
その光景が今でも頭の中に鮮明に残っていて、彼ら4人はずっと笑い続けている。
それくらいこの一瞬は重く、そして衝撃的で、そして感動的だ。
「人間、嬉しい時って泣くんだ」ってあの時思ったのを思い出す。
先生も泣いていたし、部員も全員泣いていた。
それは4人の今までの苦労を見てきたし、
またその一員である事によって得た物は大きかったに違いない。
そんな思い・・・と言うか思い出である古い感情が、
新二や連に重なって、思わずあの光景を見ているような気がした。

最後、兄貴出てくるとなお良かったんだけど・・・!
でもスパイクだけでも十分かな、すごくよかった。
1→2→3巻でどうぞ。これはもう読むしかない。

★★★★★*94

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コメント

ご訪問&トラバありがとうございました。

このシリーズ、全3巻。
私は全くの陸上知識ゼロの人間でしたが、何でだろう。
何であんなに鮮明に情景を浮かばせる事が出来たのだろう?
不思議です。
そして、嬉しいです。

るいさんの上の記事にあるように、実際にリレーを応援した経験を持っている方なら本当にその情景がダブって見えるんでしょうね。
涙したのも納得です。

とても素敵な余韻を残して、この物語は私の心に刻み込まれました。

しかし谷口とどうなったのか気になります・・!

投稿: すきま風 | 2006年11月28日 (火) 21:33

こんばんわ、こちらこそTB&コメントありがとうございます!

>私は全くの陸上知識ゼロの人間でしたが、何でだろう。
>何であんなに鮮明に情景を浮かばせる事が出来たのだろう?

私もそう言う経験あります。
それは先日挙げていた、他でもない森さんの「DIVE!!」。
あの作品にはもう、お世辞抜きで賞賛を送れます。
「あれ?私飛び込みやってたかな?」
と少し疑いたくなるくらいにのめり込んでしまう、強く美しい表現力。
ただただ感心するばかりです。

そうなのです、陸上部だったので凄く親しみをもって読めました!
ワクワク感といい、むしろ懐かしさが勝っていた気もしますが、
それを差し引いても頷けるくらい爽快で楽しい3巻だったと思います。

谷口・・・本当気になりますよね。
谷口の部分だけ出してしまうと、あんなに話の中で絡んでくるくせに
「え?最後の最後で出てこないの?」とちょっと寂しい。
まぁ・・・引退後、仲良くいったと言う事で、私は纏める事にしました。笑

最近スポーツに関連した小説が増えていますが、
体を動かす事に関わってきた人間として、とても嬉しいです。
勝負に勝った時の爽快感や、負けた時の悔しさを、
スポーツを通して伝える事で、他では表現しにくい些細な事も、
読者をぐぐっと引き寄せてくれるような気がします。

投稿: るい | 2006年11月29日 (水) 00:22

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» 一瞬の風になれ〓 −ドン− [No-music.No-life]
ただ、走る。走る。走る。他のものは何もいらない。この身体とこの走路があればいい「1本、1本、全力だ」。すべてはこのラストのために− 佐藤多佳子さんの「一瞬の風になれ」待望の続編、そして最終巻です。 2年の冬。 ただ黙々とトレーニングに励んでいくメンバー達。 その中でひときわ足と地面の接地について考えながら歩いている神谷新二。 以前のすぐにばててしまう体力のなかった姿と明らかに異なっている一ノ瀬連。 二人とも..... [続きを読む]

受信: 2006年11月28日 (火) 21:29

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