2011年9月 1日 (木)

「三陸海岸大津波」 吉村昭

三陸海岸大津波 (文春文庫) 三陸海岸大津波 (文春文庫)

著者:吉村 昭
販売元:文藝春秋
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読んでも読んでも書けないものである。感想を書くという行為はとても
面倒で、でも残すことによって後々役にたって、書いて置いてよかった、
と思うのだけれども、つい読んだ満足感に満たされて、自分の言葉を
発言しないでいる。いけない、いけない、と思いつつ。久々読書感想文。

明治29年、昭和8年、そして昭和35年。青森・岩手・宮城の三県にわたる
三陸沿岸は三たび大津波に襲われ、人々に悲劇をもたらした。
大津波はどのようにやってきたか、生死を分けたのは何だったのか―
前兆、被害、救援の様子を体験者の貴重な証言をもとに再現した震撼の書。
(Amazonより)

再読。だいぶ昔に読んだ記憶がある。そのときはただの「歴史」としか
受け止めていなかった内容が一変し、生唾を飲むほどの怖ろしい現実性を
感じた。わたしの生まれ育った県には海がない。そのため「津波」
という危険性がどれだけのものなのか、ほぼ理解がなかったと言っていい。
その上、両親共に違う土地から移り住んだ人間であったため、土地に対する
愛着心というものも、ほぼ分からないといって過言ではないのだった。津波は
怖ろしいと、そうした「知識」があっても「じゃあ違うところに住めばいい」
といった思考に切り替わる。けれども、今回の東日本太平洋沖地震では
否応なく現実を突きつけられることとなった。日本に住む大半の人間が
感じたことであると思うが、改めて島に住むという恐ろしさを見せられた
惨劇だった。(島に住んでいるからではないという批判は今回さておき)
この本で一番感じたことは、起こったことをありのまま伝える作者の筆力だ。
なんと40年近く前、作者が43歳の時に書かれた本である。その内容は
未だ衰えず、まるで東日本太平洋沖地震の本の数日前発刊されたかのような
リアリティと、そこに生きていた人間の言葉が蠢いていた。まだそこに足を
運んだら声をかけられそうな「近さ」を感じた。それと同時に、人間の記憶は
急速に劣化するものだとも再認識させられた。こんなに怖ろしいことが、
何度も何度も起きているのに、平安なときが続くと、ふと気がゆるみ、
毎日のことに危機感が押し流されてしまう。そうして、惨事が起きてから
このように克明に残された資料を見て、皆「はっ」としたり「唖然」としたり
「そうだった」と後悔してみたり「だから言ったじゃないか」と動揺して
威張ってみたりして、本当にお粗末極まりないと思った。特に東京にいた
人間が、である。わたしを含め多くの人が津波について「他人事」だと
思っていた。昭和33年に建てられた防波堤を知らなかった人もたくさん
いるだろう。こんなにいい本が残っているのに、今日が平穏であれば、
また人間の脳はそのゆるやかさに慣れ、その恐ろしさを忘れるのだろうと
思った。今回の地震で亡くなった方(行方不明含む)は2万人を超えている。
世界最大規模のこの「事件」がいつかは色褪せ、いつかはまた「はっ」と
する瞬間になり得るのではないかと思うと、とても複雑な心境になった。
今津波と原発について一緒くたに記述している本が多いが、津波と原発は
まったく別の因果で起きている「問題」であるとわたしは思う。なので、
一緒に語られるべきではないのではないか。風化させてはいけまいと思う
気持ちと、時間が経ってからしか冷静に物事を分析することはできまい
という相反する気持ちが働き、おどおどと戸惑うばかりである。とりあえず
発言しとけ、というのも分からないでもないが、発言した言葉が、
その人が偉人であれば偉人であるほど市民が動揺することを忘れないで
ほしい。と、吉村さんの話からそれてしまったが、一度は読むべき本である。

★★★★★*95

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2011年8月 1日 (月)

「風にそよぐ墓標」 門田隆将

風にそよぐ墓標−父と息子の日航機墜落事故− 風にそよぐ墓標−父と息子の日航機墜落事故−

著者:門田 隆将
販売元:集英社
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凄まじい本を読んだ、というのが第一の感想だ。先日読んだ『津波と原発』
佐野眞一著の比ではない。読まなければ人生の一部を損している、
と思わせるほどの重みがあった。みなさま必読の本である。戦争と、
いや、それ以上に「死」を考えさせられる本である。

絶望の中、我を失った母親、家族全員を失い、天涯孤独の中で幸せを求めて
もがきつづけた少年、父親の遺言を胸に逆境に耐え続けた日々……
沈黙を破った男たちが語る「25年間」の壮絶なドラマ。これまで、
女性たちによってのみ語られてきた御巣鷹山事故の悲劇をまったく
新しい観点から炙り出したルポルタージュ。
(Amazonより)

この本は昭和60年8月12日に起きた日本航空機墜落事故についての本だ。
ちなみにわたしは事故当時まだ生まれていない。読む前から事故のことは
知っていた(おそらく社会科の授業で習った)し、横山秀夫の
『クライマーズ・ハイ』などの小説を読んでいたので大体の内容は理解して
いるつもりでいた。しかし、読みすすめるうちそれが大きな間違いである
ことに気づいた。わたしはこの本で初めて「判別できない遺体」の現実を
知ることができた。この現実を未経験者が単なる「想像」で語ることが
どれだけ恥ずかしいものか。「あの事故でしょ、知ってる知ってる」
と軽々しく口にすることがどんなに罰当たりなことか、と反省した。
事故からは25年の歳月が流れている。日本航空が悪いのは事実だろう。
そしてその重役たちが公で裁かれなかったことは今もっても疑問が残る。
この事故は様々な意味で「人災」だったのだ。遺族がマスコミ関係者で
あったことも、遺族が検視する側に回らねばならい異常な事態も。
異常な遺体の惨劇も。戦争さながらのその光景は、その場を「狂気」が
支配していたに違いない。また事故当時は世の中は大変な「狂気」と同時に
「混乱」が生じていたと考えられる。けれど25年という時間はそういった
様々な感情を沈静化させ、「現実」のみを残してくれているように感じた。
そのことをこの本は克明に説いてくれていた気がした。そして今、日本は
東日本大震災という「狂気」の最中にいる。「混乱」は冷静な判断力を
欠き、放射線東京電力のバッシング一直線である。今聞こえてくるのは
専門家の憶測と、自らが「狂気」の渦にはまっていることに気づいて
いない人たちの「一般論」である。また、今現在被災者の心のケアが
重視されており、こうしたあからさまなレポートを敢行できない現実が
あるに違いない。ボランティアに行った知人の話では、「非難所による
のかもしれないが、段ボールハウスから手を伸ばし食事を受け取るきりで、
ほとんど段ボールから出ず話もしてくれない人ばかりだった。
生きる気力をなくしている人がたくさんいた」と話していた。
今起きている未曾有の死者を出したこの大震災を、いつしか25年後
門田さんのように丁寧に回り、語ってくれる人物を熱望する。

★★★★★*95

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2011年7月31日 (日)

「でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相」 福田ますみ

でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相 (新潮文庫) でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相 (新潮文庫)

著者:福田 ますみ
販売元:新潮社
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昨今、マスコミの過剰報道が騒がれているが、この事件はその最たるもの
ではないだろうか。自分がやっていないことが、勝手に事実として構築され、
罪を着せられる。「冤罪」という形が、直接の相手ではなく、マスコミに
よって築かれるという異様な光景。そして狂った親たち。日本は大丈夫か?

「早く死ね、自分で死ね。」2003年、全国で初めて「教師によるいじめ」
と認定される体罰事件が福岡で起きた。地元の新聞報道をきっかけに、
担当教輸は『史上最悪の殺人教師』と呼ばれ、停職処分になる。
児童側はさらに民事裁判を起こし、舞台は法廷へ。正義の鉄槌が下るはず
だったが、待ち受けていたのは予想だにしない展開と、驚愕の事実であった。
(Amazonより)

わたしの幼い頃の将来の夢は教師になることだったのだが、この本を読んで、
つくづく教師にならなくて良かった、と思った。そもそもわたしの通っていた
中学校で悪質ないじめがおこなわれていた現実を今振り返ってみても、
なぜ教師になろうとなど思っていたのか、今更疑問にすら思うのだった。
というのも、それくらい、今の教師と言う立場は弱い。そろばん教室で、
私語をしていると、よくそろばんで叩かれたものだが、今そんなことを
学校で行ったならば、保護者からのつるし上げもいいところ、早々に
懲戒免職になるのが目に見えているだろう。子どもに注意をするにも、
細心の注意を払わねばならない。そんな場所で教育などできるものか。
本書の中身はというと、気弱な教師が凶暴な(あくまで比喩)保護者に
よって、「子どもをいじめる教師だ」といいがかりをつけられ、教育委員会
にまで苦情が発展。さらにはマスコミに嗅ぎ付けられ「史上最悪の殺人教師」
と罵られ、民事裁判を起こされる話だ。一番の問題は、第三者であるわたし
たちが、その教師の情報を知る時、マスコミからそれらを得るということ。
「煽ったもの勝ち」のような印象を受ける最近のマスコミの、行き過ぎた
報道を、わたしたちは信じてしまい、善良な教師をあたかも殺人を起こし
かねない凶悪な教師だったと思い込んでしまうことだ。怖ろしい「冤罪」
である。驚くべきは、弁護士までが、生徒とその保護者を弁護する側に
まわり、「550対0」という通常では考えがたい数字をはじき出すことだった。
この本を読んだ当時の弁護士たちは、顔を真っ赤にするのではないだろうか。
明らかに狂った保護者を、マスコミの扇動により何の疑いもなく擁護する。
そして教師といえば、「殺人者」呼ばわり。社会復帰も難しい。現代の
マスコミの異常なまでのスクープ主義と、保護者に逆らえない教師たちの
弱い立場が浮き彫りになった一作だった。残念なのは、最後まで結局
教師が勝てないところ。そのしがらみが解かれるときは訪れるのだろうか。
そしてそこまで教師を陥れたかった理由を聞いてみたい。

★★★★☆*87

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2011年7月25日 (月)

「津波と原発」 佐野眞一

津波と原発 津波と原発

著者:佐野 眞一
販売元:講談社
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普段あまりノンフィクションを読まないので、とても新鮮だった。
真実と呼ばれる、隠された出来事があることを知ることができ、もっとよく
原子力発電所の問題について、知っておくべきだと思った。たとえそれが
偏った情報だとしても、蓄積されたそれは、意思の決定に役立つことだと。

緊急取材・書下ろし四〇〇枚、東日本大震災ノンフィクションの決定版。
日本の近代化とは、高度成長とは何だったか? 
三陸大津波と福島原発事故が炙り出す、日本人の精神
ノンフィクション界の巨人が挑む
(Amazonより)

誰かから情報を得ると言うことは、その他人の瞳と感情を通してしか得る
ことができないと言う欠点がある。もちろん裏を返せばそれが「個性」
と呼ばれるものであろうが、しかし「ノンフィクション」と言われる
その分野では執筆者の感情を推し殺すことに意味があるように思う。
見たものをありのままに他人に届けるためであるなら、その窮屈さも
ある意味で仕方のないことではないかと思う。また、隠し切れなかった、
あるいは、その感情以外の視点の切り口の角度から、読者が誰の瞳から
情報を得るか選択する自由が生まれるのだと思う。
本書の前半は著者である佐野さんが、東日本大震災の被災地を実際に歩き
書かれたものである。その瞳で語られる景色は、まるでその現場に立ち
すくみ、凄惨な光景を見ているかのようにリアルだった。わたしはまだ
被災地に足を運んだことがないが、ぜひ足を運ばなければならない、
という衝動に駆られた。さすが佐野さんだな、という渾身の文章。
しかし、後半の原子力発電所の話になると、やや事実が捻じ曲がっている
ように感じた。内容は全体的に「東電が悪い」傾向でまとめられている。
「東電が悪い」は事実なのかもしれないが、「東電が悪い」を根底として
書かかれてしまったこの本は、「ノンフィクション」ではなく、佐野眞一、
という人間の感情を読んでいる気分になった。原子力発電所は、日本
(「フクシマ」)にはなくてはならないものだった。その事実と、
「東電が安全確認をもっと慎重にすべきだった」という後日談は、両方とも
事実であり、どちらも責めてはいけない事実ではなかろうかと思った。

★★★★☆*87

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2011年4月15日 (金)

「下流志向」 内田樹

下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫) 下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫)

著者:内田 樹
販売元:講談社
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「論破」という言葉は、この人のために存在するのではないか、と思う。
あまりこういった思想学書を読んで「面白かった」「ためになった」
と思うことはないのだが、内田さんは別格だ。現在、日本はいい国ではない。
誰が見ても明確である。「警笛」を鳴らす誰か、もっと他にいないのか。

なぜ日本の子どもたちは勉強を、若者は仕事をしなくなったのか。
だれもが目を背けたいこの事実を、真っ向から受け止めて、
鮮やかに解き明かす怪書。「自己決定論」はどこが間違いなのか?
「格差」の正体とは何か? 目からウロコの教育論。
「勉強って何に役立つの?」とはもう言わせない。
(Amazonより)

最初に注意しておくと、この本に結論はない。「下流志向」に陥った人びと
について、「~したらいい」「~すべき」ということは一切語られていない。
ただ、今の日本は危ないのです。どう危ないか教えてあげましょう、という
本である。しかし、今の世の中でその危なさを、熱意持って語っている人を
他に見ない気がする。本の中にも出てくるが、「見ないふり」を決め込む、
もしくはスルーしてなかったことにする、という世の中が定着しているからだ。
中身は、これでもか、という内田論。痛快である。内田さんの論理は、
まるで「おせち料理」と「ビーフシチュー」を足して2で割ると、
「とんこつラーメン」が出来るんです。と言われたような衝撃がある。
この本は特にそれを感じた気がした。最近ニートが増えているのは、
「学びを放棄」した子どもたちが増えているからだ。なぜ学びを放棄して
しまうのかは、実は学校がどうこう、とか、就職支援がどうこう、とか、
そういった上辺のことではない。簡単に言ってしまえば、
「子どもの時に家のお手伝いをしなかった」ことが原因であるというのだ。
まさしくここで「とんこつラーメン」である。現代の子どもの時にお手伝いを
しなかった。掃除は掃除機があるし、料理だってレトルトなどもある。
家事というものが格段に軽減されたため、何もせず育った子どもは、
何もせずいきなり小遣いを貰い、欲しい物を買うようになる。子どもは、
「労働者」として入学する前に、「消費者」として入学してしまったが
ために、学業すらも、「消費者」として進む道を歩んでしまった、という
のであった。ははぁなるほど。である。(詳しい論破は本書を読むのがいい)
そうか、だからわたしは学びを放棄する団体に組み込まれていたのか、と
思わず膝を打った、というのが第一だった。わたしの中学校はそれはそれは
酷い中学校だったので(以下省略)。でも、それがなぜそうなってしまったか
などという根本的なことを考えなかった。この本を読むまでも考えて
いなかった。お得意の「見ないふり」である。ニートが増え続けるのは、
非常に悪いことだ、と言いながら、なぜみんな研究しないのだろう。悪い
悪い、と言いながら、頓珍漢な策を述べるばかりで、世の中の状態を
一度冷静に把握するということをしない。これからどうするか、も大切だが、
なぜそうなってしまったのか、を振り返り現在を見渡すのも重要な課題
だと思うのだった。それが例えびっくりな「とんこつラーメン」論破で
あったとしても、「なるほど!そういう考え方もあるね」という一理に
なり得るのである。今はその一理が限りなく少ないのだ。これではまともな
論争すらできないだろうに。この本はだから、「今の世の中はこうだと思う」
という内田流の一理である。絶賛、大賛成な訳ではないが、とても楽しい。
なにせ、「おせち料理」と「ビーフシチュー」を足して2で割ると、
「とんこつラーメン」が出来るのだから。一読の価値大いにあり。
内田さんは現代の夏目漱石になって欲しい(いやもうなっている?)。
まぁそれこそが「永遠の師」なのかもしれないが。それにしても、ニートって
何をしているのだろうと思う。わたしは何かをしていないと気がすまない
人間なので、例えば本を読むにしてもお金と行動力が必要である。
と考えると、引きこもり、という人種は未だに未知な生物だと思う。
ある種の新種の人間である気もする。彼らと共に日本は死ぬだろうか。

★★★★★*91

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2011年1月 4日 (火)

「企画書は1行」 野地秩嘉

企画書は1行 (光文社新書) 企画書は1行 (光文社新書)

著者:野地 秩嘉
販売元:光文社
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新年早々ビジネス書から突っ走ります。なんかアレですね、なんとも
やる気を奮い立たせようとして失敗した、そんな感じです。それに
してもビジネス書ってピンキリだと思う。書いている人は作家でも
なんでもないわけで。中身が充実していればよしとすべきか。

企画書は一行にまとめるに限る。理由は簡単だ。長々と書かれた長文を
読む相手は疲れるし、理解してもらうまでに時間を要する。
短い文の中に詰まったインパクトを相手に伝えることこそ重要であり、
また短い文章にそれだけの効果が含まれているということでもある。
ビジネスを成功に導いた功労者たちも企画書は簡潔にすべきだ、と
口を揃える。いまや当たり前となった商品や事業の、企画書を見てみよう。

本の中で紹介されているのは有名企業の社長や役員。みな日本人なら
誰でも知っているような商品や事業の火付け役となった人物たちである。
引用されている彼らの言葉は、「さすが」と思わせる魅力的な話ばかり。
さながらテレビ番組「ガイアの夜明け」を見ているような楽しさや、
なるほどと膝を打つ面白さがあった。しかし、残念なことに紹介人で
ある作者のナレーションが非常にお粗末である。この本のタイトルは
『企画書は一行』確かに「企画書」のみならず「ビジネス書のタイトル」
についても、短文であり、インパクトのある文章が人の目をひく、
という実際を感じることが出来る。だが、この本に書かれているのは、
「企画書は一行にすべきだ」ということではない。そんなこと微塵も
書かれていないのである。「確かに企画書は短くてわかりやすい、
シンプルさがいい」と功労者たちは語っているが、誰も『一行がいい』
なんて言っていないのである。言っているのは作者だけだ。
「企画書は、わかりやすいのがいい」例えば写真を使って、
相手に現実をリアルに知ってもらうのもいいだろう。商品はやはり
実際に使ってみるべきで、社員は自社製品を自分で着るべきだ。など。
様々なアイディア満載で、さすがヒット商品を生み出しただけあるな、
という努力の思考を目の当たりにし、とてもためになった。
したがって、功労者たちの意見はみな「企画書はわかりやすいのがいい」
「シンプルがいいし、シンプルにするにはアイディアが必要だ、
そのための努力は惜しまない」、とそのようにわたしには聞こえた。
極めつけ、作者の「おわりに」には、「読んでこられた方は理解された
だろう―(中略)企画書の一行とは内容のまとめではない」とある。
一番理解していないのは作者じゃないか? なんだかイライラする本だった。
取材に答えた方たちの話はとてもいいので、それを楽しむならいいかも。
みなさま作者の杜撰なタイトルに騙されませぬよう。
「ビジネス書のタイトル」は「企画書」ではない。

★★★☆☆*80

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2010年5月 3日 (月)

「脳が変わる生き方」 茂木健一郎

脳が変わる生き方 脳が変わる生き方

著者:茂木 健一郎
販売元:PHP研究所
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500冊目の本が、この本だなんて、誰が予想したことでしょう!
読み終わった今でさえも、これでいいのだろうか、と少し思います(笑)
けれども、このずぼらなわたしがここまでこの感想文を続けてきたのが
すごいのであって、例え500冊目がなんであろうと、決して、まったく……

人はどこまでも変われる。脳には、変わることを支える力があるのです。
けれども、みなそのことをわかっていない。取扱説明書もなしに、
われわれは日々、自分の脳を使ってるのです。私たちは、
いかに素晴らしい可能性に気づかずに生きているのでしょう。
物事には、「偶有性」というものがあります。どうなるかわからない、
という不確定な要素です。脳はその要素を感じると活性化します。
そうしてそのことを成し遂げると、より多くのドーパミンを分泌し、
より大きな達成感を得ることができるのです。私は「偶有性の海」
に飛び込み、その瞬間を楽しむ事をおすすめしています。

ビジネス書だが、あらすじを書いた。とても面白くためになる、いい
本だった。わたしが頭から褒める本などあまりないので、われながら、
ためになったんだろうと思う。だが読んでいくと、同じことが何度も
繰り返されていたり、なんだか話しがアサッテの方向に飛ぶことがある。
(まぁアサッテに話しが飛ぶのは、茂木さんの頭の中が、
きっとそうなっているのだろう、とも思えるのだが……)
一応章だって書かれているものの、章があるのか、ないのか、
イマイチ分からない煩雑ぶり。しかしそれはあとがきを読んで納得した。
これは茂木さんの講演会の内容を、出版社の方がまとめた本である。
ご本人も「お得」と言っているが、なるほど本当にお得な本だと思った。
以前何冊か茂木さんの本を読んでいるが、それらに書かれていたことは
全て集約されているのではないか、と思えるほど濃密なものになって
いる。だからこの一冊さえ読めば、かなり濃厚な実感を得られるだろう。
この本に書かれているのは、タイトル通り「脳の変わる生き方」に
ついてである。人間の脳は、変わらない部分と「偶有性」を含む
変わる部分が存在する。その「偶有性」により出会う人に影響され、
人は次々に変わってゆくのである。その変化を避けてはいけない、
と茂木さんは言う。変わる、ということは、不安を孕むものである。
今後、自分がどうなるかわからない。しかし、だからといって
前へ進まず、じっとしていたのでは、自分の可能性を狭めるだけなのだ。
例えば元々「英語が苦手な脳」というものが存在しないように、
ただ、どういう方法が自分に合っているのか、というのを知らない
だけである。その方法を見つけるためにも、いつでも新しい場所に
飛び込んでゆくような気持ちが大切だと言うのだった。それが、
「どうなるかわからない」のなら、「ダメかもしれない」可能性と
同時に「上手くいくかもしれない」可能性も含んでいる。それらを
考慮し、「どうなるかわからない」状況を楽しめるようになったら、
人生を上手く歩いている証拠だろうと。この本では他人と関わりを
もつことを強調している。他人は自分の鏡であり、生きている
どうしようもなさを実感させる存在だと言う。なるほどまったく
その通りだと思う。それぞれの人に対応する時、自分の中に、
それぞれの自分が生まれるように、他人はいくつもの鏡となって、
わたしを映し出す。いろいろな人間がいるし、性に合わない人間だって
いるだろう。けれど、その存在を認め、言葉で否定しないことが、
大切であると。なんだか人生を説かれているような、本だった。
どんなに気分が落ち込んでいても、そうか自分は変われるのだ、
そう思うだけで、まとわり着いていた閉塞感から、光が見えるような、
そんな気分になった。みな、いろいろな閉塞感の中で、生きている
のだろう。ぜひ一度読んでみていただきたい。今まで相手にしていた
対応が、間違っていたのではないか、と見直すことができる。
それは相手のためでもあり、自分のためでもある。

★★★★★*93

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2010年1月17日 (日)

「欲望解剖」 茂木健一郎,田中洋

欲望解剖 (幻冬舎文庫) 欲望解剖 (幻冬舎文庫)

著者:茂木 健一郎,田中 洋
販売元:幻冬舎
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ビジネス書は、所詮ビジネス書どまりなのか。ちょっとあともう一押し
と言いたいができない。人間は理屈をこね、所詮人間の事を一番
分かっていないのだ、と。最初から最後まで知ってることばかり、
しかしほほぉなるほど、わたしは人間だと思う。どうしようもない。

ビジネス書なので、感想に突入します。
内容は「人間の欲望とはどこから生まれるのかどうして生まれるのか」
というようなことを、脳科学の分野と、マーケティングの分野から
考えてみるというもの。人間は、例えばコンビニエンスストアで、
ペットボトルドリンクを選ぼうと言うとき、平均2秒という時間で、
「これにしよう」と「選択」をするのだという。なぜそれを選んだのか?
人間の脳の働きと、人間が人工的に仕掛ける商戦について、
とても分かりやすく読むことが出来た。ただ、一つ感じたのが、
内容にとても奥行きがないということだった。なぜなら、脳科学は、
すべてを解明しているわけではないから。それに、この本は、
今現在に役立つのであって、100年後や違う国では、まったく意味を
持たない本になると予想されるから。その結果、現在生じている
現象例についてなどの詳しい説明は全くなく(ということは、今
生きている人間しかこの価値観を理解できない)、著者が勝手に
納得し書いている印象がある。(もちろん余談として申し分ないが)
しかしそう考えると、ある意味この本もマーケティングされた本
なのではないか、とも思えてくる。今読まないと、意味がない本、
という付加価値をつけ、ヒットを狙っているのである。ヒットしたか、
はしらないが……。話は戻り、内容は、というと、脳の働きや、
購買意欲など、眼に見えないものを説明するにあたり、いろいろな方向
から説明や例を挙げられているのだが、そのどれにも「ほほぅなるほど」
とか、「へぇそうなの」としげしげ思いながら、読むことが出来た。
勿論仮説であったりするわけだが、総合して理論がもっともらしい
というか、自分なりの答えとしても頷けるものだと思った。
なぜ日本人は学校に行くことに固執するんでしょうか。アメリカでは
在宅学習も広く勧められているし、通信制も盛んである。しかし
日本はいい大学に入ることだけに執着し、挙句、現在まったく意味の
持たない有名大学ばかりを目指していると。あとは、夢の話など
も興味深かったな。夢はその日に行った脳内の整理を行っているのだと。
わたしはよく変な夢をみるのだが、確かにそうかもしれないとも思える。
ちなみに今日は吉田修一と松本清張とわたしで食事をしており、
(まさに夢のようだ!)松本さんが「君、その酒を捨てるのは
もったいないじゃないか」わたし「すみません、つい」松本さん
「つい、じゃあないんだよ。酒は貴重なんだ。それに飲むときは
コップに移してから飲みなさい」わたし「すみません」吉田さん
「確かに合理的で人のを混ぜることもありませんね。そういえばそこに
ワンカップ大関がありましたけれど……」松本さん「それはわたしの
ものだ。君にやってもいいが」吉田さん「いえ、そんなつもりで
言ったわけでは……」松本さん「いいから貰っておきなさい」吉田さん
「ではこのワンカップ大関はお預かりしておきます」という夢を見た。
一体何なんだろうか。注目すべきは松本清張でなくワンカップ大関。

★★★★☆*86

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2009年12月24日 (木)

「女はなぜ突然怒り出すのか?」 姫野友美

女はなぜ突然怒り出すのか? (角川oneテーマ21) 女はなぜ突然怒り出すのか? (角川oneテーマ21)

著者:姫野 友美
販売元:角川グループパブリッシング
Amazon.co.jpで詳細を確認する


クリスマスに何が楽しくてこんな本を読んでいるんだろう、と思いつつ読了。
しかもどうにも同意できない残念な本。というか、つまらない本を読むから
毒舌が生まれるわけで、全ての本がつまらなくなかったら、きっとそんな
定義すらなくなるんだろう。とか、なんとか、きっとつまらない世の中だ。

ビジネス書なので、このまま感想に突入します。
まず始めに考えて欲しいのは女にも種類がある、ということです。
例えば中学や高校の時、同じクラスにいた女の子を思い出してください。
派手な格好をしたり、化粧をしたりして男の気をひいている女の子の集団。
漫画が大好きで、黙々と本を読んでいるような地味なメガネっ子集団。
どちらにも所属せず、学力向上を目指す優等生な女の子集団。
大雑把にわけても、大体これくらいのタイプはいたことでしょう。
で、この本に書かれている「女」は、1つ目の男の気を引いている女、
でした。なぜか、というと著者自身がそうだからでしょう。
中身には統計的なデータや、人間の脳内のしくみ、などの説明があり、
女は男よりも情報を伝達する神経が太いので、すぐカッとなったり、
いきなり泣き出したりするのは、いわばパニック状態なのである、
と書かれていました。なるほどー男とはそもそも構造が違うのね!
とそこまでは納得して読んでいたのですが、そこから突然著者の偏見が
入り始めて閉口しました。女の勘は鋭く、「なんとなく、そう思う」
という直感は当たっている。男は浮気をするとすぐばれる。男は鈍感だ。
などと、いきなり著者の考えが挿入され、呆然としました。
わたしの周りにはまったく空気の読めない女の子が何人もいます。
それはあなたの考えであり、「一般的女性」のことではないでしょ、
と言いたくなりました。そう、著者は最初に言ったように、
「男の気をひいている女の子集団」に属すると思われる女性だからです。
わたしとはまったくタイプが違います。だから読んでいて、
「女は○○というものだ」と断言されるたび不愉快な気分になりました。
あと、女は何かにのめり込みやすく、だから恋愛は麻薬のようだ、
と書いてあったけれど、そのあとのページには、男は何かの収集など、
「オタク」と呼ばれるのは男性に多い、と書かれていました。
明らかな矛盾ですね、どちらだってのめりこむものはのめりこむのです。
それを著者の判断でヘンテコな理論を繰り広げるので、ぐちゃぐちゃです。
それと、男を馬鹿にしているんじゃないか? と思えるほどの、
「女はこんなに繊細なのよ、男のあなたにはわからないと思うけど、
まぁ上手くやりましょ」的な高圧的な文章に、これを読む男性に
哀れみを感じました。普通、ビジネス書というのは、その分野を理解した
上で、噛み砕き、分かりやすく面白い例えをするものである。
この本は元の「女性のタイプがあるということ」を踏まえていない他、
分からない人間に、分かってもらおう妥協やサービスという精神が全くない。
それと文章をよく読み直しながら本を書いたほうがいいと思います。
おんなじことを何回も書いているし、要点やまとめが存在しません。
何だか男の人にこの本で「女がわかった」とされるのが残念に思います。
むしろ男性に書いてもらいたいですね、こういう本は、と思いました。

★★☆☆☆*55

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2009年12月20日 (日)

「自殺って言えなかった。」 あしなが育英会編

自殺って言えなかった。 自殺って言えなかった。

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小説ではありません。親が自殺してしまった、子どもや妻、もしくは夫が
語る「自殺について」の本です。自殺をするのは弱い人間だからだ。
そういう人はたくさんいる。残された家族は、好奇の視線に耐えなければ
ならず、また、そんな言葉から亡くなった人を認めることが出来ないという。
その気持ち分かります? いや、簡単に分かると言ってはいけない。
失ったものにしか分からない心を、悲しんでいる人を認めるのが大切なのだと。

小説ではないので、ここから感想というか、わたしの思いです。
わたしは今までずっとひとつのことを悔やんで生きてきました。
それは「自殺」した人を「病死」だと偽ったことです。
自殺するには、きちんと理由があります。その理由を世間体という
もののために、かき消し、ないものにしたのです。
今でもずっと、それだけが心残りです。
わたしは、中学生の時に友だちを自殺で亡くしました。
Tは幼稚園から中学校まで、同じ学校に進学した同じ歳の男の子でした。
わたしたちの中学校には、ひどいいじめが蔓延していました。
日々友だち通しの悪口が繰り広げられ、それに賛成すれば仲間、
しなければハブ、といった具合で、明日になったら、
親友が親友ではなくなる、裏切りに怯える毎日でした。
ハブになった子は見せしめに通学用の自転車を破壊されました。
置かれている教科書や私物はことごとく破られ、捨てられていました。
顔も見たことがない登校拒否児童がたくさんいました。
先生が精神病になったり、妊娠中の女の先生が男子生徒に蹴られたり、
窓ガラスが割られたり、試験問題が盗まれたりするのは、
日常茶飯事の事でした。それらのことがすべて「普通」だったのです。
ある日、些細な出来事でTがいじめのターゲットになりました。
隣のクラスからいじめの首謀者がやってきて、毎日Tを脅したてました。
「おい、金は持ってきたか」だの「殴らせろ」だの、そんなことを言われ
ながら、いつも教室から連れ出されていきました。しだいにTの学生鞄は
汚くなり、物がなくなったと言うようになりました。でも、わたしは
Tに対し親身になって話をしませんでした。いじめられているTと、
親しくしたり、守るような事をしたら、今度は自分がそのターゲットに
なってしまうのを知っていたからです。そしてそれはわたしだけではなく、
クラスの全員がそうでした。自分がそうなるかもしれない……
その恐怖に、わたしたちは見て見ぬふりを決め込みました。それはもう
一緒になってTをいじめていると言っても間違いではなかったのです。
誰もとめようとする気持ちを、もつことが出来ませんでした。
そんな矢先、Tは家の軒先で自殺をしました。
わたしは現実を受けとめることが出来ず、涙を流すことも出来ませんでした。
地元新聞のおくやみ欄にはTの名前があり、死因は「病死」
と書かれていました。わたしは愕然としました。わたしは葬式で
「迷惑掛けてごめんなさいね」と泣き崩れるTの母親の姿を思い出しました。
わたしは罪の意識に苛まれるようになりました。
本当はわたしたちがいじめを止めなかったから、Tは死んだのに……。
そして、そのいじめの風習と現状を認識してもらえないということ。
先生が精神病になったり、妊娠中の女の先生が男子生徒に蹴られたり、
窓ガラスが割られたり、試験問題が盗まれたりするのは、
日常茶飯事のこと……。それが「普通」……。
この「普通」を、ほとんどの人が分からないでしょう。
わたしは高校に入り驚きの毎日でした。
風紀のいいその高校は、授業中私語がないのです。
中学校では、授業中頭の上を野球ボールが飛び交っていました。
教室は話し声で満たされ、誰も教師の話など聞いていない。
あぁ、これが「普通」なんだ、と分かるまでに1年の時間が掛かりました。

なんだか、言いたいことがかけませんでしたが、わたしは今でもTのことを
よく思い出します。今生きて近くにいる友達よりも、顔立ちをはっきりと
思い出すことが出来、その声を思い出すことが出来ます。不思議です。
今もふとした拍子に、Tを思い泣くことがあります。
わたしが何かしていたら、死ななかったんじゃないか、とか。
わたしのほうが先に死んでいたら、死ななかったんじゃないか、とか。
もう何十回も、何百回も、何千回も考えた、ことをときおり強く思うのです。
この本はそう考えてしまう人への、(いや肉親なんだから、もっと強い
思いなのかもしれませんが)温かい勇気の言葉だと思いました。
少々「あしなが育英会のお陰」発言が多くて、残念に思いましたが、
そこから発展し、どうにかして「自殺」を湿っぽく暗いものではなく、
認識し、そして気持ちにせっしてもらいものにしたい、という思いを
熱く感じた本でした。あしなが、だけではなく、あるいは
そんなものを要するではなく、「自殺」という事実を認めてくれる社会が
来てほしいと、深く考えることができました。
ここ数年で、わたしもようやく笑えるようになりました。
Tのためにも、とそこまで大げさではありませんが、Tのぶんも
生きてみたいと思えるこころを、持つことが出来るようになりました。
がんばれるこころがほしい。

★★★★☆*87

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