2014年1月13日 (月)

「なぎさ」 山本文緒

なぎさ (単行本)

        山本 文緒 角川書店 2013-10-19
        売り上げランキング : 9827
                                                    by ヨメレバ
 
山本さんの待望の新刊とのことで、期待していました。
が、いつもの癖で文庫になるのを待っていようか迷って
いたところ、「王様のブランチ」で特集をやっており、
思い切って購入。久しぶりの山本さんは、一皮剥けていました。
 
故郷を飛び出し、静かに暮らす同窓生夫婦。夫は毎日妻の弁当を食べ、
出社せず釣り三昧。行動を共にする後輩は、勤め先がブラック企業だと
気づいていた。家事だけが取り柄の妻は、妹に誘われカフェを始めるが。
(amazonより)
 
王様のブランチで紹介されると売れる、というのは有名な話で、
ただ話題性で売れているのか、面白くて売れているのか分からないので
いつも購入を躊躇してしまうのですが、今回は思い切って購入して
よかったと思いました。山本さんの書籍は十四、五冊目ですが、
この本は過去の作品を振り返っても、どの作品にも
当てはまらず似てもいないものだと感じます。それもそのはず、
この本はなんと十五年ぶりの長編小説。書けないスランプの時期を
乗り越え生み出された作品なのです。内容は、「妻」「夫の部下」
「妹の恋人」という奇妙な三つの視点から描かれています。
読みやすさを追求するのなら、「妻」の他に、夫自身や妹の視線で
描かれればよさそうなのに、なぜこの三視点なのか。
初めを読んでいるうちは違和感がありました。しかし、読み進めるうち、
このいびつな三つの視線が交差し、より人間の感情の生々しさを
生み出していると感じました。物語は、波がゆっくり水面を描くように
静かに進んでいく。この本全体から漂う形の悪さは、まるで誰をも
傷つけないように気遣う主人公の心を描いているようでもある。
専業主婦になり手持ち無沙汰で何も持ち得ないような不安感から、
カフェの経営を手がけられるようになるまでの、慌しく自分が変わる様。
周りが動き出し、淀んでいた日常から、陽の当たる場所に上る途中の
様子がとても巧妙に描かれている。ぱっと明るい場所に出られたわけでは
まだない。小さな光はさしているが、いつ陰ってもおかしくないし、
ラストははっきりいって清々しくない。これがまた続くのだ、と
強く示される。しかし、始めの薄暗い視界はもうない。自分でも
薄く光の差す場所を探すことが出来るだろうと強く思う本でした。
主人公の両親について、一番もやもやしたまま終わったような。
もう少し描かれていてもいいかなと思いました。続いての新作に期待。
 
★★★★☆*86

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月22日 (水)

「アカペラ」 山本文緒

アカペラ アカペラ

著者:山本 文緒
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


山本さん、いよいよ新境地を開拓したな、と息を飲んだ本。確かに
文章は山本文緒なのだが、今までの山本文緒ではない。親しみある
山本文緒の世界をそのままに、パワーアップした空虚を味わうことが
出来る。突き放される、しかしそこには柔らかな虚無を感じられる。

「アカペラ」
ママが突然家出しました。タマや、探さないでください、ではじまる
置手紙。毎度の事ながら、いくらタマコという名前だからって、
タマや、なんて猫のように呼ばないで欲しいです。タマコは十五歳、
中学三年生。家出したママの他には、痴呆ぎみのじっちゃん、
金田泰造、七十二歳と住んでいます。タマコはそろそろ高校受験を
迎えるけれど、他の同級生のように高校に進学しようだなんて、
さらさら考えていません。タマコはじっちゃんが大好きだから、
今している服飾のアルバイト先に就職し、じっちゃんが死ぬまでの、
残り少ない時間を一緒に過ごしたいと考えているからです。
今時中卒なんて問題外だと、担任の先生は怒るのですが……。

来た来た来た!、思わずページを繰りながら、叫びそうだった。
近年稀に見ぬ、人の成長を富に感じた本だった。何せ、山本さんは
『プラナリア』で直木賞を受賞済みである。その時の衝撃も忘れがたい
ものだが、今回のこの本もそれをも越えるような躍進ぶりに、
ただただ感心するばかりであった。物語自体は、勿論『プラナリア』
の方が断然上質だったように思う。しかし、この本は同じく短編集で
ありながら、今までにない画期的な差があるのだ。1冊に3篇、という
微妙な長さ。山本さんにしては今までにない試みである(と思う)。
そして(大変失礼ながらも、)山本さんの長編には、
あまり面白い本がない。どうしても物語中に中だるみが生じる。
裏を返せば短編のエッセンス的な要素を描くことを得意としているので、
今まで出してきた本は、圧倒的に短編が多いのだった。それを踏まえ、
ここにきて、この長さである。しかも、この1編が終わった時の、
ずしりと残る、空虚感。最高である。山本さんは、言い方は悪いが
元も子もない話を書くのが上手い。頑張って頑張って作った自分
(主人公)のポリシーが、(いい意味でも悪い意味でも)ラストシーンで
完璧に打ち砕かれる。その様子が、読んでいてとても痛快である。
わたしは、山本さんの本を読み、空虚にも感触と味があるのだ、
と知った。この本、特に表題作『アカペラ』では、その空虚を
存分に味わうことが出来るだろう。何も考えずに読み終えてしまえば、
「そんなのってあり?」な話だ。献身的な中学生が、老人に恋し、
将来を投げ打とうとすら言う。しかし、最後の瞬間その現実は
打ち砕かれ、真っ白な思考停止が訪れる。今までの気持ちは嘘ではない。
しかし、そこに愛がなくなったら、一瞬にして虚無になり得るのだと。
柔らかく、温かい虚無である。感想を書いても思うが、この本は
以前の作品に比べ、格段にリアリティを感じた。比較的古い本を
読んでいたが、また単行本の山本文緒も是非読みたいと思った。

★★★★☆*88

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月19日 (火)

「まぶしくて見えない」 山本文緒

まぶしくて見えない (集英社文庫) まぶしくて見えない (集英社文庫)

著者:山本 文緒
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


なんかいつもと違うと思ったら、案の定コバルト文庫復刻版でした。
そうなんです、山本さんは少女小説出身の作家さんなのです。
わたしも知ってはいましたが、読んでみるのは初めてでした。
作風はそれもありかな、という感じで、しかし大変だな、と思いました。

七生は泳げない。飛び込み台に立っただけで、足がすくんでしまう。
その日も結局溺れてしまい、同じく泳げない伊戸川と共に教師に
怒られたのだった。教師は勉強だけは優秀な二人を前に、テストが
良ければ、なんでも許されるなんて思ってるだろう、と嫌味を言った。
頭にきた七生だったが、泳げるようになる自信はなかった。
高校受験が近づき、偏差値の高い高校を狙うことにした七生は、
評判がいいという伊戸川のいる塾に通うことにした。
風変わりな樺木による授業は面白く、また苦手な水泳も教えて
もらえることになり、充実した日々だった。何より年上の樺木を好きだ
と言う気持ちが芽生え、よりどきどきする。そんな時、受験する高校の
見学に行った七生は、その高校で樺木の彼女を見つけてしまうのだが……。

なんだか、読む気をなくさせてしまいそうなので、純粋に読んでみたい、
という方は、この感想を読まずにまずこの本をお読みになってください。
大変だな、というのは、「少女」という枠の中で描く、ということ。
わたしは山本さんの大人向けの他の本をだいぶ読んでいるので、
なんとなく羽を伸ばさず縮こまって頑張っている、という感じがした。
特に山本さんの魅力は、ストレスや苛立ち、そのストレスから解放
された時の開放感、何かへの固執、破滅的な恋愛、気持ちの蟠り、
などなど、どこからどう見ても「負」の描き方だと思う。しかし、
こういった少女向けにこれらを持ち込むことは出来ない。だから、
仕上がっている本は、それ以外を利用した物語であった。俗に言う
ピュアな恋愛、というヤツである。もちろん、まさしくピュアな
感じがしたし、それもありだなぁ、と言う気がしたけれど、持ち味、
と呼ばれるものは何も感じることが出来なかった。そこら辺の少女小説
と一緒に並べられ、著者名を伏せられたら見分けられないだろうな、
というような感じである。アサッテな言い分かもしれないが、
そんなことから、少女小説から一般小説に移ってくれてありがとう、
と感謝したくなった本だった。一方で、あとがきでも「今ならもっと
上手く書けそうだ、とむず痒い」「片腹痛い」などと山本さんも書いて
いるが、今大人の表現力と直木賞を得た山本さんの少女小説は、
ちょっと読んでみたいとも思う。しかし、このタイトル、ちょっと
賛成しない。まぶしい先にあるものが、どうも黒すぎるのである。
ピュアな恋に、初々しい学生という枠組み、そんな少女たちが、
まぶしくて眼を細めるのが、そんなものなのか? と残念に思った。
一度読んでみる価値あり、この本の後に「恋愛中毒」を読むべし。笑

★★★☆☆*83

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月15日 (木)

「眠れるラプンツェル」 山本文緒

眠れるラプンツェル (幻冬舎文庫) 眠れるラプンツェル (幻冬舎文庫)

著者:山本 文緒
販売元:幻冬舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する


相変わらず病んでいると思う。中学生と恋に落ちるなんて。
しかし、病んでいる時に読んだら、とても救われる本なのだ。
一度でも落ちてみないと分からない、あの暗闇の中で
過ごしたことがある人なら、そうなの、なんでわかるの、と思うのだ。

起きてから私のすることといったら、パチンコに行くくらいだろうか。
帰り際、スーパーで大量の食料を買い込み、帰宅する。
女一人で食べるには多すぎて、大半は捨ててしまう。知っていながら
私は買い込み、特に何するわけでもなく、家の中でゴロゴロしているのだ。
暇だ。しかし、暇が嫌いなわけではない。夫が「好きな事をしたらいい」
と言ったように、私は好きな事をしているだけなのだ。
そんな私は、隣に住む中学生の男の子に恋をした。名前はルフィオ。
勿論、本当の名前は別にあるのだが、私は心の中でそっと呼んでいるのだ。
愛しい、愛しい、ルフィオ……。ある日、ルフィオは飼っている猫を
見せてくれといって家を尋ねてくるのだが――。

ただ何の思い入れもなくあらすじだけ読んだら、何とも気持ちが悪い本
である。何たって、人妻が隣の家の中学生をたぶらかし、
その上寝てしまうのだ。それを恋だ、と言ったとしても、世間の目は
「変人」扱いするだけで、冷たい視線を浴びせられるだろう。
現実はそうなのだ。しかし、「変人」はどこにでもいる。
誰が「変人」になるか分からないし、ちょっとした理由で「変人」に
なってしまうかもしれないのだから。専業主婦となり、
一切仕事をしなくなる。子どももできず、あまり社交的ではない。
夫とは上手くいっているようで、しかし現実を避けているだけであり、
「なんで子どもを作らないの」などと近隣の奥さまたちから言われ、
陰口を叩かれる。おまけに夫に押し付けられた猫の存在により、
嫌がらせが始まる。一体誰なのか。近隣の人たちみんなが怪しく思える。
相談できる人もいない。そんな状態では、どんな人間であっても、
何かにすがりたい気持ちになってくるのではないだろうか。
山本さんの凄いところは、その気持ちを1つずつ頷かせてくれることだ。
いつしか、読んでいる読者さえも、もしかしたらこの中学生に
好意を抱いてしまい、「私」と同じ行動を取ってしまうのではないか、
と思えてくるのだった。それと、山本さんはきちんと暗闇を知っている。
「鬱」と呼ばれる隠隠滅滅としたあの暗闇と、精神の定まらない
不安定さを、とてもよく知っているのだ。それを経験したことが
ある人にとって、だからするりと沁み込んでくる。そう、そうなの、
私もそうなのよ、と思わず山本さんに伝えたくなるのだ。
思わず猫を窓から落としてやりたくなるように、自分を解放できる日を、
今か今かと、みんな思っているから。

★★★★☆*86

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月28日 (月)

「そして私は一人になった」 山本文緒

そして私は一人になった (角川文庫) そして私は一人になった (角川文庫)

著者:山本 文緒
販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


久しぶりにエッセイを読んだ。そもそも私はエッセイが嫌いである。
特に小説家のエッセイ。なぜなら、小説家って言うのは作り話を書く人種で、
エッセイもまた、作られた感が否めないからだ。本心、と言うより、
ちょっと着飾った感じを得ることが多いから。でもこの本は良かった。

(本文より)
そして私は一人になった――。
三十ニ歳にして、私はやっと一人暮らしをはじめました。
十代の後半から、ずっと長い間一人暮らしをしたいと願っていたにも
かかわらず、様々な事情に阻まれ、時にはお金や勇気が足りなくて、
あるいは結婚してしまったりして、その希望をなかなか実現できないで
いました。それがこの歳になって「一人暮らしをできない理由」というのが、
一つもなくなっていることに気がつきました。
遅ればせながら、やっと独立宣言です。

この本を読むと、なんだか日記をつけたくなる。私は日記を続けられた
ためしがない。読書録とか、そいうのはまだいいとして、日記は大抵7月頃
になると、ページが白くなる。年の初め、よし!つけよう、と張り切るものの、
毎年、同じようにそうなって、年末まで続かない。きっと心のどこかで、
今年こそは、と考えているのに、何も変わらない単調な毎日に、
いろんな感情が、飽き飽きしてくるんだろう。それと、そう、つけた日記を、
絶対に読み返さないのも、問題なのかも知れない。なんて言うか、
昔の自分が、恥ずかしくて恥ずかしくて、仕方がないのだ。そう思い続けていた
日記というものだけど、この本を読んでいたら止まっていた日記を
つけてみたくなった。今は10月。勿論、私の日記のページは真っ白である。
この本を読むと、何だか山本さんと友達になったような気分になる。
勿論、そんな思い込みの激しい人間ではないが、包み隠さない山本さんの
文章は、まるで読んでいる自分にだけ、秘密を教えてくれているようで、
秘密の日記を見せてくれているようで、何だかとても親近感があるのだ。
山本さんの本には精神病が関わっているような本が多い。
私がそれをとても面白いと思い、また世間一般で評価されるのは、
それだけその病気で悩んでいる人が多いからなんだろう。
終わりに4年後の人気がおまけでついているが、忙しくなった山本さんは、
とても急いている様だ。そして疲れているようだ。それが成長と言うのか?
よく分からないけれど、「4年」と言うのがどういうことなのか、
変わらない毎日に、でも変わり続けるという成長を見せてもらった気がする。

★★★★☆*87

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月20日 (木)

「きっと君は泣く」 山本文緒

きっと君は泣く (角川文庫) きっと君は泣く (角川文庫)

著者:山本 文緒
販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


期待していたんだけど、肩透かし。非現実的な設定のせいか。
でもまぁ、山本さんの長編は、非現実的なものが多いんだけど。
なんと言うか、創造されちゃってる部分が多いんですよね。
そう思えてしまうのは、きっと人物に生活感がないからかな。

私の「椿」という名前は、祖母がつけた。
美しく、けれど変わり者として親戚から犬猿されていた祖母。
そんな彼女が私は大好きだった。祖母は私のことを見ては、
「昔の自分にそっくりだ」と言った。もしも年老いたとしても、
祖母のようになれるのなら、ちっとも怖くはないと思えたほどだ。
しかし、とある事故から祖母は壊れていった。
入院のせいで体力は衰え、だんだんとボケが進み始める。
もう私のことを見ても、自分の孫だとは分からなくなったようだ。
祖母を見ながら、私は早く死んでしまえばいいのに、と思う。
そんな私に、あなたが代わりに死ねばいいと人は言う。

山本さんの本は、感情は本物でも、ストーリーは偽物だ。
それが小説じゃないか、と言われてしまえば返す言葉がないが、
長編になると、その足りない部分が浮き彫りになる。
一つ一つ描かれる感情や葛藤は、「そう、そうなの」と、
頷いてしまうくらい的確である。だから短編集はかなりいい。
でも、長編になると、その感情にいたるまでの、
必要だと思われる心理変化が、あまり書かれていないのだ。
この本にいたっては、行き当たりばったりの人生の女、
を描いているのだが、感情に纏まりがなく、その心理変化が皆無。
最後には深く考える女になるのだろうか?と期待していたが、
改善されるでもなく、バッドエンドに終わる。
確かに、店を飛び出しても追いかけてこないあの男は、
選ぶべきではない判断になるのかもしれないが、
それにしても、「好きじゃないわ」と言った男について、
「待ってるって言っちゃったから」と、一人ごちるまでの、
心理変化を、ぜひ文章で味わいたいものだった。
感情をあまり書かない東野さんの方が、余程描いているように
さえ思えてしまった。うーん、私はちょっとパスな本。
また違うときに読んだらいいのかもしれない。

★★☆☆☆*70

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月13日 (木)

「みんないってしまう」 山本文緒

みんないってしまう (角川文庫) みんないってしまう (角川文庫)

著者:山本 文緒
販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


この本の全てを凝縮したら、山本さんになるのではないか、と思う。
色々な人間が書かれているのに、どこか遠くでは繋がっているような。
それをあらわすのが「みんないってしまう」という言葉だろう。
是非あとがきまで読んで欲しい。むしろ先に読んでもいいくらいだ。

「裸にネルのシャツ」
その日マンションに帰ると、部屋の中には何もなかった。
そもそもを辿れば、些細な喧嘩だったはずだ。私は彼を怒り、
「そんなに嫌いならこの部屋を出て行け」と言ったら、
彼は本当に出て行った。その日の事を私はまだ思い出す。
あの頃、仕事が波に乗り有頂天になっていた私は、世間を甘く見ていた。
私の絵はみるみるうちに売れなくなり、金がなくなった。
金はなくなったが、彼が一緒だから頑張れると思っていた。
しかし、彼は少しの喧嘩で私を捨て、去っていった。
一番支えて欲しい人を失った私は、今までの自分をやめようと、
持っていたもの全てを売った。けれど、彼の残していった、
一枚のネルのシャツだけが売れ残った。記念にと手元に残した。
けれど今、ふり返りなどせず捨ててしまえばよかったのだと、強く思う。

短編集。一番最初に読んだからか、「裸にネルのシャツ」が一番
印象深かった。寄りかかろうとしたら、去ってしまった彼。
しかし数年たち、彼は助けを求めてくる。自分は助けるべきなのか、
良くわからないまま立ち尽くすしかない。
最後に「私は今、暗い大きな穴の底から、黙ってこちらを見上げて
いる彼をじっと見下ろしていた。」という文があるのだが、
そんな「私」の気持ちを最も的確に表す比喩で、感嘆ものだった。
そもそも、少しの期待を持って手元においておいた、
想い出のネルのシャツさえ、あの時捨てていたら、
いっそ潔く、彼を見捨てて去っていけたかもしれないのに。
その気持ちが、まるで自分のことのように感じることが出来て、
「そうそれが言いたかったの」と清々しく思えるような、
言い当てられて胸が空くような、不思議な感覚を味わえる。
この本は「みんないってしまう」、その時に、主人公は何を思うのか。
というメッセージを込めて書かれている。
人間なんて、いつだって一人なのだ。ただ害のない人間を選び、
近くにいるだけだ。けれど、いざそれが離れてしまうと、
人は狼狽するんだろう。それはきっと、その人が大切だから。
そんな当たり前なことを、だけど的確に、優しく、山本さんは教えてくれる。

★★★★☆*88

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 4日 (火)

「絶対泣かない」 山本文緒

絶対泣かない (角川文庫) 絶対泣かない (角川文庫)

著者:山本 文緒
販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


こちらも久しぶりに山本さん。凄く良かった、さすが山本さん。
これも短編集だけど、山本さんは長編よりも短編の方が上手い。
何と言うか、味があるのだ。なぜこんなに短い文章で、
読者を引き込み、最後に何らかの感情を与えることが出来るのかと。

「今年はじめての半袖」
私は死のうと思った。理由は失恋したから。
同じ会社内で付き合っていた彼は、私を振り、
私よりも甘え上手な社内の女と付き合い始めたのだった。
何ともステレオタイプな話だが、私はどうしても立ち直れるとは
思えなかった。あんなに楽しみにしていたアフター5も、
今では辛い時間でしかなかった。私は会社を辞め、百貨店に就職した。
時間を忘れるため、遮二無二働いた。残業もした。
いつも彼の事を考えていた。それから2年が経ち、
場に馴染み始めた頃、あの時の彼が百貨店に現れた。
もう一度付き合わないかと言うのだが、その時私は……。

とてもいい短編集である。なぜこんなにも短い話で涙を誘えるのか。
さり気なく書く山本さんの文章の中に込められた凄さを、
この短編集では味わうことが出来る。特に好きだった、
この『今年はじめての半袖』のラストでは、
「生きていて良かった」と物語が締めくくられている。
死のうにも、自分の葬式を両親に出してもらうわけにもいかず、
人間はどんなに悩んでいたとしても、生きなければならない。
地を這うように落ち込んでも、それは同じことで、
けれど落ち込んだことがあったからこそ、
あのとき死ななくて良かったと、生きていて良かったと、
そう思えるんだろう、と。私はそう思ったことはあるだろうか。
大げさではなく、ささやかに響くのその思いを。
そんな事を考えながら読むことが出来た。
あと、いつも彼の事を考えていたのに、いつしか愛ではなく、
違う何かに変わっていたのだという事実も確認することが出来る。
その他『ものすごく見栄っぱり』や『真面目であればあるほど』
もとても好きだった。一度に読んでしまうのがもったいないほどだった。
毎晩1話読んで寝る、とかいいかもね。私は気になって次が読みたくて、
そんなことは無理なんだけど(笑)この本ではちょっと明るい
山本さんが読めます。暗い卑屈な山本さんも久しぶりに読みたいなぁ。

★★★★☆*93

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 8日 (水)

「ファースト・プライオリティー」 山本文緒

ファースト・プライオリティー (角川文庫) ファースト・プライオリティー (角川文庫)

著者:山本 文緒
販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


31人分の31歳の物語。山本さんは短編の方が好きだな。
SSだったので、ちょこちょこ読んで二ヶ月くらい鞄に入っていた
かもしれない。そう言えば、私は31という数字がとても好きである。
ご覧の通り、このブログも31……理由を誰かに話したことはない。

「旅」
私は週末になると旅に出る。別に目的の場所はないから、
帰り道、金券ショップを覗いては、安くいけそうな場所を
探してそのチケットを買って、一人で旅行するのだ。
今日は鹿児島行きのチケットが安かった。
私は早速それを購入して、「出張のついでに」と言いながら、
宿に向う。値段の割りにいい宿で、一人のんびりするのだった。
31、その微妙な歳に何を思うのか。

一番この話が良かったのだが、いい話は他にもたくさんあった。
「嗜好品」や「空」も私の好みだった。まぁ、「嗜好品」は
麻薬の話であるし「空」どっちつかずな女の話なのだが、
そのSSとして区切られた一瞬の虚しさや想いが、
この話の中には絶妙に詰まっている気がするのだった。
全ての主人公が31歳であると、私は中盤になってようやく気づいた。
未だ到達していないその年齢に、一体どんな意味があるのだろうか、
と未知数な期待が膨らむ。その頃までには、願わくば子どもがいると
いいなぁ、と思うのだが、まぁそれは運というものだろうか。
私は最近31歳の頃の母を思う。また、31歳の頃の祖母を思う。
もちろん父だって祖父だってそうなのだろうが、
子どもを生み育てる彼女たちは、果たして何を思っていたのだろうと、
今頃真剣に考えるのである。私を育てるために犠牲にしたその時間が、
今の私にもゆくゆく訪れるのだろうと思うと、何だか奇妙な気持ちに
なるのだった。と、本の話とずれてしまいましたが、
いろんな意味で31と言う年齢は考えさせられる歳なのだと思う。
30を越え、もう20代には戻れないと言う強かな思いも生まれ、
子孫を残すべきかの選択が待ち受けているのである。
いつしか訪れるその歳までに、私は一体何が出来るだろうと、
本当に、今更考えた本だった。そう思わせる31歳の胸の空く思いが、
詰まった本なのである。もちろん31を越えた人間でも存分に
楽しめる話である。私もその頃にもまた読みたいと思う。

★★★★☆*87

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 6日 (日)

「恋愛中毒」 山本文緒

恋愛中毒 (角川文庫) 恋愛中毒 (角川文庫)

著者:山本 文緒
販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


長い道のりでした、はい。珍しく三週間くらい読んでました。
そもそも、恋愛小説を私が読もうとしたのが間違いだった。
そしてこれは「恋愛」に「中毒」している話なんだろうか?
よく分からないけど、面白くはなかった。

僕の会社には、水無月という古株のおばさんがいる。
社内では社長の愛人であるという噂が立っているような人で、
この人には逆らわない方がいいと先輩が言っていた。
そんな彼女とある時二人きりで酒を飲まなくてはならなくなった。
社交辞令として聞いた彼女の恋愛話だったはずなのに、
彼女は自分の過去を淡々と語り始めた。
恋愛に「中毒」になった女が明かす、深く熱く暗い過去を。

果たして「中毒」とはどのような状態を言うのであろうか。
辞書を引くと、「毒にあたること」とかしか出てこないのだが、
要するに麻痺して何度も同じ事を繰り返してしまうことだろう。
もしくは、その甘美な世界に酔いしれることである。
麻薬とか、薬とか、そんなところと同じじゃないだろうか。
それで考えなくてはいけないのは、前の語「恋愛」との関係である。
「恋愛」に「中毒」になるということは、どんなことか。
酷い別れ方をして、もう男となんか付き合うものか、
と思い、けれど新たな男に惚れてしまう……
簡単に思いつくのは、こんなところじゃないだろうか。
これが一般的である。しかし、この小説は毒がある。
そもそもこの水無月という女の「恋愛」という要素が、
かなり偏屈で偏っているのだ。
男が自分のものにならないと必要に付きまとうという性悪な、
ストーカー的性質を持った女である。
そんな女の恋愛中毒。かなりあくが強すぎて、どこをどう楽しんで
「恋愛中毒」とすればいいのかよく分からないのである。
おまけに私は恋愛小説が嫌いである。
山本さんだからいけるだろうか……と思ったのだが、
少し甘かったらしい。残念。もう少し大人になったら読みましょう。
大人になっても変わらないかなぁ。

★★☆☆☆*75

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

***このブログのあれこれ | *ライブ(セットリスト一覧) | *映画・DVD (85) | *漫画 (18) | *読了本(678) | *雑談 | *雑談(エッセイ的なもの) | ■作家別一覧('12.12.01) | ■個人的お薦め本 | □掲示板 | あ あさのあつこ (15) | い 伊坂幸太郎 (20) | い 伊藤たかみ(6) | い 石持浅海 (6) | い 石田衣良 (6) | う 歌野晶午 (5) | お 乙一 (15) | お 大崎善生 (3) | お 奥田英朗 (7) | お 恩田陸 (6) | お 荻原浩 (10) | か 上遠野浩平 (7) | か 川上弘美 (8) | か 桂望実 (4) | か 海堂尊 (6) | か 角田光代 (38) | か 金城一紀 (5) | き 北村薫 (5) | き 桐野夏生 (8) | さ 佐藤多佳子 (7) | さ 桜庭一樹 (6) | し 島本理生 (5) | し 時雨沢恵一 (8) | し 重松清 (8) | せ 瀬尾まいこ (8) | た 太宰治 (5) | た 谷川俊太郎 (7) | つ 津村記久子 (4) | と 豊島ミホ (10) | な 夏目漱石 (11) | に 西澤保彦 (6) | ひ 姫野カオルコ (4) | ひ 東野圭吾 (22) | ほ 本多孝好 (8) | み 三崎亜記 (3) | み 三浦しをん (5) | み 宮部みゆき (17) | む 村上春樹 (17) | む 村上龍 (4) | も 本谷有希子 (4) | も 森博嗣 (24) | も 森絵都 (7) | や 山本幸久 (2) | や 山本文緒 (13) | よ 吉田修一 (23) | よ 横山秀夫 (10) | 他 その他:ノンフィクション・ビジネス書等 (15) | 他 その他:女性作家 (64) | 他 その他:男性作家 (96) | 他 アンソロジー (7) | 海外 その他 (5) | 海外 ミステリー (5) | 記事収納庫