2011年11月 6日 (日)

「平成猿蟹合戦図」 吉田修一

平成猿蟹合戦図 平成猿蟹合戦図

著者:吉田修一
販売元:朝日新聞出版
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吉田さんやっと新刊出した!と思ったらなんですかこの本は……と絶句
した本でした。新聞に連載されていたようですが、これを毎日読む気力は
なかなか起きないだろうな、と思ったりしました。うーん吉田さんは
何を書きたかったのだろうか?『長崎乱楽坂』並によく理解できない本。

歌舞伎町で働くバーテンダーが、ニッポンの未来を変えていく!? 
新宿で起きた轢き逃げ事件。平凡な暮らしを踏みにじった者たちへの
復讐が、すべての始まりだった。長崎から上京した子連れのホステス、
事件現場を目撃するバーテン、冴えないホスト、政治家の秘書を志す女、
世界的なチェロ奏者、韓国クラブのママ、無実の罪をかぶる元教員の娘、
秋田県大館に一人住む老婆……一人ひとりの力は弱くても心優しき8人の
主人公たちが、少しの勇気と信じる力で、この国の将来を決める
“戦い”に挑んでゆく! 思いもよらぬ結末と共に爽快な読後感が
やってくる、著者の新たな代表作。
(Amazonより)

始めに言っておこう、この本は「著者の新たな代表作」、ではない。
50ページくらいから既に嫌な予感がしていたのだが、行きつく先の
見えない話は行き着く先が見えないまま終わった。一体何が書きたかった
のか正直に謎だらけの本である。恐喝していながらもいつの間にか
逃げ腰になる気弱な青年とホステスの色恋?が書きたかったのか、
はたまたチェロ演奏者との事件性を強く書きたかったのか。どの要素も
中途半端で、ぐちゃぐちゃした様子。九州出身の登場人物が色濃く
描かれる中、東北地方出身の登場人物が途中からプッシュ、東北話が
進められ、この部分でも一貫性のないまとまりのなさが強調されていたよう
に思う。そもそもの話、童話「猿蟹合戦」がどんな話だったのか、
すっかり忘れていたので(いまも読み返していないのでいまいち思い出せず)
そんななか読んでいたからか、どこがどう猿で、どこがどう蟹なのか、
という根本的な部分でも楽しめていなかった。こんなタイトルにしたのだ
から、合間で原文の解説でも入れたらよかったのでは……と思わなくもない
曖昧な解釈で進められるストーリーは、やっぱり内容も曖昧になってしまって
いて、残念だった。本当に、吉田さんは何が書きたかったのだろうか?
その部分を理解できない自分が大変残念でもある。でもとても面白くなかった。
ところで、文中で主人公たちの「こころのつぶやき」みたいなものがあって、
それがとても微妙でもあった。方言で話される心の呟きが、その人物の
個性を伝えてくれる半面、「ツイッター」のような、あるいはリアルタイムの
対戦ゲームのふきだし、を読んでいるこそばゆさのような雰囲気もあり、
小説、として本当にそうした書き方が適当か、と問われた時に、
現代風にアレンジした少し虚しい心情表現法のようにも思え、どうも好きに
なれなかった。ってずたぼろに書いてしまった、ごめんなさい吉田さん。
次回作品に大いに期待しております。

★★☆☆☆*65

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2011年2月18日 (金)

「パレード」 吉田修一

パレード (幻冬舎文庫) パレード (幻冬舎文庫)

著者:吉田 修一
販売元:幻冬舎
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もう何回読んだかわからないが、とりあえず再読である。この本を読むたびに、
「あぁ、やっぱり吉田修一たまらないわぁ」としみじみ思い最後のページを
閉じる。『悪人』も『東京湾景』も『最後の息子』もお薦めだが、
躊躇している方、やはりこの本を読んでおいていただきたい。

ひょんな事から始まったヘンテコな5人生活は、まるで密入国者。
芸能人の彼氏を待ち続ける琴美に、酒豪で売れない絵師・未来、
やる気のない大学生・良介に、寝言の奇妙なサラリーマン・直輝。
そして一人傍観しいるような、男娼・サトル。
適度な馴れ合いと適度な詮索で、微妙な愛情や友情が生まれても、
結局のところ、お互いの事を本当はよく知らない。
この2LDKのマンションでは、皆、それぞれ仮面を被っているようで、
笑い声が響くその空間は、誰か違う4人が生活しているようだ。

改めてじっくり読んでみた。勢い余って2回連続で読んだ。そうして
わかったことだが、ここに登場するそれぞれ5人の人物は、
自分ではなく他人を語りたがる。これは吉田修一の作品全般に言える
ことなのだが、主人公が「僕は」「私は」と主語を置きながらも、
描写されているのは、周りの人物ばかりなのである。そのだらりと流れる
ような、親密でさり気ない文章は、それを気づかせない。第一章目では
良介の話であるはずだが、人となりがよくわかるように説明されているのは
琴美についてである。本人の思っている「自分」と他人が思っている「自分」
の相違について、読者は気づかずうちにの引き込まれているのだ。本人を
合わせ5人の人間から語られる1人の人物像は、それはそれは気持ちが悪い
ものだ。「気持ちが悪い」というのオーバーだが、ぐにゃりと歪んだものに
見える。今回また一つ見つけたのは、直輝とサトルがラーメン屋に行く
シーンで、だった。2人はラーメン屋で坦々面を食べ、スープまで飲み干す。
語り手であるサトルの視点ではたしか「(味の)濃そうなスープ」と
なっていたが、直輝はそれを平然と飲み干すのである。直輝は健康オタク
だったはずだ。バナナプロテインを自作し、ジャスミンティを毎日飲む。
誰かが飲んだら分かるように印をつけていそうな几帳面さで通っている。
そして、ジョギング好きだ。そんな人間が濃そうな坦々麺のスープを
飲み干すだろうか? ここから読み取れるのは、それらの「几帳面」
「健康オタク」という直輝は作り物ということだ。本当の直輝は、
塩辛いラーメンのスープを飲んでも何とも思わない人間で、きっと
健康のことなどそれほど重要視していないのだ。だけど、この家の中では、
直輝は「几帳面」「健康オタク」な役を演じているのである。そして、
ふとした瞬間に「演じさせられているのではないか」と気づくとき、
吉田修一がこの本を書いた理由を一つ知る事が出来るだろう。
もっと注意深くこの本を読んだら、こういう箇所がたくさん出てくるのだろう。
吉田修一の怖いところは、その「本当」を、するりと他の文に滑り込ませる
ことだ。一度読んだだけでは気づかない。しかし読み手の頭の中のどこかに
はすうっと引っかかっていて、最後の最後に、「ぞっ」させ愕然とさせる
のである。でも本当はみんな「知っている」のだ。だから、とりわけ
誇張して、その相違点を挙げたりしない。知っていることはある意味罪であり、
だからこそ、知っているとわからせないことこそ、歪んだ愛であるようにも
思えてくる。何度読んでも読んで良かったと思う小説である。

★★★★★*94

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*過去の感想文(2008/8/31)

パレード (幻冬舎文庫) パレード (幻冬舎文庫)

著者:吉田 修一
販売元:幻冬舎
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再読です。そうかぁ、吉田さんに出会ってもう2年も経つんだなぁ、とか、
別なところでしみじみしながら読んだ。まぁ旅行先で時間を潰すため、
ヴィレバンで買った、という浅い動機の再読だったのだが。
大分では吉田さんが推されていて、よくわかってるじゃん、と思った。

ひょんな事から始まったヘンテコな5人生活は、まるで密入国者。
芸能人の彼氏を待ち続ける琴美に、酒豪で売れない絵師・未来、
やる気のない大学生・良介に、寝言の奇妙なサラリーマン・直輝。
そして一人傍観しいるような、男娼・サトル。
適度な馴れ合いと適度な詮索で、微妙な愛情や友情が生まれても、
結局のところ、お互いの事を本当はよく知らない。
この2LDKのマンションでは、皆、それぞれ仮面を被っているようで、
笑い声が響くその空間は、誰か違う4人が生活しているようだ。

この本の魅力は、再読するごとに違った感想を得られることだ。
同じ小説のはずなのに、読むたびに違った感情が生まれるのである。
と言うことは、きっと読む人にとってそれぞれ異なる捕らえ方をし、
消化されているのだろうと思うと、改めて秀逸な本であると思う。
正直なところ、読後感は前回のほうが良かった。
明るい四人の話の後に、ブラックな直輝な話で締めくくる。
その低空飛行感がとても好きだったのだ。
しかし、今回感じたのは、より深い異様さの浸透とベールである。
「俺だけが酷く恨まれているように感じた」と直輝の文にあるのだが、
この部分を読んだとき、私は鳥肌がたった。
そう、思い返してみれば直輝のことを皆話していないのだ。
話していたとしても、「しっかり者の兄貴分」のような感じで、
直輝と~をした、や意見が出てくるシーンはほぼない。
けれども、彼ら四人は直輝のあのことを知っていたのだ。始めから。
「ねぇ、これ絶対サトルだよ」指名手配書を見てそう言った未来は、
そのとき果たして何を考えていたのだろうか?
もしくは、直輝が犯人だと知ったのはどこからだったのだろうか?
一緒に暮らす人間の中に殺人鬼がいると分かったと言うのに、
表情を変えず何も語らない彼ら。その様子を確認したとき、
更なる恐怖が読者を襲うだろう。これは本当に恐ろしい小説である。
そして、こんな恐ろしいことが、まるで現実にあり得るかのように、
リアルに描く吉田修一は、本当に恐ろしい人である。
人が人を殺すのは、それほど異様なことではないのだ。
そう物語っているようで、それを見ない振りする私たちを、
必死に気づかせてくれているようで、それに気づいてしまったとき
たぶん人は吉田修一から離れられなくなるのではないかと思う。

★★★★☆*90

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*過去の感想文(2006/12/5)

パレード パレード

著者:吉田 修一
販売元:幻冬舎
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まさかあんな結末がくるとは思ってもみなかったのですが、
ラストを何とも言えないダークな感じにもって行く、それがまさに吉田さん。
振り返ってみれば、あんなに爽やかだと思っていた「WATER」だって、
完全な爽やかさではなかったし、その明るさの中に潜む闇が、
いい物をさらに輝かせているよね、と思い直した作品。
うーん、好きだ。直輝くん(笑)

ひょんな事から始まったヘンテコな5人生活は、まるで密入国者。
芸能人の彼氏を待ち続ける琴美に、酒豪で売れない絵師・未来、
やる気のない大学生・良介に、寝言の奇妙なサラリーマン・直輝。
そして一人傍観しいるような、男娼・サトル。
適度な馴れ合いと適度な詮索で、微妙な愛情や友情が生まれても、
結局のところ、お互いの事を本当はよく知らない。
この2LDKのマンションでは、皆、それぞれ仮面を被っているようで、
笑い声が響くその空間は、誰か違う4人が生活しているようだ。

1つの部屋の5人の視点から書かれたストーリは、色彩豊かで凄く面白い。
良介がかったるそうな口調で浮気を相手する覚悟を決めたと思えば、
恋愛に溺れる琴美が良介を批判し、恋愛を拒絶する未来は琴美を受け入れない。
そんな入り組んだ思いがそれぞれの中に隠れているのに、
みんなが集まる部屋ではそれらがオブラートに包まれ決して現われはしない。
だから5人でいれば凄く楽しくて、仕方が無い。
でもその五角形を違う人物の視点から注意して見ると、
全く違う感性で、全く違う思いを抱いているのだ。
本当の自分を隠さなくてはいけないのに、
じゃあ何で5人で住んでいるんだろう?と改めて考えると、とても難しい。
5人がお互いをどう考えているのか、それがよく判る話。
一人は一人を信頼していて、でもその片方は違う方にベクトルが向いている、
それは遠目で見れば世界をこの5人の部屋に押し込めただけであり、
人間と関わると言う根本的な事ではとても自然な事だと表現されている。
しかし同じ部屋に住む、と言うことだけで生まれる絶妙な人間関係や、
その絶妙な関係から生まれる、どこと無く疑ったような、批判するような
5つの視点からの交差関係が、とても面白い。
特に最後、直輝のした行動を黙認していた彼ら。
4人の視点ですら語られなかった事実は、「オブラートで包まれるべき物」
でここにいるためには、語るべきではない・・・として処理されたのかな、
とか思った。どうなんだろう、本当のところ。

「パレード」って最後まで意味が判らなかったんですが、
パレードは賑やかで楽しいけど、そのパレードをやっている人間も、
それぞれが考えをもって生きている、とかそのへん?かな。
実は山本周五郎賞、いいです。

★★★★★*94

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2010年2月17日 (水)

「悪人」 吉田修一

悪人(下) (朝日文庫) 悪人(下) (朝日文庫)

著者:吉田 修一
販売元:朝日新聞出版
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するすると頭に入ってきて、だけど素直に出て行くわけではない
吉田さんの文章。頭の中でぐるぐると、いろんな人間が文句をいい、
世の中を嘆き、ときには衝突して、愛し合いながら去ってゆく。
なぁ、これのどこか悪いんだよ、と尋ねられても答えは決まっている。

福岡市と佐賀市を結ぶ国道263号線。そこに跨る三瀬峠には、
霊的な噂が耐えない。都市までは遠く、明かりの乏しいその道では、
どんなに車のスピードを上げたとしても、提灯を片手にこわごわと
夜道を歩いているような気分になる。実際に霊をみたという証言も多く、
薄気味悪さが漂うのだった。二〇〇一年十二月十日、その三瀬峠で
石橋佳乃の死体が見つかった。首を絞められ殺された挙句、谷底に
突き落とされていたのだった。保険外交員であった彼女は、
その前日の夜、誰かと待ち合わせをしていた。周りの友人たちはそう
証言し、それは以前バーで知り合った増尾圭吾ではないか、とされた。
増尾圭吾は以前行方不明である。友人の話から、佳乃は他にも、
出会い系サイトで知り合った男とデートを繰り返していたらしいのだが……。

文庫版になって2冊になった。なってみると、ちょっと不思議な感じ。
実は単行本を3冊を持っているのだが、何度も単行本を開いたので、
この一つの話が二つに分かれるのか、と思うと、違和感があるのである。
東野さんの『白夜行』とか、ブロックみたいな厚さをしているが、
あれはきっとご本人の希望なんだろうな……とか考えたり。
だって、700Pとか尋常じゃないページ数だった気がするし。まぁ、
そんなことはさておき、だいぶ久しぶりの再読は、また違った思いを
抱いた。それにしても吉田さんの本は本当に不思議で、読むたびに、
違う感情を持つ。それはきっと吉田さんの人物の描き方に、特徴が
あるからではないかと思った。吉田さんは主人公に語らせないのである。
主人公を語るのは、すべて周りにいる人間ばかり。今回の主人公は
祐一だが、その祐一が自らの心情を語るシーンはほとんどない。
思い返し、振り返って見ても、育ての親である祖母の話や、
一緒に逃げていた光代の言葉ばかりが思い出される。
祐一はいいやつやっちゃ。いやでも、暗かばい。頼りにされとる。
だが、同時に思い出す光景もある。佳乃と待ち合わせしたパーキングの
トイレですれ違った増尾圭吾との一幕だ。あのシーンは何とも
グロテスクで、いきなり現実を押し付けられたような、ひやりとした
感覚を得た。その言葉は本当に祐一が言った言葉なのか?
人間にはいろいろな面があると思う。母親に見せる一面もあれば、
友人に見せる一面もある。恋人に見せる一面も、ただ一度だけ会った
人間の一面も。けれどもそのすべての「一面」を合わせたところで、
その一人の人物が出来上がるわけではないのである。目の前の人間を
見ているはずなのに、なぜか鏡写しで見ているような、歪な印象。
だけど人間は一人では形成されず、周りの人間により変化、影響されて
いくものである。最後に首を絞めた祐一は……という問いが、
読む人間により何度も生まれるだろうが、本当のところは、
わからないのである。けれども、吉田さんは、わざとなのだ、
と示している。文章全体で、祐一を守っている。そう感じた再読だった。
映画化か……うまく行くといいんだけどなぁ。どう考えても、
主人公は妻夫木くんではないのだが、検討を祈る。

★★★★★*95

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(2010/02/08)

悪人(上) (朝日文庫) 悪人(上) (朝日文庫)

著者:吉田 修一
販売元:朝日新聞出版
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蠢いている。吉田修一の本を読むと、いつもそう思う。確か川上弘美の
「パレード」を読んだとき、本を閉じても登場人物が生きているように
思える、と書いた記憶があるのだが、吉田修一は違う。蠢いているのだ。
登場人物たちが、好き勝手に喋り、しかし、不意に一斉に睨まれるような。

福岡市と佐賀市を結ぶ国道263号線。そこに跨る三瀬峠には、
霊的な噂が耐えない。都市までは遠く、明かりの乏しいその道では、
どんなに車のスピードを上げたとしても、提灯を片手にこわごわと
夜道を歩いているような気分になる。実際に霊をみたという証言も多く、
薄気味悪さが漂うのだった。二〇〇一年十二月十日、その三瀬峠で
石橋佳乃の死体が見つかった。首を絞められ殺された挙句、谷底に
突き落とされていたのだった。保険外交員であった彼女は、
その前日の夜、誰かと待ち合わせをしていた。周りの友人たちはそう
証言し、それは以前バーで知り合った増尾圭吾ではないか、とされた。
増尾圭吾は以前行方不明である。友人の話から、佳乃は他にも、
出会い系サイトで知り合った男とデートを繰り返していたらしいのだが……。

再読。吉田修一の小説はいつもあらすじを書くのが難しい。なぜか。
それはストーリーから造られているのではないから、ではなかろうか。
勿論、物語はある。だけど、その物語に登場する人間一人一人にもまた、
物語があるのだ。それはまるで現実の世界を切り取ったみたいに、
誰が主人公で、という枠組みはなく、誰でも主人公になりえる描写が
なされているからだろう。でもくど過ぎない。適度な筆致で進められる
文章に、読んでいるこちらはいつの間にか吸い込まれているのだ。
あれ、この人、前から知っていたんじゃなかったっけ? と錯覚する時
みたいに、あたかも自分がその小説の中の住人であったかのように、
思えてくる。不思議な感覚を味わうことが出来る。後半の方に、
「真実を真実と告げるのが、こんなに難しいと思わなかった。
これならば、嘘をつくほうがよほど簡単だと林は思った。」
という文章があるのだが、それを顕著に感じられる本だと思った。
どこかの雑誌だったかに、現代のプロレタリア文学、と書かれていたが、
なるほど、上手く言い表しているのではないか、と思う。
プロレタリア、なんて硬い事を言うと、ふとすると蟹工船なんかを
思い浮かべてしまうが、現代ではどうだろうか、と比較した時、
まさに清水祐一のような姿が思い浮んでしまう。清水祐一は土木工である。
両親がおらず、閉鎖的な街に住んでいる。本人の性格もあるだろうが、
極めて暗い人間であり、消極的で異性に声をかけることもできない。
だから、金を払えば話をしてくれたり、性処理をしてくれる、
ヘルスや、出会い系サイトに逃げ場を求めるのだ。
これは昔のパンパンとやらと変わらないのではないだろうか。
裏を返せば、これは世の中が生み出した現代の「負の若い人間」
とも言える像ではないだろうか。夢のない世間と周りの湿った環境に
挟まれ、苛立ち、なのか、ストレス、なのか、鬱憤、なのか、
言葉では現せない感情たちが、静かに、静かに積もって行く。
読んで損はない。軽く今風な文章で、しかしそうでなくては語れない
今がある。携帯小説が流行るような軽い現代には、この文章がとても
合っている。昔を求めるのもいい。でも今は今でしか描けない。
下巻が楽しみ。

★★★★★*95

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*過去の感想文(2007/4/18)

悪人 悪人

著者:吉田 修一
販売元:朝日新聞社出版局
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最高でした。まさに吉田さんの真骨頂。
これは読むしかない、読み始めたら止まらなくなって、
いつの間にか「悪人」に同感してしまう自分がいるのです。
泣けるサスペンス。ここまで人物描写が素晴らしい殺人事件はそうないですよ。

出会いサイトで出会う男女。
彼らは希望もなく、必要とされるわけでもなく、
ただ生き続けているだけの現実の自分から逃げようと、
携帯電話で無意味なメールを送り合う。
そうして出会った、ある意味軽薄な欲望が殺人事件へと発展した。
人を笑う者、笑われる者、加害者になる者、被害者になる者。
果たして誰が正しく、誰が「悪人」であるのか、
事件の下では人間の醜く、それでいて純粋な欲望が絡み合って広がってゆく。

正直、この話のキーとなる殺人事件が起きた時、
殺された女・佳乃の事を思い、思わず泣きそうになりました。
凄い事です。サスペンスで死んでゆく人間なんて、
最初の頃にさっと出てきて死んで、大抵の場合それで終わりです。
そして残された者の苦悩と、犯人の追跡が始まるはず・・・。
しかし、この話では初めの方で犯人が判ってしまいます。
最後の方で、「貴方が犯人ですね?」と言うようなサスペンスを、
根本から覆し、塗り替えてくれるような作品でした。
その思いの重い事この上なし。
人を笑う者、笑われる者、加害者になる者、被害者になる者。
登場人物の全ての人間の心情に、思わず足を止め耳を傾けたくなりました。
何故殺したのか、そこはこの話ではあまり重要ではありません。
犯人が確定し、殺した理由も重要ではない、それ以外の部分、
まさに殺した人間が、殺された親が、疑われた人間が、殺人犯を愛した女が、
一体どんな事を考え、その思いがどう交差して、そしてどう消えてゆくのか。
その情景を怖ろしくリアルに、生身の人間が、
この一つの事件を起こしてしまったと言う事実と過程が正直に描かれています。
この本は最後まで「悪人」が誰なのかはっきりと書かれていません。
でも、読めば全てが分かるはず。
私は最後に祐一が光代の首を絞めたのは、
「自分が加害者にならなくては、今後光代が傷つくから」と思ったからだ、
としか考えられませんでした。なのに、その思いは語られる事なく、
二人は永遠の別れを迎えてしまう。苦しくて切ないのに、
光代の言葉を聞いていると、もしかしたら少しくらいは殺す気があったのかも
と気持ちが揺れてしまい、その不確かさが、
他では味わう事の出来ない何ともいえない後味を残してくれました。
決して楽しい話ではありません。だけど読み終わった時のやり切れなさや、
誰もの心に「悪人」は潜んでいるのだと、気づかせてくれる作品です。
ちょっと官能シーンも多かった?かも。笑
お薦めです。

★★★★★*97

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2009年10月 3日 (土)

「横道世之介」 吉田修一

横道世之介 横道世之介

著者:吉田 修一
販売元:毎日新聞社
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あぁ面白い、吉田さんこの本書いてるとき楽しかったんだろうな、
ってそんな感じのする本。吉田修一好きにはたまらない感じです。
だっておかしいんだもの、吉田さんがこんなの書くなんて、あははは、
と笑い声。ちなみに一番作風が近いと思うのは「日曜日たち」です。

世之介と出合ったのは大学の入学式であった。同じ経済学部で
あるというのもあり、次第に仲良くなる。世之介と同じクラス
だという阿久津唯との口論の末、3人はなぜかサンバサークルに
入ることになった。くだらない授業に、もう笑うネタでしかない、
サークル活動。そんな平凡だった大学生活をふと倉持は思い出してた。
今抱えているのは阿久津唯との間に出来た娘のことだった。
中学生の娘は、ガソリンスタンドで働く若い男と結婚をしたいという。
俺はどうしたらいいのだろうか? 悩む倉持の前に、
ふと楽しかった世之介との思い出が蘇る。「なぁ、大学の時、世之介
って奴がいてさ」、と、あのくだらない日々を誰かに話したいと思う。

語り口がナレーション形式になっていて、吉田さんにしては珍しい。
というか初めてだろう。青春もの、と予備知識があったので、
どんなものかと思っていたけど、ふんだんに吉田さんらしくて、
嬉しくなった。一番は海沿いの九州の田舎っ子の描き方がとてもいい。
いつものことだけど、素朴な少年の描き方が本当に心地よい。
あの、海沿いの田舎で育った少し気が弱いけど、ちゃっかり
やることはやっちゃうような、少年。内容は、想い出を探った時、
「あーいたね、そんなヤツ。どうしようもないヤツでさ」と、
つい誰かに話したくなってしまう、友だち・世之介の話。
普段生活している時は、まったく忘れているのだけど、
思い出したら、懐かしくてしょうがない。世の介との記憶は、
どうしようもないほどくだらない日常で、けれど微笑ましく温かい。
ゆるい思い出と、ぴりりとしまった現実の対比が抜群だった。
どこかの吉田さんのコメントで「記憶の中の善意を描いた」みたいな
ものがあって(記憶が定かではありません;)なるほどね、と思った。
そして笑ってしまったのが、ヒロインがお嬢様っていうこと。
「世之介わたくし~ですわ」と「翔子ちゃん勘弁してよ」な会話が、
かなりチグハグで珍妙なコントのようだった。
やるなら、ここまで遊んでしまおう、な心意気を感じ、よかった。
最後、世之介の行く末も、まるで世之介らしく、いいと思う。
願わくば、世之介がどうなったのか、みんなに伝えたいものだと。
あと、今までくどいように使われてきた、私の嫌いなアジア風(笑)は、
だんだん薄らいできて、今回でかなりいい感じの割合になったと思った。
それとそう、この本のサイン会があったので、行ってきた。
わぁお!生、吉田修一。とてもいい方でした。後日また書きます。

★★★★☆*87

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2009年9月 1日 (火)

「キャンセルされた街の案内」 吉田修一

キャンセルされた街の案内 キャンセルされた街の案内

著者:吉田 修一
販売元:新潮社
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かなり久しぶりの吉田さんだったので、相当興奮して読んでました。笑
『横道世之介』が出ることは知っていたのですが、こちらの本は知らず。
新刊情報で見つけた数時間後には買いに行っていました。待ってました、
吉田さん。でもそんなに期待せず読んだ方が良い本ではありました……。

「奴ら」
学校に出した課題の写真が、最高の評価を受けた。渾身の作として
提出しただけに、宗久は夜も眠れぬほどだった。朝起き、いつもの
電車に余裕を持って乗った。電車は寿司詰めだ。何人もの人間と
密着しあいながら、宗久はまた写真について考え、想いに耽っていた。
そんなとき、尻の部分に誰かの拳の感触を感じた。はじめは勘違いかと
思っていたが、次第に出の動きは大胆になり、宗久の尻を撫で始めた。
俺は男だぞ? やめろよ! と言いかけ振り向いたりしたが、
その男の手は一向に引こうとしない。悶々と思い悩むうち、
ついに手は宗久のズボンのジッパーを引き下げた。ここで怒るべきだ、
そう分かっているのだが、動く事も出来ず、声も出ない。
ただ恥ずかしいだけだった。電車は終着し、痴漢は人ごみに紛れて
どこかへ行った。ははは、俺、痴漢にあってやんの! 笑いながら、
けれどむくむくと胸に芽生え始める、時差のある憎悪を宗久は感じ始める。

だいぶアジア色は消えてきたものの(笑)テーマがよく分からないものが多い。
けれど読んでいて感じる一瞬の心の動きに、私は捕らわれているんだろう
と思う。だって、この本もそんなに面白いと感じなかったのだ。
だけど、次の新刊が待ち遠しいし、その面白くなかった本すら愛しい。
で、話は本の中に戻るが、この本で一番「説明」がされ、分かりやすいのは、
この「奴ら」である。そう、男が痴漢されると言う、何ともえぐい話だ。
さすが、吉田さん、本当にそういうとこ、好きなんだ。この話には、
大きく分けると2つの言いたい事があり、一つは、男が女を知らぬうちに
見下している、という深層心理である。主人公は痴漢をされ、怒る。
けれど、それは「痴漢をされたから」ではなく「女と同じ扱いを受けた」
という底の方に隠された心が怒りを感じているんだ、と吉田さんは言う。
「なぜ男と認められなかったのか」その怒りはとても強烈なもので、
一見自分ですら見えないところにあると言うのに、思わず本人を捕まえ、
喚き抗議しなくては収まらないほどの感情へと変貌する恐ろしさを持っている。
だから、何なのか、というと、「男は女を馬鹿にしていることを、
もっと自覚しろ」という暗喩なのだろう。そして二つ目は、全ての物事には、
賛同する者と、そうでない者がいる、ということだ。もちろん、
それは人間であったり、あるいは偶然怒る不運だったりする。
主人公は自分の作品が評価され有頂天であった。けれど、彼にとって
これ以上起こり得ない、もっとも最悪な出来事に見舞われることでも
分かるように、よいことがあれば、必ず足を引っ張るものが蠢いている、と。
だから、有頂天になる前にキチンと周りを見定めなくてはいけない。
そんな2つのことが絶妙にマッチして、感嘆する仕上がりだった。
けれども、それ以外の話は、よく分からなかった。薄味すぎたり、
マッチの度合いがずれていたりして、イマイチピンと来ない。
まぁいい話、で、何なの?って感じだ。そう思うと残念な気分になる。
もっと分かったらいいのにと、「あぁなるほど!」と感嘆できたときの、
吉田さんの良さを知っているから、分からない時の、「どうして
分からないんだろう」という自分へのもどかしさが募るのである。

★★★☆☆*78

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2008年11月 8日 (土)

「元社員」 吉田修一

元職員 元職員

著者:吉田 修一
販売元:講談社
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題して吉田修一の迷走。ひどくつまらない本でした。
どうした、吉田さん。いくら筆が詰まっているからって、
前作と同じようじゃ不味いです。それに書き下ろしだし。
買ってしまって大変後悔した本。読者にそう思わせるのはいけない。

始まりはたったの514円だった。いくら見直しても、
帳簿と金庫の中身は514円の差があった。何でもないその514円で、
何気ない気持ちで、読みもしない本を買ったのが間違いだった。
見知らぬ土地・バンコクでは、煌びやかな都市が広がっていた。
貧困の都市であり、けれど最先端の店が軒を連ねるその街は、
何もかも嘘のようだった。そうだ、あの514円が、次第に百万円になり、
一千万円になり、けれどそれはすべて嘘だったのだと、
自分に言い聞かせたかった。言葉の通じない女・ミントとの、
噛み合わない会話。ただ何も理解しなければ、楽なのだと誰かが囁く。

私が変わってしまったのだろうか。最近吉田さんの本を好きに
なれない。好きになれないならまだしも、「何故この本を書いたか」
という疑問さえも残り、とても煮え切らない気分になる。
特にそれが顕著なのが、海外旅行ものである。
海外旅行自体が出てくるのは悪くないことだと思う。
村上さんの『スプートニクの恋人』なんかはとても楽しんだ記憶が
ある。けれども、行き当たりばったりのバックパッカーを
書くほど危険な行為はないと思う。大体の旅行は目的を持って
行くものだが、このような一人旅行は、目的のない自由旅行が多い。
その開放的な気持ちを求めることも大変よく分かるのだが、
だからと言って気をつけなくてはいけないのは、
何を書いてもいいというわけではないということだ。
自由旅行では「偶然」が多発する。当たり前だ、行き先の決まって
いない旅行なのだから、偶然そこを観光し、偶然人に会う、
なんて設定も自由に出来るのだ。現代設定を超越したその背景は、
けれど多用することで大変味の薄いものになる。
何でもし放題。要するに目的の無い旅行と同時に、目的の無い小説
になってしまいがちなのである。おまけにこの本では、
何が言いたいのか、がよく描かれていない。それは吉田さんの味
(いい意味で)なのだが、あまりに筆が軽いので、
恐ろしく意味の薄い話になってしまっている。
栃木の公務員ってことになっているが、栃木である意味がさっぱり
分からないし、主人公が栃木っぽい感じがしない。
私は栃木県民なので、相当作り物っぽく感じた。
それに突然バンコクに行く意味が分からない。
金があるときに計画したのだから、バンコクなどと安いイメージの
ところではなく、ヨーロッパとかに行きそうなのに。
そこでも話のこじ付けを感じた。最後、豹変する主人公は、
読んでいて呆気にとられる。まさにそれはあの『パレード』の
低空飛行のごとく、背筋のぞっとする感じを狙っている。
けれども、それは三人称の効果が薄く、結局主人公の一人踊り、
のような感じがし、何とも後味が悪かった。
吉田さん、どこまでもついてゆきますので、是非筆を重く。

★★☆☆☆*70

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2008年10月10日 (金)

「あの空の下で」 吉田修一

あの空の下で あの空の下で

著者:吉田 修一
販売元:木楽舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する


待ってました、吉田さん!と勢い込んで発売日に買いましたが、
残念なことに約半分エッセイ本です。吉田さんご本人と小説は好きですが、
私はエッセイがあまり好きではありません。L25で凝りましたが、
吉田さんはエッセイを書くのは不向きだと、僭越ながら勝手に思います。

「東京画」
もう二十年も会っていない親友は今、少し有名な小説家らしい。
この二十年の間に雅夫は結婚をし、子どもも儲けた。
「今幸せか?」と聞かれたら、「いや、そんなことないですよ」
と謙遜するくらいの幸福感は持っているつもりだ。
ところで雅夫はその親友・島本を自分の結婚式に呼ばなかった。
自分も呼ばれなかったし、元来付き合いの悪いあいつは、
くるはずがないとも思った。こうして二十年目にして企画された
同窓会に、島本から「間に合ったらいく」と連絡があった。
彼に会いたいような、会いたくないような、雅夫はそっと彼を思う。

この本、あんまり面白くないと思う。ANAで配られていた雑誌?
に掲載されていたと言うこの小説は、ほとんど旅行や、アジア旅行もの。
おまけに間に挟まれているエッセイもそんな感じなので、
似たり寄ったり、寄せ集めた話ばかりで、若干のマンネリを感じた。
はっきり言わせていただくと、吉田さんはSS~短い短編に
非常に向いていないと思う。その原因として、吉田さんは多分、
とてもきちんとした性格の方だからか、どんなに短くても、
起承転結を作ろうとしているところにあると思う。
その文章具合は、長編であればとても心地のよい終息になり、
この部分が好きである読者も多いのではないだろうか。
しかし、「女たちは二度遊ぶ」でも周知のように、
何かしらオチを作らねばならない、と固執してしまうために、
いつも同じような展開で、同じように減速して、終わる……
というパターンが出来てしまっていて、この本もまさにそれであった。
久しぶりの吉田さんだから~と思って、かなり力を入れて読んだ
はずなのに、読み終わった後に印象に残っている物語がない。
非常に残念だし、こんな短いストーリーにしてしまわないで、
是非長編で生かして使ってくださいよ、もったいない、
と「女たちは二度遊ぶ」と同じ感想を持ちました。
と、ずたボロに書いてますが、私の一番好きな作家は吉田さんです。
こんなにたくさん作家読んでますが、好きであり続けるのは、
私にとってとても凄いことです。新刊楽しみにしてます。

★★☆☆☆*68

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2008年7月 2日 (水)

「さよなら渓谷」 吉田修一

さよなら渓谷 さよなら渓谷

著者:吉田 修一
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


最高だ、吉田さん。これからもこんな小説を是非書き続けてください。
私はどこまでも着いてゆきます…(笑)いや、でも冗談ぬきでよかった。
しかし、このタイトルのネーミングセンスはどうかと…
『静かな爆弾』と言い、何ともいえない本編とのずれを感じるのだが。

山間の渓谷で幼い子どもが遺体で発見された。
死亡したのは行方不明となり捜索活動が行われていた、
近隣に住む萌という男の子である。母子家庭だったその母親の家には、
連日報道記者が張込み、そろそろ逮捕されると言う噂の彼女を見張っていた。
俊介はかなこと共にその様子をカーテンの隙間から様子を窺いながら、
どこか他人事とは思えないその事件について考えていた。
そんなある日仕事を終えた俊介の元へ、二人の刑事がやってきた。
逮捕された母親は、自分を愛人だといっているらしい。戸惑っているうち、
今度はかなこが彼は浮気をしていたと証言した。なぜ妻であるはずの
かなこは俊介を陥れるような事をしたのか…けれど俊介は頷くしかなかった。

吉田さんの本のあらすじは、上手く書けない。
今回の話は、こんなことを言いたいのではなくて、
本当はレイプ事件という別の事件にある。この子どもが殺されるという、
間接的な事件によって、引きずられ露になった、とある男女の内情…
というのがテーマである。とてもいい。読んでみていただければ分かるが、
人間の上っ面の思いを抉ったその奥の、深いところを確実に突いている。
なぜ妻、というべき女は、俊介を陥れるような事をしたのか。
それには、レイプ事件というもう一つの要点が出てくる。
過去に起きた悲惨な事件は、俊介の、かなこの、それから関わった人間の
人生をめちゃくちゃにし、けれどもそれによって、
余計に忘れる事の出来なくなった。そのお互いの関係が、
虚しく、悲痛な思いを織り交ぜて描かれている。
汚名をつけれた人間は、それを隠して逃げ惑い、
いつしかバレるのではないかと怯え、絶望する。
絶望は犯人への憎しみを呼び、けれどその憎しみによって、
忘れられない思い出として胸に刻みつけられるのである。
あんなに憎んだ人間に、しかしそれでも求めてしまう無常な心理。
「愛してるから殺した」どこかそんな思いに似た彼らの関係は、
決して消える事はないのだと気付かせてくれるだろう。
最後またまた、素敵な終わり方をしてくれちゃって。笑
さすが吉田さん。私はもう一度同じ事をすると思いますよ。
そうそう、一つ残念なのは、文章がなかなかにスカスカしている点と、
校正がちゃんとかけられていないと思われる点である。
文章は『悪人』の半分位の軽さである。これがもし、『悪人』ほどに、
気合を入れて書かれていたら……と思うと、考えただけで鳥肌が立つ。
校正は「差し出した金を受け取る」とかいう言葉があり、
本当は「差し出された金を受け取る」だと思うのだが…とか、いろいろ、
微妙なところで「?」という部分があって残念だった。ので★4。
ほかに文句はない。

★★★★☆*92

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2008年2月24日 (日)

「静かな爆弾」 吉田修一

静かな爆弾 静かな爆弾

著者:吉田 修一
販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


結局買ってしまいました。読んでしました。
この本を読み始めたせいで、順調だった読書計画がぐちゃぐちゃに。笑
「悪人」を直木賞的な重さで書いてくれた吉田さんでしたが、
今回の本はやはり芥川賞に戻ったようで…という雰囲気でした。個人的に。

国境が危ぶまれる南米地域を取材する俺は、
そのテロや、争いがなぜ起きたのかを探るうち、
一体何が正しいのか分からなくなっていた。
誰が本当の事を言い、誰が一番正しいのか。ビッグニュースを掴みながらも
安易に一喜一憂する事が出来ない状態は、酷く俺を不安にさせた。
そんな時出合ったのは、響子という女だった。
耳の聞こえない彼女のそばにいると、妙に落ち着くような、
それでいて末恐ろしいような、不思議な感覚に陥る。今まで
仕事と女を両立出来なかった俺は、彼女と上手くやることが出来るのか。

吉田さんは一人称で語り始めると若干描写が偏るような気がする。
今回の主人公は「パークライフ」の主人公に、性格が似ている気がする。
そして、小説全体の文章の雰囲気は「春、バーニーズで」。(ゲイ要素は無)
率直に感想を言うと、とてもつまらなかった。
読む前から恋愛小説だと知っていたので、
個人的に「東京湾景」のような濃密な描写を期待していたのだけれど、
この本はかなりライトですかすかな感じがしてならない。
と、言うのもきっと吉田さんは海外で意欲的にインタビューをするような
仕事をした事がないのではないか、と思うことと、
聴覚障害の女を、かなりおっかなびっくり書いている節があるからだ。
自分の知識の範囲外のものを書く時、どうしてもボロが出る。
一つの事を説明するのにも、言葉が足りなかったり、
こう言った方が面白くなる、というのを思いつかない。
聴覚障害にいたっては、身近にそんな方がいるのかは知らないが、
何だかちょっと説明不足のような気がしてならなかった。
そもそもなぜ手話を使わないのか、という疑問が浮かび、
「彼女は手話を使えない」という記述もないので、
よく分からないままメモ書きのやり取りがなされている。
余談だが、その聴覚障害については、有川さんの「レインツリーの国」が、
とても描写が上手かったように思う。どうやら旦那さんが
実際に聴覚障害になったことがあるらしく、その障害者が、
どんなことを言われたら傷つき、どうされたら楽なのか、
丁寧に伝わってきた。しかし、この本には一切それがない。
だから「俺」が彼女を好きだといいながら、
例えば帰って来たらライトを点灯させる仕組みとか、
そう言う彼女に気を配ったシーンが全くないので、
聴覚障害と健常者を、むりやり上手くいかせるような物語…
というイメージがしないでもなかった。
それが吉田さんの味なのか…?
いや、何かもうちょっとあってもよかった気がしますよ、やっぱり。

★★☆☆☆*79

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2008年1月20日 (日)

「東京湾景」 吉田修一

東京湾景 (新潮文庫) 東京湾景 (新潮文庫)

著者:吉田 修一
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


再読しました。もう何回か読んでるんで、ストーリーはばっちりです。
読み終えるのに約二時間。やはり吉田さんの文章は、心地よく、
私の好きな文章です。あぁ早く何か新刊でないかしら。
「悪人」で最高な物を書いてしまったから、大変でしょうけれども。

愛は、体だけではなく心のどこか深い所が繋がっているはずだ。
高校時代そう信じていた自分を、亮介は今、小ばかにし嘲っていた。
所詮、男と女は体が繋がる事だけを目的にして、それ以上それ以下でもない。
そんな亮介が好きになったのは、出会い系サイトで出会った美緒だった。
品川埠頭と、お台場。彼らのいる場所の真ん中には、
東京湾が広がっていて、その隙間にじっと佇んでいる。
人と人の間に生じてしまう、嘘や気持ちのすれ違い。そんな溝を、
この海を渡りきった時、どうか消し去る事は出来ないだろうか、と願う恋愛小説。

いつ読んでもいいけれど、やっぱり一番最初に読んだ時感じた思いが、
一番大きく残っているようにも感じます。
果たして愛はいつまで続くのか。
どんなにあの時愛していたと思っていても、
今になってみると確実にそれが薄れている。
自分では望んでいないのに、勝手に心が相手に飽きて、
そしてもう終りが来るのだと、告げるのだ。
始まったものは、いつしか終わる。
そんな事を言っていたら、何も始まらないじゃないか。
そうは分かっているのだが、どうしても動き出さない体がもどかしく、
また諦めたようにそれをなかったことにしようとする。
一歩踏み出したら止まらなくなってしまう亮介のように、
きっと人間の心の中には、見えない線があると思う。
それは人それぞれ違うもので、その自分の中に引かれた
ある一線を越えたなら、未知の空間へと続いている。
それを恐れて、けれど踏み出さなければ何も始まらない愛を、
果たして二人はどのように手に入れるのか。
東京湾を泳いで渡る。それが亮介の答えであり、新たな未来の一歩だ。
ところで、いつも忘れがちなのか、伏線で張られる「東京湾景」
改めて読み返すと、このせいで複雑になっていると感じなくもない。

★★★★☆*91

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*過去の感想文(2007/1/13)

東京湾景 東京湾景

著者:吉田 修一
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


読んだ人誰もが思うのじゃないかと思いますが、
「なんだ、吉田さん純愛小説書けるんじゃん!」と。(失礼な
でも本当いい感じでした、私は好きですね。
こんな深いところを突いてくれる、恋愛小説はなかなかないでしょう。
ちょっと気になるのは、ドラマとは全く違う、って事くらいです。
そして全然仲間さんってイメージじゃないんですよねぇ・・・。
で、主人公は何故か山田孝之な感じ。無謀でどろっとした白夜行な雰囲気がね。

愛は、体だけではなく心のどこか深い所が繋がっているはずだ。
高校時代そう信じていた自分を、亮介は今、小ばかにし嘲っていた。
所詮、男と女は体が繋がる事だけを目的にして、それ以上それ以下でもない。
そんな亮介が好きになったのは、出会い系サイトで出会った美緒だった。
品川埠頭と、お台場。彼らのいる場所の真ん中には、
東京湾が広がっていて、彼らの隙間にじっと佇んでいる。
人と人の間に生じてしまう、嘘や気持ちのすれ違い。そんな溝を、
この海を渡りきった時、どうか消し去る事は出来ないだろうか、と願う恋愛小説。

吉田さんって、繰り返すけど絶対核心を言わないよねぇ・・・と改めて思った。
まぁそこが私が好きな所でもあり、吉田さんの作風とも言えるかな。
この本はとてもよかったですよ、ドラマの韓国国籍とか分けのわからん設定、
何だったんだろう?とちょっと疑いたくなるほどです。
特に題材になっている愛の深さと尺度、他の恋愛小説だと、
「どの位好きなのよ」で済んでしまいそうですが、この本は違う。
昔、愛に溺れすぎたあまりに、本当に人を愛する事をやめてしまった男。
昔、本当に人を愛せる分けがないと思い、でも愛を求め続ける女。
出会い系サイトで出会った二人の間には、その時点で溝があって
偽名を使ったり、過去を偽ったりする。
しかし、次第に心が惹かれ合ってしまった彼らは、
どうしても自分のその嘘を言い出せずにいるのだ。
もしも嘘だとわかったら、嫌いになられるかも知れないし、
今までのこの生活が続かないかも知れない。そう思いつつも、
実際には自分たちがどれだけの深さで愛し合っているのか判ってはいない。
仮面を被ったまま恋に落ちた2人は、
愛は体を繋げるだけのものだと感情を押さえつけ、そして去ろうとするけど、
しかしふと立ち止まった時、感じたあの時の感情を何故か追いかけてしまう。
それがまさに愛、と言うか恋愛だよね。
と、とても単純な、でもとても重要な恋愛を描いている。
ラスト、どうにか2人の間にある蟠りを消し去ろうと、東京湾を渡る亮介。
私は絶対泳いでくるよ、って思うのですが皆様どうでしょうか?

★★★★☆*91

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