2012年1月 2日 (月)

■雑談:明けてます、今年もよろしくお願いします

明けてます、今年もよろしくお願いします。
今年は元日から何か書こうと思ったのですが、
何も書かずに2日になりました。

今年はモバイル機能を駆使してくだらない雑談を
さりげなくアップしていこうと思います。

年末は歌川国芳展を観に六本木へいきました。
クリスマスだったのでカップルばっかり……。

年始は「御手洗潔のダンス」島田荘司。
年明けから殺人事件で読書家冥利に尽きます。

今年もよろしくお願いします。
いつも来てくださりどうもありがとうございます。

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2011年11月25日 (金)

「キノの旅 Ⅷ」 時雨沢恵一

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感想書く機会を逸したままさささーっと時間が流れる日々を送っており
ますが、いつの間にか読んだ(と記憶している)本は、600冊を超えました。
早いもので。いや、そうでもないか。もっとたくさん本を読んでいるような
気がするのに、そうでもないのは、仕事で活字だらけの生活をしているからか。

「あー…」運転手が口を開いた。力のない声だった。「何さ?キノ」
モトラドが聞いた。キノと呼ばれた運転手は、ポツリと「お腹すいたな」
「だったら、止まって休む!空腹で倒れられたら―」モトラドの訴えを
「はいはい。何回も聞いたよ、エルメス」キノは流す。エルメスと
呼ばれたモトラドは「分かっててやってるんだから」呆れ声で答えた。
「そもそも、あの国が滅んでいたのがいけない」カーブを抜けながら、
キノが言った。
(Amazonより)

いままでこのブログのアフィリエイトという機能を使って、書籍の画像を
載せていたのですが、なんでもその機能のサービスが終了したそうで、
「ちょっと聞いてないんですけど」っていう気分で感想を書いております。
久しぶりにいっき読みしたキノの旅でした。なんでこうステレオタイプの
話が面白いなーって思うときがあるんでしょうね。連続で読み続けると
あまり面白くないないのはとてもよく知っているのですけれども、今回は、
キノとシズの対戦などがあったこともあり、テンション高々に読み終えま
した。しかしながら、1巻を読んだときと比べると、随分オタク寄りな
小説になってしまったなぁという気もしなくもありませんでした。そもそも
メディアワークスから出しているのですから、オタクではないと言い張る
方が間違っているような気もするのですけれども、だんだんとその領域が
突破されて「オタクですが何か?」みたいな強い口調に変わって来ている
みたいな、変化を感じたりしました。どうでもよい意見ですが、個人的に
シズや師匠だけの話になると、テンションが下がります。なぜだかわから
ないのですけれども、たぶん「キノの旅」というキノとエルメスが好き
すぎるので、それ以外の人物のオフエピソードは別にいらんわ、とそんな
気で読んでしまっている気がするのでした。なので、今回も途中までは
「ああまたシズ様」だわ、なんてテンションが落ち気味だったのですけど、
キノが登場したので「おおおーついに再会!」と意気揚々とページをめくった
のでした。あぁまさかそれをねらって時雨沢さんは書いているのかしら。
なんて思わなくもなく。ぐだぐだな感想。ぐだぐだ、しかしプツリと毎度
3日で終わる旅は清々しい。3日で何かやめ、次へ移行するということ
を一度でいいからやってみたいな、と月刊誌を作りながら考えていたりします。

★★★★★*88

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2011年11月 6日 (日)

「平成猿蟹合戦図」 吉田修一

平成猿蟹合戦図 平成猿蟹合戦図

著者:吉田修一
販売元:朝日新聞出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する


吉田さんやっと新刊出した!と思ったらなんですかこの本は……と絶句
した本でした。新聞に連載されていたようですが、これを毎日読む気力は
なかなか起きないだろうな、と思ったりしました。うーん吉田さんは
何を書きたかったのだろうか?『長崎乱楽坂』並によく理解できない本。

歌舞伎町で働くバーテンダーが、ニッポンの未来を変えていく!? 
新宿で起きた轢き逃げ事件。平凡な暮らしを踏みにじった者たちへの
復讐が、すべての始まりだった。長崎から上京した子連れのホステス、
事件現場を目撃するバーテン、冴えないホスト、政治家の秘書を志す女、
世界的なチェロ奏者、韓国クラブのママ、無実の罪をかぶる元教員の娘、
秋田県大館に一人住む老婆……一人ひとりの力は弱くても心優しき8人の
主人公たちが、少しの勇気と信じる力で、この国の将来を決める
“戦い”に挑んでゆく! 思いもよらぬ結末と共に爽快な読後感が
やってくる、著者の新たな代表作。
(Amazonより)

始めに言っておこう、この本は「著者の新たな代表作」、ではない。
50ページくらいから既に嫌な予感がしていたのだが、行きつく先の
見えない話は行き着く先が見えないまま終わった。一体何が書きたかった
のか正直に謎だらけの本である。恐喝していながらもいつの間にか
逃げ腰になる気弱な青年とホステスの色恋?が書きたかったのか、
はたまたチェロ演奏者との事件性を強く書きたかったのか。どの要素も
中途半端で、ぐちゃぐちゃした様子。九州出身の登場人物が色濃く
描かれる中、東北地方出身の登場人物が途中からプッシュ、東北話が
進められ、この部分でも一貫性のないまとまりのなさが強調されていたよう
に思う。そもそもの話、童話「猿蟹合戦」がどんな話だったのか、
すっかり忘れていたので(いまも読み返していないのでいまいち思い出せず)
そんななか読んでいたからか、どこがどう猿で、どこがどう蟹なのか、
という根本的な部分でも楽しめていなかった。こんなタイトルにしたのだ
から、合間で原文の解説でも入れたらよかったのでは……と思わなくもない
曖昧な解釈で進められるストーリーは、やっぱり内容も曖昧になってしまって
いて、残念だった。本当に、吉田さんは何が書きたかったのだろうか?
その部分を理解できない自分が大変残念でもある。でもとても面白くなかった。
ところで、文中で主人公たちの「こころのつぶやき」みたいなものがあって、
それがとても微妙でもあった。方言で話される心の呟きが、その人物の
個性を伝えてくれる半面、「ツイッター」のような、あるいはリアルタイムの
対戦ゲームのふきだし、を読んでいるこそばゆさのような雰囲気もあり、
小説、として本当にそうした書き方が適当か、と問われた時に、
現代風にアレンジした少し虚しい心情表現法のようにも思え、どうも好きに
なれなかった。ってずたぼろに書いてしまった、ごめんなさい吉田さん。
次回作品に大いに期待しております。

★★☆☆☆*65

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2011年11月 5日 (土)

11/5FoZZtone@鶯谷東京キネマ倶楽部『組曲 白鯨』

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11/5FoZZtone@鶯谷東京キネマ倶楽部『組曲 白鯨』

■セットリスト(?)
※とりあえずパンフに書いてある曲とアンコール

 Ishmael said
 明くる朝
 Hey!Mr.Backpacker!
 オシュグッド
 Rainbow man
 ターミナル
 Heartbreak Hotel
 missing mass
 Strike the sun~fanfare
 tempestoso~coda

ED

 新曲(そして10月君は泣いた、バースデー?)
 I play the guitar

ED2

 BRUTUS(Et tu, Brute!)
 in the sky
 School

※その他本編の合間にやったと思われる曲

 MorroW
 ロードストーン
 白鯨

? まだあるかもなぁ。
演出が圧巻すぎて、忘れてしまった。笑
やられた、やられた。
いいライブやりやがってこの野郎、な1時間40分だった。

入場が一番最後だったので、後ろで観ようと思っていたけども
右側が空いていたので、うっかり渡會前で観覧。

ちなみに皆さんスーツで登場。
安高さんは最初からメンバー入り。
曲の合間はすべて暗転し、時計の秒針が刻まれる音が流された。

前半のほうはほとんどの曲がアレンジされていて、
いったいどの曲がどう繋がってどの曲が始まっているのか
よく分からない感じになっていた。
というのも、ライブのタイトルが『組曲 白鯨』なので、
それをすべて1つの「曲」?というか「ショー」ステージのように
組み立てようと考えていたみたいで、
とにかく「見せる(魅せる)」ことに徹底したライブだった。
そういえば渡會さんがやたらアコースティックに持ち替えていたな。
演奏は「Hey!Mr.Backpacker!」「オシュグッド」あたりが最高点だった。

MC一切なし。黙々と、また坦々と、しかし怖ろしいほどの気合で、
奏でられる曲たちは、いままでにないほど迫力をもって
フロアに響いてきて、ただそれを見つめているしかできないような、
張り詰めた空気に満ちていた。

渡會さんは、フロアと2階席の間の、よく分からない空間の一点を
じっと凝視したまま歌っていて、いまできる精一杯を絞り出している
終始そんな表情だった。

まるでPVを観ているような、閉鎖的なショーを観ているような、
大きく言ったら映画に撮られたバンド演奏を眺めているような
そんな気分だった。

アンコールで入場しようやくMCを喋る皆の表情が
とても不安げで笑ってしまった。「どうだった?」と尋ねられているようで。
普通のツアーファイナルなんてどうにだってできたのに、
そんなにびくびくしながらも、この閉鎖的で上質で一方的なショーを、
新しい試みを、皆に見せてみたかったんだな、と考えたら、
彼らの挑戦心に改めて敬意を表したくなった。

後半はいつも通りのステージで、「お前ら楽しんでるかー!」なFoZZtone。
そのギャップがまた、さっきはすごい気合で作られた演出だったという
ことを感じさせられた。

やってくれますね、まったく。

「楽しかった」ではなく、「すごいものを観た」それが感想。
間違いなく初めて観た4年前からいままでで、
一番「すごい」FoZZtoneのライブだった。

今日が3回あったら、右側と左側と2階席と3カ所で観るんだけどなぁ、
なんてそんな気分にさせてくれて、ありがとう。
久しぶりに満足を超えた「すごいものを観た」気分でした。

お疲れさま。
ありがとう。
引き続き過剰に期待しています。
頼みますよ。


■↓今年の通算ライブ

013 11.11.05 FoZZtone@鶯谷東京キネマ倶楽部『組曲 白鯨』
012 11.11.02 FoZZtone@恵比寿LQUIT LOOM
011 11.10.22 FoZZtone@HEAVEN'S ROCK宇都宮
010 11.10.06 とみー@渋谷屋根裏
009 11.09.18 the HANGOVERS@下北沢GARAGE
008 11.09.11 つばきフレンズ、渡會将士、ウラニーノ@下北沢CLUB Que
007 11.07.18 FoZZtone@下北沢CLUB Que
006 11.07.13 a flood of circle@渋谷QUATTRO
005 11.06.04 the HANGOVERS@新宿レッドクロス
004 11.05.27 FoZZtone、a flood of circle@新宿LOFT
003 11.04.24 FoZZtone@赤坂BLITZ『Lodestone Tour 3 "to the NEW WORLD"』
002 11.04.06 a flood of circle@渋谷O-EAST『単独極東上陸作戦決行日』
001 11.01.13 FoZZtone@下北沢CLUB Que


去年は93本だったので9分の1です。
あらら、そして半分以上FoZZだ。

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2011年10月31日 (月)

「看守眼」 横山秀夫

看守眼 (新潮文庫) 看守眼 (新潮文庫)

著者:横山 秀夫
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


どうもどうも、ご無沙汰しておりました。この感想を書いているのは、
11/27ですけれども、しれっと日付を遡り更新したいと思います。
久しぶりに読んだ横山さん。最近全体的に読書スピードが落ちたので、
何となく読む本を前よりも選んでしまうようになりました。

刑事になるという夢破れ、留置管理係として職業人生を閉じようとして
いる、近藤。彼が証拠不十分で釈放された男を追う理由とは。
自叙伝執筆を請け負ったライター。家裁調停委員を務める主婦。
県警ホームページを管理する警部。地方紙整理部に身を置く元記者。
県知事の知恵袋を自任する秘書。あなたの隣人たちの暮らしに楔のごとく
打ち込まれた、謎。渾身のミステリ短篇集。
(Amazonより)

どんな文章も読まなければならない、という仕事に就いたためか、
とんでもない文章にも慣れてきたように思います。というのも、
人間の1度も読み返さない文章は、大抵他人に読ませるようなものではなく
(このブログの大体がそうだけれども)、だから、小説の完成には、
ご本人をはじめ、校正係、編集者、編集長の多大な努力の結果出版されて
いるのだなぁ、なんて考えてしまい、1冊の感想の重みが変わってきたよう
に感じるのでした。で、横山さんはと言いますと、とても読みやすい文章
だと一瞬で分かります。さすが元記者だけはあるな、という貫禄の文章で、
圧巻です。他の作家がみんなこれほど洗練された文章であったら、大変
詰まらない世の中だろうな、と思う正当な文章でもあります。まぁ、
新聞というものは、そう言うものでもあるかもしれません。前置きが長く
なりましたが、内容はどこかで起きていそうなよくある話で、
とくだん感動するでもなく読み終えました。(さらりと酷い感想)
中では「口癖」という家庭裁判所調停員の編が一番引き込まれましたが、
全体的に予定調和というか、結論のためのストーリー感が漂っていて、
「読ませる」という小説の魅力に少し欠けていたようにも思いました。
まだ読んでからそんなに経っていないのに、内容を忘れてしまいそうな、
小説です。ある意味生活に溶け込んでいるのかも知れませんが。何度
書いたか分かりませんが、横山さんは長編が好きです。

★★★☆☆*83

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2011年10月 3日 (月)

■雑談:明日は来るのか

どうも、お久しぶりです。生きています。
いまは毎日プログラムではなく、原稿の文字を追って生活しています。
幸せな時間ではありますね。

昔はここを更新することばかり考えて生活していた時期もありましたが、
幸福か不幸か、その時間がいま大幅に狭まってしまいました。

でもいままでは「本を読めない時期」「読みたくない時期」というのが
毎年訪れていたけれども、今年はそんな悠長ではなく、
この時間で何をできるか(読めるか)という1問にかかっていて、
だからある意味厳選されている物を読めている気もします。

そう言えば、吉田修一の新刊が後半戦に入っているのですが、
つまらなくてつまらなくて、ページをめくるのが大変です。
あれ、楽しいと思う方いるのかな……と一抹の不安を抱えつつ。

いつの間にか21万ヒットもしているし、嬉しい限り。
皆さまよろしければ、懲りずにお時間のある際に足をお運び下さい。

ここをやめる気はありません。

そろそろ7年目?に入ったのかしら。早いものです。

・【映画】うさぎドロップ
・【映画】3時10分、決断の時

観ました。こちらも感想を書ければと思います。のちのち。
ああ「魍魎のハコ」の感想もまだたった。

そのうち。

いつも来てくださり、どうもありがとうございます。

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2011年10月 1日 (土)

「斜陽」 太宰治

斜陽 (新潮文庫) 斜陽 (新潮文庫)

著者:太宰 治
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


お久しぶりでございます。本は読んでいるのに感想を書いている時間が
ありません。そしてまた太宰治を読んでしまった。太宰治を読むと
どうも落ち込むんですよねぇ、だから元気の良いときに読むべきなんです
けど、手に取るのは弱っているときに限るという。引き寄せられるのかしら。

最後の貴族である母。私生児の母になり、古い道徳とたたかって
生きようとするかず子。麻薬中毒によって破滅する直治。
飲酒にふけるデカダン作家の上原。4人の宿命的な生きざまが
夕陽のような輝きを放つ太宰文学の集大成。
(Amazonより)

斜陽ってこんな話だっけな? と疑問を抱えながら読み終えた。中学生の
ときの記憶なんてそんなもんだよなあ、と思いつつ。大人になって改めて
読むと、とても恥ずかしい気分になる小説だった。主人公である「かず子」
にとても自分の思考が似ているように思うからだった。とても金持ちで
裕福な家庭に育った人間の、捨てきれない傲慢さを、どうにか消し去りたいと
必死になってもがく作品。息子への執着や、麻薬への依存、そして下級な
人への歪んだ恋、様々な方向からその金の厭らしさを拭おうと描かれている
けれど、どの方法も失敗に終わり、死に行き着く。生まれ育つ環境を
選べないという神への怨念というべき邪悪な心は、死を持ってしか拭えない
と、するすると導いていく文章は圧巻だ。その迷いのなさは不気味ささえ
窺え、死ぬべくして死ぬのです、と決意を括る弟に声を掛けることもできない。
自分に染み付いた高飛車な空気を、どうにかして消したいのだけれど、
それには他人に縋るより仕方がない。その人間の弱さを見事に浮き彫りに
していて、だから「かず子」の書く狂ったような恋文は、そっと背を
なぞられるような怖ろしさがあった。その狂った感情が、自分のどこかに
潜んでいると、揺さぶられるような思いがするからだ。で、元気のないとき
太宰治を読むと大変落ち込み、死にたい気分が増すのだが、
「ああ太宰治を読んでしまった」と気づくのは、読んでしまった後のことで、
読んでしまった後に「わたしは弱っているのかも知れない」などと、
思い知らされる始末である。この作家の、自分の、いや、人間の、恥ずかしく
卑しい感情を惜しげもなく曝け出した言葉たちは、やはり敬うべきであり、
このような家庭環境に育ったと思われる彼自身の不幸と、その功績に、
苦悩が報われる日が来ることを待ち望むばかりである。本を開くたびに
読むかえる彼の苦悩が、いつしか人間に理解されなくなるとき、もしかしたら
その束縛から解かれる瞬間が訪れるのかも知れない。

★★★★☆*86

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2011年9月 4日 (日)

「高円寺純情商店街」 ねじめ正一

高円寺純情商店街 (新潮文庫) 高円寺純情商店街 (新潮文庫)

著者:ねじめ 正一
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


いろんな商売があるものだ、とは分かっていても、どうもサラリーマン家庭
に育った人間は「自営業」の心が理解できていない気がする。大学の時に
老舗煎餅屋の娘さんと友だちだったのだが、煎餅屋の娘、という地位は、
なかなかまぁまぁすごいものである。なろうと思ってもなれないのだから。

高円寺駅北口「純情商店街」。
魚屋や呉服屋、金物店などが軒を並べる賑やかな通りである。
正一少年は商店街の中でも「削りがつをと言えば江州屋」と評判をとる
乾物屋の一人息子だった―。感受性豊かな一人の少年の瞳に映った父や母、
商店街に暮らす人々のあり様を丹念に描き「かつてあったかもしれない
東京」の佇まいを浮かび上がらせたハートウォーミングな物語。直木賞受賞作。
(Amazonより)

荒地の恋のほうが好きだったなぁ、などと思いながら。ねじめさんの文章は
とても好きである。おそらく谷川俊太郎が小説を書いたら、こんな感じに
なるのではないか、と思う文章構成。詩人がなす業なのか?描写がとても
丹念になされていて、情緒という今の小説界に忘れられ始めた温かさが
そこにはあった。高円寺商店街に行ったことがないので、本当にこの店
たち・人がいるのか分からないが、わたしの育った田舎町にも、冴えない
商店街があった。豆腐屋があり、パン屋があり、玩具屋があり、肉屋があり、
郵便局があって、靴屋があった。小学校の通学路であったこともあり、
この玩具屋にはよく通ったものである。しかし、よくよく大人になり
冷静にあの町を思い返してみると、よくもまぁ持っていたものだと
感じるのだった。あんな田舎町で、よくもまぁ玩具しか売らない商売をしよう
と踏み切れたものだと。失礼な話なのだけれど。そんなことを考えていたら、
乾物屋に生まれた少年のそうした不安な、しかしその場から抜け出すことの
できない世界に一気に飲まれて、いつの間にか商店街の住人のような気持ち
で読んでいた。それにしても、ねじめさんも主人公に語らせない作家だ。
周りの人間の描写ばかりが描かれて、肝心の主人公のことは話されない。
けれども、それでいいような気もしてくる。何せ「世界をどう見るか」と
いうものが、何より「個性」であるからだ。語られない主人公「正一」の
不安げな視点は、ただそれだけで、「個」を感じる事のできる濃さがある。

★★★★☆*86

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2011年9月 1日 (木)

「三陸海岸大津波」 吉村昭

三陸海岸大津波 (文春文庫) 三陸海岸大津波 (文春文庫)

著者:吉村 昭
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する


読んでも読んでも書けないものである。感想を書くという行為はとても
面倒で、でも残すことによって後々役にたって、書いて置いてよかった、
と思うのだけれども、つい読んだ満足感に満たされて、自分の言葉を
発言しないでいる。いけない、いけない、と思いつつ。久々読書感想文。

明治29年、昭和8年、そして昭和35年。青森・岩手・宮城の三県にわたる
三陸沿岸は三たび大津波に襲われ、人々に悲劇をもたらした。
大津波はどのようにやってきたか、生死を分けたのは何だったのか―
前兆、被害、救援の様子を体験者の貴重な証言をもとに再現した震撼の書。
(Amazonより)

再読。だいぶ昔に読んだ記憶がある。そのときはただの「歴史」としか
受け止めていなかった内容が一変し、生唾を飲むほどの怖ろしい現実性を
感じた。わたしの生まれ育った県には海がない。そのため「津波」
という危険性がどれだけのものなのか、ほぼ理解がなかったと言っていい。
その上、両親共に違う土地から移り住んだ人間であったため、土地に対する
愛着心というものも、ほぼ分からないといって過言ではないのだった。津波は
怖ろしいと、そうした「知識」があっても「じゃあ違うところに住めばいい」
といった思考に切り替わる。けれども、今回の東日本太平洋沖地震では
否応なく現実を突きつけられることとなった。日本に住む大半の人間が
感じたことであると思うが、改めて島に住むという恐ろしさを見せられた
惨劇だった。(島に住んでいるからではないという批判は今回さておき)
この本で一番感じたことは、起こったことをありのまま伝える作者の筆力だ。
なんと40年近く前、作者が43歳の時に書かれた本である。その内容は
未だ衰えず、まるで東日本太平洋沖地震の本の数日前発刊されたかのような
リアリティと、そこに生きていた人間の言葉が蠢いていた。まだそこに足を
運んだら声をかけられそうな「近さ」を感じた。それと同時に、人間の記憶は
急速に劣化するものだとも再認識させられた。こんなに怖ろしいことが、
何度も何度も起きているのに、平安なときが続くと、ふと気がゆるみ、
毎日のことに危機感が押し流されてしまう。そうして、惨事が起きてから
このように克明に残された資料を見て、皆「はっ」としたり「唖然」としたり
「そうだった」と後悔してみたり「だから言ったじゃないか」と動揺して
威張ってみたりして、本当にお粗末極まりないと思った。特に東京にいた
人間が、である。わたしを含め多くの人が津波について「他人事」だと
思っていた。昭和33年に建てられた防波堤を知らなかった人もたくさん
いるだろう。こんなにいい本が残っているのに、今日が平穏であれば、
また人間の脳はそのゆるやかさに慣れ、その恐ろしさを忘れるのだろうと
思った。今回の地震で亡くなった方(行方不明含む)は2万人を超えている。
世界最大規模のこの「事件」がいつかは色褪せ、いつかはまた「はっ」と
する瞬間になり得るのではないかと思うと、とても複雑な心境になった。
今津波と原発について一緒くたに記述している本が多いが、津波と原発は
まったく別の因果で起きている「問題」であるとわたしは思う。なので、
一緒に語られるべきではないのではないか。風化させてはいけまいと思う
気持ちと、時間が経ってからしか冷静に物事を分析することはできまい
という相反する気持ちが働き、おどおどと戸惑うばかりである。とりあえず
発言しとけ、というのも分からないでもないが、発言した言葉が、
その人が偉人であれば偉人であるほど市民が動揺することを忘れないで
ほしい。と、吉村さんの話からそれてしまったが、一度は読むべき本である。

★★★★★*95

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2011年8月22日 (月)

■雑談:いつの間にか20万ヒット

ありがとうございます、生きてますこんばんわ。
いつの間にか20万ヒットしてました。

いつもこの夏休みの時期は、読書感想文で検索してくださる
方々のお陰でカウンターが物凄く回るんですが、
今年は異常ですね。倍以上の回転率です。

気づいたら20万ヒット、ありがたいことです。

ぼちぼち本と映画の感想書きます。

・『魍魎の匣』京極夏彦

・『英国王のスピーチ』
・『ザ・ファイター』

いつも来てくださりありがとうございます。

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